50 / 59
10.届かぬ想いの行方
050
しおりを挟む
「大丈夫?」
スマホの通話を終えた航が険しい顔をしていた。なにかよくないことが起きているというのはわかった。
「蒼汰からだった。雫が行方不明らしい」
「えっ!?」
「今日は仕事が休みで、日中はずっと家にいたらしいんだけど。夜になっても帰ってこないし、電話もつながらないしで、雫のおふくろさんが心配して蒼汰に連絡してきたそうなんだ」
「雫さん、いったいどこに……。心あたりは?」
「ぜんぜんないよ。雫の交遊関係も知らないんだ。友達の名前も聞いたことがない」
「そうなんだ」
でも当然なのかもしれない。雫さんの航への想いは一方的で、航はその想いをうまくかわしながら接し、決して期待を持たせることはなかった。
たしかに雫さんは航にとって特別な存在だ。でもそれはあくまでも親友の幼なじみだから妹のように思っていたのであって、それがなかったら、ただの女の子だったのかもしれない。
雫さんは気づいていたのかな。
だからあんなにムキになって、わたしを追い払おうとした。航を手に入れるためにはなりふりなんてかまっていられない、そんな心境だったんだ。
切ないよ、切なすぎるよ。
届かない想いを抱えた彼女の胸の痛みは計り知れなくて、わたしには想像がつかない。
「航のスマホから雫さんに電話してみたら? お母さんや蒼汰くんからの電話には出なかったとしても、航からのなら出てくれるかもしれない」
「そうかな?」
「きっとそうだよ。きっと出てくれる」
航は半信半疑といった感じで、雫さんに電話をかけた。コールは鳴り続けているらしいけれど、一向につながらなかった。それでも、もう一度かけてみる。それを四回繰り返し、ようやく航が口を開いた。
「雫、今どこ?」
静かに語りかける。決して媚びることなく、かといって厳しくもない。
「泊まるところは? ……わかった。俺も近くのホテルにいるから、今から迎えに行く。そこで待ってろ。車だから十五分もあれば着くと思う」
航はそれだけ言って電話を切った。
「迎えにってどういうこと? 雫さん、近くにいるの?」
「駅に着いたところだそうだ」
わたしはぞっとした。雫さんは航に会いにこのリゾート地に来たんだ。
「どうして航がここにいるってわかったの?」
「さあ、それは俺にもわからない。確信はなかったみたいで、俺がこっちに来てるって知ったら、ちょっと驚いている感じだったけど。とにかく美織は部屋で待ってて」
「うん……」
「大丈夫、すぐに戻ってくるから。泊まるところを決めてないって言うし、だからといって終電の時間で家にも帰せないから、ここに連れてくるよ。今日はこのホテルに一泊させる」
航はわたしを不安にさせないように明るく話してくれた。わたしは「わかった」と言ったけれど、心から納得していたわけではなかった。
部屋を出ていく航を見送ってドアを閉めたあとも心臓がドキドキして緊張していた。涙が出そうになって、自分の心の狭さにげんなりもした。
それから三十分もしないうちに航が戻ってきた。
「美織、部屋で待ってろって言っただろう」
「……ごめん」
部屋でおとなしく待っていることができなかった。のしかかってくる不安に耐えられなくて、ホテルのロビーまで出てきてしまった。
格好悪いとは思うけれど、わたしだってなりふりかまっていられない。
雫さんの目は真っ赤だった。
「なんで、あなたもいるの?」
突然、雫さんに怖い目で睨まれた。相変わらず、わたしに対して敵意むき出しなので苦しくなる。
「俺が呼んだんだ。週末は彼女と過ごすことになってる」
「へえ、そうなんだ。だから航くんは迷惑そうなんだね」
「迷惑だなんて思ってないよ。むしろ会えて安心したよ。雫の家の人たちや蒼汰がどれだけ心配してたか」
「わたしはもう大人、社会人だよ。外泊ぐらいしたっておかしくないでしょう?」
「だからって、なにも言わずに家を出てきたらだめなことぐらい大人ならわかるだろう?」
冷静だった航の口調がとうとう厳しくなった。雫さんは真っ赤な目を潤ませながら唇をかみしめた。
「航、ここだと人目があるから、わたしたちの部屋に移動しよう。その前に雫さんの部屋の手配とチェックインをしなきゃ」
このホテルには航の仕事関係者や深見一族の人たちも宿泊しているため、これ以上この場所でもめているわけにいかない。
航も同じように思ったらしく、すぐに賛成してくれた。
「美織たちはここで少し待ってて」
航がフロントで手続きをしている間、わたしは雫さんとふたりきり。だけど、なんて言葉をかけていいのかわからない。結局、航がルームキーを手にして戻ってくるまで、わたしたちは無言のままだった。
スマホの通話を終えた航が険しい顔をしていた。なにかよくないことが起きているというのはわかった。
「蒼汰からだった。雫が行方不明らしい」
「えっ!?」
「今日は仕事が休みで、日中はずっと家にいたらしいんだけど。夜になっても帰ってこないし、電話もつながらないしで、雫のおふくろさんが心配して蒼汰に連絡してきたそうなんだ」
「雫さん、いったいどこに……。心あたりは?」
「ぜんぜんないよ。雫の交遊関係も知らないんだ。友達の名前も聞いたことがない」
「そうなんだ」
でも当然なのかもしれない。雫さんの航への想いは一方的で、航はその想いをうまくかわしながら接し、決して期待を持たせることはなかった。
たしかに雫さんは航にとって特別な存在だ。でもそれはあくまでも親友の幼なじみだから妹のように思っていたのであって、それがなかったら、ただの女の子だったのかもしれない。
雫さんは気づいていたのかな。
だからあんなにムキになって、わたしを追い払おうとした。航を手に入れるためにはなりふりなんてかまっていられない、そんな心境だったんだ。
切ないよ、切なすぎるよ。
届かない想いを抱えた彼女の胸の痛みは計り知れなくて、わたしには想像がつかない。
「航のスマホから雫さんに電話してみたら? お母さんや蒼汰くんからの電話には出なかったとしても、航からのなら出てくれるかもしれない」
