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番外編(7) Wedding After Party
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グラスをテーブルに戻し、一希がわたしの肩口にちょこんと頭をのせた。
「重くない?」
「ぜんぜん」
今はこんなことぐらいしかできないから。こんなことで一希の体が少しでも休まるのなら、いくらでも寄りかかっていて。
ヨリが戻ったことをきっかけに、わたしたちの関係は少し変わった。一希は相変わらず仕事が忙しそうでデートらしいデートもないけれど、わたしとの約束を大切にしてくれるようになった。
都合が悪くなったときは差し支えない程度に事情を説明してくれる。そうしてもらえることで不思議とすんなり受け入れられた。
それまでの一希は仕事が入ると気持ちがそちらにいってしまい、ないがしろにされることも少なくなかった。そんな扱いをされているときに、「仕事だからごめんな」とだけ言われても素直に受け入れられなかった。わたしには一希が仕事を免罪符にしているように思えてならなかった。
仕事を優先するのは当然なのはわかるけれど、わたしはいつも置いてけぼり。それが無性に寂しくて誘うのはいつもわたしで、次第に会いたいのはわたしだけなのかなと思うようになっていった。
そして訪れた別れ。
その直後、妊娠していることがわかり、それからは不安と戸惑いと怒りと絶望の日々だった。
信じていたひとに裏切られていたと思った瞬間は、今思い出しても怖くて泣きそうになる。一希に真実をたしかめるのも怖かった。一希の口から奥田さんへの想いを聞く勇気がなかった。
全部わたしの勘違いだったけれど、それでも胸がぎゅっと締めつけられる。わたしじゃない別の誰かと一緒になる一希を想像しただけで心も体も震えそうだった。
だけど妊娠がわかってからの12日間はわたしに多くのことを考えさせてくれた。子どもを産んで育てるということ、仕事のこと、生活のこと。それらをいっぺんに考えなくてはならない現実はとても過酷だった。
けれど今はこんなも穏やかな気持ちでいられる。それは一希のやさしさと根気強さのおかげ。わたしは一希の深い想いを知り、それと同時に失いかけていた相手を思いやる気持ちを取り戻すことができた。
「早く12月にならないかなあ」
「新年は家族がひとり増えてるんだな。楽しみだな」
「うん。にぎやかになりそうだね」
母の勧めで出産後は都内の実家に帰り、しばらくは母に育児を手伝ってもらう予定。なので年末とお正月は、一希にはわたしの実家に泊まってもらい、一緒に過ごす予定だ。
「俺、オムツの交換とかお風呂とかちゃんとできんのかな?」
「それはわたしも同じだよ。でも少しずつできるようになるものじゃないのかな。みんなそうやって親になっていくんでしょう?」
「それもそうだな」
「一緒にがんばろうね」
本当は不安でいっぱい。無事に生まれてきてくれるのか。すくすくと元気に育ってくれるのか。他にも母乳とか夜泣きとか保育園とか。あげたらきりがない。
だけど泣きごとばかり言っていられない。母親になるんだから不安も悩みも一つひとつクリアしていかないとならないんだよね。
「どっちに似ているかな?」
どちらにしても一希の遺伝子を引き継ぐのだから、きっと天使みたいな子なんだろうな。ひとにやさしさを与えられるたくましい子になってほしい。一希のように。
「つぐみに似た男の子がいい」
「男の子がいいの?」
「女の子だと考えなきゃなんないことがいろいろと増える」
「そういうもの?」
「想像しただけでムカついてくる」
一希は口を真一文字に結ぶ。
「何を想像してるんだか。まあなんとなくわかったけど。ていうか、一希に似ていたほうがイケメンになるよ」
「つぐみに似たほうがイケメンになるだろう」
一希が顔を上げて驚いたように言う。
「えっ……?」
「ん?」
「あ、ううん」
一希は謙遜しているふうでもなく、ごく当たり前のように言っていた。もしかして自分が格好いいことを自覚していないのだろうか。いや、そんなわけないよね。あれだけ女のひとと遊んでおいて、それがわからないはずがない。
「なんにせよ、可愛いものは可愛いからどうでもいいことだよな」
「そうだね」
そのとおりだと思った。今はまずお腹の子を大事に育てることに専念しよう。出産予定日までもう少しだ。
「重くない?」
「ぜんぜん」
今はこんなことぐらいしかできないから。こんなことで一希の体が少しでも休まるのなら、いくらでも寄りかかっていて。
ヨリが戻ったことをきっかけに、わたしたちの関係は少し変わった。一希は相変わらず仕事が忙しそうでデートらしいデートもないけれど、わたしとの約束を大切にしてくれるようになった。
都合が悪くなったときは差し支えない程度に事情を説明してくれる。そうしてもらえることで不思議とすんなり受け入れられた。
それまでの一希は仕事が入ると気持ちがそちらにいってしまい、ないがしろにされることも少なくなかった。そんな扱いをされているときに、「仕事だからごめんな」とだけ言われても素直に受け入れられなかった。わたしには一希が仕事を免罪符にしているように思えてならなかった。
仕事を優先するのは当然なのはわかるけれど、わたしはいつも置いてけぼり。それが無性に寂しくて誘うのはいつもわたしで、次第に会いたいのはわたしだけなのかなと思うようになっていった。
そして訪れた別れ。
その直後、妊娠していることがわかり、それからは不安と戸惑いと怒りと絶望の日々だった。
信じていたひとに裏切られていたと思った瞬間は、今思い出しても怖くて泣きそうになる。一希に真実をたしかめるのも怖かった。一希の口から奥田さんへの想いを聞く勇気がなかった。
全部わたしの勘違いだったけれど、それでも胸がぎゅっと締めつけられる。わたしじゃない別の誰かと一緒になる一希を想像しただけで心も体も震えそうだった。
だけど妊娠がわかってからの12日間はわたしに多くのことを考えさせてくれた。子どもを産んで育てるということ、仕事のこと、生活のこと。それらをいっぺんに考えなくてはならない現実はとても過酷だった。
けれど今はこんなも穏やかな気持ちでいられる。それは一希のやさしさと根気強さのおかげ。わたしは一希の深い想いを知り、それと同時に失いかけていた相手を思いやる気持ちを取り戻すことができた。
「早く12月にならないかなあ」
「新年は家族がひとり増えてるんだな。楽しみだな」
「うん。にぎやかになりそうだね」
母の勧めで出産後は都内の実家に帰り、しばらくは母に育児を手伝ってもらう予定。なので年末とお正月は、一希にはわたしの実家に泊まってもらい、一緒に過ごす予定だ。
「俺、オムツの交換とかお風呂とかちゃんとできんのかな?」
「それはわたしも同じだよ。でも少しずつできるようになるものじゃないのかな。みんなそうやって親になっていくんでしょう?」
「それもそうだな」
「一緒にがんばろうね」
本当は不安でいっぱい。無事に生まれてきてくれるのか。すくすくと元気に育ってくれるのか。他にも母乳とか夜泣きとか保育園とか。あげたらきりがない。
だけど泣きごとばかり言っていられない。母親になるんだから不安も悩みも一つひとつクリアしていかないとならないんだよね。
「どっちに似ているかな?」
どちらにしても一希の遺伝子を引き継ぐのだから、きっと天使みたいな子なんだろうな。ひとにやさしさを与えられるたくましい子になってほしい。一希のように。
「つぐみに似た男の子がいい」
「男の子がいいの?」
「女の子だと考えなきゃなんないことがいろいろと増える」
「そういうもの?」
「想像しただけでムカついてくる」
一希は口を真一文字に結ぶ。
「何を想像してるんだか。まあなんとなくわかったけど。ていうか、一希に似ていたほうがイケメンになるよ」
「つぐみに似たほうがイケメンになるだろう」
一希が顔を上げて驚いたように言う。
「えっ……?」
「ん?」
「あ、ううん」
一希は謙遜しているふうでもなく、ごく当たり前のように言っていた。もしかして自分が格好いいことを自覚していないのだろうか。いや、そんなわけないよね。あれだけ女のひとと遊んでおいて、それがわからないはずがない。
「なんにせよ、可愛いものは可愛いからどうでもいいことだよな」
「そうだね」
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