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7.マリッジブルーに悲しく揺れる
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顔合わせは一応無事に終えることができた。
精いっぱい愛想笑いをしたせいで、どっと疲れが押し寄せた。でも親同士は終始和やかな雰囲気で、そのことに救われた。
航たちと別れ、東京駅近くの両親の泊まるホテルへ向かい、チェックインする。ひと息ついたあと両親の希望で、スカイツリーと浅草《あさくさ》観光する予定だ。
「美織が嫁に行ったら、親子三人で旅行なんてできなくなるんだろうなあ」
父がホテルの部屋のベッドに腰かけ、窓の外の景色を眺めながらさみしそうに言う。それを見て、母が豪快に笑った。
「孫ができたら、そんなセリフを言ったことすら忘れるわよ。ただでさえ美織に甘いのに、孫ができたらどうなるのかしらね」
孫の話まで飛び出して、ますますうしろめたくなっていく。
誤解なら早く解くべきなのに、航の口から語られる真実が最悪のことだったらと思うと聞くのが怖い。
その後、電車で浅草駅へ行き、浅草寺《せんそうじ》をお参りしてから散策した。名物のきびだんごやあげまんじゅうを食べ歩き、それから隅田川《すみだがわ》を眺めながら吾妻橋《あづまばし》を渡る。
スカイツリーに到着すると、スマホで記念撮影する。けれど五月の大型連休とあって大混雑。展望台のチケットは残念ながらとれそうもなく、スカイツリーと同じ敷地内にある商業施設で買い物を楽しんだ。
「お母さんよりお金を使ってるような気がする」
スイーツのお店がたくさんあって、うれしくてつい買ってしまう。自分の分のほかに、研究室のみんなで食べようとバウムクーヘンとおせんべいを買った。またそれとは別に、國枝先生のために東京名物のお菓子を数種類買っていた。
よく考えたら東京の人に東京のお土産ってどうなのだろうと、ふと思ったのだけれど。國枝先生にはいつもお世話になっているから、まあいいかと開き直った。
「買い物して、少しは気が紛れた?」
突然、母がそんなことを言い出すものだから、きょとんとする。
「なんの話?」
「東京駅で会ったときから、ずっと元気がなかったみたいだから」
「そ、そんなことないよ。いつも通りだよ」
「何年、美織の母親やってると思ってるの? ほかの人の目はごまかせても、お母さんの目はごまかせないんだからね。少し目も腫《は》れてたわよ。航くんと喧嘩でもした?」
「違うよ、航は……関係ないから」
「じゃあなんで航くんのことをずっと避けてたの? 航くんの顔をぜんぜん見ようとしなかったじゃない」
なんでわかってしまうのだろう。わたし、ちゃんと笑えていたよね。
「お父さんも薄々気づいていたと思う」
荷物持ち担当の父はわたしたちより少しうしろを歩いている。ずっとなにも言わないでいてくれたんだ。
航のご両親のほうは大丈夫だろうか。気分を害していないか心配になる。
「航くんのご両親も気づいていらっしゃるんじゃないかしら。航くんのほうは、美織よりもあきらかに様子が変だったから」
「航が?」
航も普通に振る舞っていたように見えたのに。ううん、見てはいない。でも声のトーンはいつもとそう変わりなかったから。
「恋人同士なんだもの、喧嘩ぐらいするわよね。航くんのご両親もそんなふうに思っているんじゃないかしら。だから、そのことに触れなかったんだと思うわ」
「お母さん、どうしよう……」
わたしと航の問題のはずだったのに、両親たちを巻き込んでしまっている。
「なにが不安なの? 急に結婚が怖くなった?」
「……うん」
「じゃあ結婚やめる?」
「はっ?」
「美織がそうしたいなら、お母さんも一緒に日比谷家のみなさんに頭をさげるから。婚約破棄の慰謝料も心配いらないわよ。ヘソクリもあるんだから、お母さんにまかせなさい」
「母親のセリフとは思えないんだけど」
話がどんどんふくらんでいくので、逆に冷静になれた。
航と別れる……?
航と別れたあとのことなんて想像できない。
大学時代、そして社会人になってからも、わたしの人生には常に航がいた。もちろん、うれしいことや楽しいことばかりではなかった。喧嘩をしたり、意地を張ったり。泣いた日もたくさんあった。
好きだから譲れないことがあって、涙が止まらなくなるときがある。仕事だったら妥協やあきらめもときには必要だと自分を納得させることができるのに、航のことになるとそれができない。
航は完璧でなくちゃならない。ほかの女の子からのモーションは冷たくあしらって、やさしくするのはわたしだけであるべき。そんな我儘な考えだった。実際、航はそういう人だと思っていた。
だから、まさかの浮気疑惑にいっぱいいっぱいになって、なにをどうすべきなのかわからない。
とはいっても、どちらにせよ逃げちゃいけない。それだけはわかっているけれど、航の本音……雫さんの言葉を聞いてしまったせいで、ますます向き合えない。
もっとも雫さんの言っていたことが、航の言葉そのものだとは限らないけれど、ゼロでもないような気がして……。どうしても話し合う勇気がでなかった。
精いっぱい愛想笑いをしたせいで、どっと疲れが押し寄せた。でも親同士は終始和やかな雰囲気で、そのことに救われた。
航たちと別れ、東京駅近くの両親の泊まるホテルへ向かい、チェックインする。ひと息ついたあと両親の希望で、スカイツリーと浅草《あさくさ》観光する予定だ。
「美織が嫁に行ったら、親子三人で旅行なんてできなくなるんだろうなあ」
父がホテルの部屋のベッドに腰かけ、窓の外の景色を眺めながらさみしそうに言う。それを見て、母が豪快に笑った。
「孫ができたら、そんなセリフを言ったことすら忘れるわよ。ただでさえ美織に甘いのに、孫ができたらどうなるのかしらね」
孫の話まで飛び出して、ますますうしろめたくなっていく。
誤解なら早く解くべきなのに、航の口から語られる真実が最悪のことだったらと思うと聞くのが怖い。
その後、電車で浅草駅へ行き、浅草寺《せんそうじ》をお参りしてから散策した。名物のきびだんごやあげまんじゅうを食べ歩き、それから隅田川《すみだがわ》を眺めながら吾妻橋《あづまばし》を渡る。
スカイツリーに到着すると、スマホで記念撮影する。けれど五月の大型連休とあって大混雑。展望台のチケットは残念ながらとれそうもなく、スカイツリーと同じ敷地内にある商業施設で買い物を楽しんだ。
「お母さんよりお金を使ってるような気がする」
スイーツのお店がたくさんあって、うれしくてつい買ってしまう。自分の分のほかに、研究室のみんなで食べようとバウムクーヘンとおせんべいを買った。またそれとは別に、國枝先生のために東京名物のお菓子を数種類買っていた。
よく考えたら東京の人に東京のお土産ってどうなのだろうと、ふと思ったのだけれど。國枝先生にはいつもお世話になっているから、まあいいかと開き直った。
「買い物して、少しは気が紛れた?」
突然、母がそんなことを言い出すものだから、きょとんとする。
「なんの話?」
「東京駅で会ったときから、ずっと元気がなかったみたいだから」
「そ、そんなことないよ。いつも通りだよ」
「何年、美織の母親やってると思ってるの? ほかの人の目はごまかせても、お母さんの目はごまかせないんだからね。少し目も腫《は》れてたわよ。航くんと喧嘩でもした?」
「違うよ、航は……関係ないから」
「じゃあなんで航くんのことをずっと避けてたの? 航くんの顔をぜんぜん見ようとしなかったじゃない」
なんでわかってしまうのだろう。わたし、ちゃんと笑えていたよね。
「お父さんも薄々気づいていたと思う」
荷物持ち担当の父はわたしたちより少しうしろを歩いている。ずっとなにも言わないでいてくれたんだ。
航のご両親のほうは大丈夫だろうか。気分を害していないか心配になる。
「航くんのご両親も気づいていらっしゃるんじゃないかしら。航くんのほうは、美織よりもあきらかに様子が変だったから」
「航が?」
航も普通に振る舞っていたように見えたのに。ううん、見てはいない。でも声のトーンはいつもとそう変わりなかったから。
「恋人同士なんだもの、喧嘩ぐらいするわよね。航くんのご両親もそんなふうに思っているんじゃないかしら。だから、そのことに触れなかったんだと思うわ」
「お母さん、どうしよう……」
わたしと航の問題のはずだったのに、両親たちを巻き込んでしまっている。
「なにが不安なの? 急に結婚が怖くなった?」
「……うん」
「じゃあ結婚やめる?」
「はっ?」
「美織がそうしたいなら、お母さんも一緒に日比谷家のみなさんに頭をさげるから。婚約破棄の慰謝料も心配いらないわよ。ヘソクリもあるんだから、お母さんにまかせなさい」
「母親のセリフとは思えないんだけど」
話がどんどんふくらんでいくので、逆に冷静になれた。
航と別れる……?
航と別れたあとのことなんて想像できない。
大学時代、そして社会人になってからも、わたしの人生には常に航がいた。もちろん、うれしいことや楽しいことばかりではなかった。喧嘩をしたり、意地を張ったり。泣いた日もたくさんあった。
好きだから譲れないことがあって、涙が止まらなくなるときがある。仕事だったら妥協やあきらめもときには必要だと自分を納得させることができるのに、航のことになるとそれができない。
航は完璧でなくちゃならない。ほかの女の子からのモーションは冷たくあしらって、やさしくするのはわたしだけであるべき。そんな我儘な考えだった。実際、航はそういう人だと思っていた。
だから、まさかの浮気疑惑にいっぱいいっぱいになって、なにをどうすべきなのかわからない。
とはいっても、どちらにせよ逃げちゃいけない。それだけはわかっているけれど、航の本音……雫さんの言葉を聞いてしまったせいで、ますます向き合えない。
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