「そうかな?」
「きっとそうだよ。きっと出てくれる」
航は半信半疑といった感じで、雫さんに電話をかけた。コールは鳴り続けているらしいけれど、一向につながらなかった。それでも、もう一度かけてみる。それを四回繰り返し、ようやく航が口を開いた。
「雫、今どこ?」
静かに語りかける。決して媚びることなく、かといって厳しくもない。
「泊まるところは? ……わかった。俺も近くのホテルにいるから、今から迎えに行く。そこで待ってろ。車だから十五分もあれば着くと思う」
航はそれだけ言って電話を切った。
「迎えにってどういうこと? 雫さん、近くにいるの?」
「駅に着いたところだそうだ」
わたしはぞっとした。雫さんは航に会いにこのリゾート地に来たんだ。
「どうして航がここにいるってわかったの?」
「さあ、それは俺にもわからない。確信はなかったみたいで、俺がこっちに来てるって知ったら、ちょっと驚いている感じだったけど。とにかく美織は部屋で待ってて」
「うん……」
「大丈夫、すぐに戻ってくるから。泊まるところを決めてないって言うし、だからといって終電の時間で家にも帰せないから、ここに連れてくるよ。今日はこのホテルに一泊させる」
航はわたしを不安にさせないように明るく話してくれた。わたしは「わかった」と言ったけれど、心から納得していたわけではなかった。
部屋を出ていく航を見送ってドアを閉めたあとも心臓がドキドキして緊張していた。涙が出そうになって、自分の心の狭さにげんなりもした。
それから三十分もしないうちに航が戻ってきた。
「美織、部屋で待ってろって言っただろう」
「……ごめん」
部屋でおとなしく待っていることができなかった。のしかかってくる不安に耐えられなくて、ホテルのロビーまで出てきてしまった。
格好悪いとは思うけれど、わたしだってなりふりかまっていられない。
雫さんの目は真っ赤だった。
「なんで、あなたもいるの?」
突然、雫さんに怖い目で睨まれた。相変わらず、わたしに対して敵意むき出しなので苦しくなる。
「俺が呼んだんだ。週末は彼女と過ごすことになってる」
「へえ、そうなんだ。だから航くんは迷惑そうなんだね」
「迷惑だなんて思ってないよ。むしろ会えて安心したよ。雫の家の人たちや蒼汰がどれだけ心配してたか」
「わたしはもう大人、社会人だよ。外泊ぐらいしたっておかしくないでしょう?」
「だからって、なにも言わずに家を出てきたらだめなことぐらい大人ならわかるだろう?」
冷静だった航の口調がとうとう厳しくなった。雫さんは真っ赤な目を潤ませながら唇をかみしめた。
「航、ここだと人目があるから、わたしたちの部屋に移動しよう。その前に雫さんの部屋の手配とチェックインをしなきゃ」
このホテルには航の仕事関係者や深見一族の人たちも宿泊しているため、これ以上この場所でもめているわけにいかない。
航も同じように思ったらしく、すぐに賛成してくれた。
「美織たちはここで少し待ってて」
航がフロントで手続きをしている間、わたしは雫さんとふたりきり。だけど、なんて言葉をかけていいのかわからない。結局、航がルームキーを手にして戻ってくるまで、わたしたちは無言のままだった。
0
あなたにおすすめの小説
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
美しき造船王は愛の海に彼女を誘う
花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長
『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。
ノースサイド出身のセレブリティ
×
☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員
名取フラワーズの社員だが、理由があって
伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。
恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が
花屋の女性の夢を応援し始めた。
最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
エリート役員は空飛ぶ天使を溺愛したくてたまらない
如月 そら
恋愛
「二度目は偶然だが、三度目は必然だ。三度目がないことを願っているよ」
(三度目はないからっ!)
──そう心で叫んだはずなのに目の前のエリート役員から逃げられない!
「俺と君が出会ったのはつまり必然だ」
倉木莉桜(くらきりお)は大手エアラインで日々奮闘する客室乗務員だ。
ある日、自社の機体を製造している五十里重工の重役がトラブルから莉桜を救ってくれる。
それで彼との関係は終わったと思っていたのに!?
エリート役員からの溺れそうな溺愛に戸惑うばかり。
客室乗務員(CA)倉木莉桜
×
五十里重工(取締役部長)五十里武尊
『空が好き』という共通点を持つ二人の恋の行方は……
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~
けいこ
恋愛
密かに想いを寄せていたあなたとのとろけるような一夜の出来事。
好きになってはいけない人とわかっていたのに…
夢のような時間がくれたこの大切な命。
保育士の仕事を懸命に頑張りながら、可愛い我が子の子育てに、1人で奔走する毎日。
なのに突然、あなたは私の前に現れた。
忘れようとしても決して忘れることなんて出来なかった、そんな愛おしい人との偶然の再会。
私の運命は…
ここからまた大きく動き出す。
九条グループ御曹司 副社長
九条 慶都(くじょう けいと) 31歳
×
化粧品メーカー itidouの長女 保育士
一堂 彩葉(いちどう いろは) 25歳
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる