束縛フィアンセと今日も甘いひとときを

さとう涼

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10.届かぬ想いの行方

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「大丈夫?」

 スマホの通話を終えた航が険しい顔をしていた。なにかよくないことが起きているというのはわかった。

「蒼汰からだった。雫が行方不明らしい」
「えっ!?」
「今日は仕事が休みで、日中はずっと家にいたらしいんだけど。夜になっても帰ってこないし、電話もつながらないしで、雫のおふくろさんが心配して蒼汰に連絡してきたそうなんだ」
「雫さん、いったいどこに……。心あたりは?」
「ぜんぜんないよ。雫の交遊関係も知らないんだ。友達の名前も聞いたことがない」
「そうなんだ」

 でも当然なのかもしれない。雫さんの航への想いは一方的で、航はその想いをうまくかわしながら接し、決して期待を持たせることはなかった。
 たしかに雫さんは航にとって特別な存在だ。でもそれはあくまでも親友の幼なじみだから妹のように思っていたのであって、それがなかったら、ただの女の子だったのかもしれない。

 雫さんは気づいていたのかな。
 だからあんなにムキになって、わたしを追い払おうとした。航を手に入れるためにはなりふりなんてかまっていられない、そんな心境だったんだ。
 切ないよ、切なすぎるよ。
 届かない想いを抱えた彼女の胸の痛みは計り知れなくて、わたしには想像がつかない。

「航のスマホから雫さんに電話してみたら? お母さんや蒼汰くんからの電話には出なかったとしても、航からのなら出てくれるかもしれない」
「そうかな?」
「きっとそうだよ。きっと出てくれる」

 航は半信半疑といった感じで、雫さんに電話をかけた。コールは鳴り続けているらしいけれど、一向につながらなかった。それでも、もう一度かけてみる。それを四回繰り返し、ようやく航が口を開いた。

「雫、今どこ?」

 静かに語りかける。決して媚びることなく、かといって厳しくもない。

「泊まるところは? ……わかった。俺も近くのホテルにいるから、今から迎えに行く。そこで待ってろ。車だから十五分もあれば着くと思う」

 航はそれだけ言って電話を切った。

「迎えにってどういうこと? 雫さん、近くにいるの?」
「駅に着いたところだそうだ」

 わたしはぞっとした。雫さんは航に会いにこのリゾート地に来たんだ。

「どうして航がここにいるってわかったの?」
「さあ、それは俺にもわからない。確信はなかったみたいで、俺がこっちに来てるって知ったら、ちょっと驚いている感じだったけど。とにかく美織は部屋で待ってて」
「うん……」
「大丈夫、すぐに戻ってくるから。泊まるところを決めてないって言うし、だからといって終電の時間で家にも帰せないから、ここに連れてくるよ。今日はこのホテルに一泊させる」

 航はわたしを不安にさせないように明るく話してくれた。わたしは「わかった」と言ったけれど、心から納得していたわけではなかった。
 部屋を出ていく航を見送ってドアを閉めたあとも心臓がドキドキして緊張していた。涙が出そうになって、自分の心の狭さにげんなりもした。



 それから三十分もしないうちに航が戻ってきた。

「美織、部屋で待ってろって言っただろう」
「……ごめん」

 部屋でおとなしく待っていることができなかった。のしかかってくる不安に耐えられなくて、ホテルのロビーまで出てきてしまった。
 格好悪いとは思うけれど、わたしだってなりふりかまっていられない。
 雫さんの目は真っ赤だった。

「なんで、あなたもいるの?」

 突然、雫さんに怖い目で睨まれた。相変わらず、わたしに対して敵意むき出しなので苦しくなる。

「俺が呼んだんだ。週末は彼女と過ごすことになってる」
「へえ、そうなんだ。だから航くんは迷惑そうなんだね」
「迷惑だなんて思ってないよ。むしろ会えて安心したよ。雫の家の人たちや蒼汰がどれだけ心配してたか」
「わたしはもう大人、社会人だよ。外泊ぐらいしたっておかしくないでしょう?」
「だからって、なにも言わずに家を出てきたらだめなことぐらい大人ならわかるだろう?」

 冷静だった航の口調がとうとう厳しくなった。雫さんは真っ赤な目を潤ませながら唇をかみしめた。

「航、ここだと人目があるから、わたしたちの部屋に移動しよう。その前に雫さんの部屋の手配とチェックインをしなきゃ」

 このホテルには航の仕事関係者や深見一族の人たちも宿泊しているため、これ以上この場所でもめているわけにいかない。
 航も同じように思ったらしく、すぐに賛成してくれた。

「美織たちはここで少し待ってて」

 航がフロントで手続きをしている間、わたしは雫さんとふたりきり。だけど、なんて言葉をかけていいのかわからない。結局、航がルームキーを手にして戻ってくるまで、わたしたちは無言のままだった。
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