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信雄の境界
殿、草生やす
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慶長四年、春――。
「……えええええぇぇぇ!? 利家殿、死んだのかっ!?」
織田信雄の屋敷中に、普段は何を聞いても寝そべって鼻をほじっていたような男とは思えぬほどの叫びが響いた。
報せを持ってきた家臣たちは、一瞬「うわっ珍しくまともに驚いてる」と目を見開き、次の瞬間には「あ、これは……面倒くさいほうだな」と静かに視線を落とした。
信雄はその場にぺたりとしゃがみ込み、深いため息を漏らす。
「これ、絶対またなんか起こるやつじゃろ……むしろ起こらなかったことがない……」
滝川雄利がそっと膝を折り、殿の横に並ぶ。
「殿、政変というものは生き物のようなものでして、どんな時も落ち着きは――」
「いや、それはいいから。むしろ、ワシはそういうの苦手じゃ」
信雄は膝を抱えて丸まり、しばらく小声で「利家殿……利家殿が……」と繰り返した後、突如ひょこっと顔を上げた。
「いや、逆に考えるんじゃ……ワシが出て行かずとも、誰かが勝手にまとめてくれる!利家殿ほどじゃなくとも、毛利輝元とか上杉景勝とか、何やら頼りがいありそうな名前の者らが!」
雄利は苦笑しながらも頷く。
「ええ、まあ……名は確かに立派にございますな……」
だが、平穏は長く続かなかった。
ある日、家臣が駆け込むなり叫んだ。
「殿ッ! 石田三成殿が、加藤清正・福島正則ら七将に襲われたとの報でございます!」
「……うわ、さっそく問題起きて草」
「草っ……!?」
滝川雄利の眉がひくついた。
「“草”とは……何でございます?」
「いや……その……“笑う”とか“呆れる”とかそういう意味で……いや、こんな説明してる場合か! ワシまでバカだと思われる!」
「もとより……いや、いえ何でもございません」
「言いかけたな!? 今、何か言いかけたよなお前!!」
「気のせいでございます、殿」
やりとりの途中、信雄は急に神妙な面持ちになり、ふっと立ち上がった。
「いや待て……三成が襲われるということは、政権内で何かしら派閥争いが本格化しておる……この先、政が乱れるやも……!」
滝川雄利は驚いた顔で心の中で叫んだ。
(殿が……! 殿がついに……政務に関心を!!)
「これは……動かねばならぬかもしれぬな……いや、でもな……面倒なんだよな……しかし……うーん……」
信雄は一歩、前に出た。
次の瞬間――
「まあ、何もしなくてもそのうちなんとかなるじゃろ!」
前に出た一歩をそのまま座敷に戻し、どっかりと座り込んだ。
その日の夕方、再び家臣が報告にやってきた。
「殿、家康殿や毛利殿、北政所様らの仲裁により、石田殿は奉行職を解かれ佐和山へ蟄居することで決着いたしました」
「おお……やっぱり何もせんでも終わってたわ……平常運転……平常平和……」
信雄は茶をすすりながら満足そうに言った。
傍で報告を聞いていた滝川雄利がぽつりと呟く。
「逆に殿が動く方が……ややこしく……」
「……なんか言ったか?」
「いえ、何も」
スンッとした表情で無に帰した雄利の顔を見ながら、信雄はふふんと得意気に鼻を鳴らすのだった。
こうして、戦国生き残り?の「動かざること信雄の如し」は、また一日を平穏に乗り切った。
「……えええええぇぇぇ!? 利家殿、死んだのかっ!?」
織田信雄の屋敷中に、普段は何を聞いても寝そべって鼻をほじっていたような男とは思えぬほどの叫びが響いた。
報せを持ってきた家臣たちは、一瞬「うわっ珍しくまともに驚いてる」と目を見開き、次の瞬間には「あ、これは……面倒くさいほうだな」と静かに視線を落とした。
信雄はその場にぺたりとしゃがみ込み、深いため息を漏らす。
「これ、絶対またなんか起こるやつじゃろ……むしろ起こらなかったことがない……」
滝川雄利がそっと膝を折り、殿の横に並ぶ。
「殿、政変というものは生き物のようなものでして、どんな時も落ち着きは――」
「いや、それはいいから。むしろ、ワシはそういうの苦手じゃ」
信雄は膝を抱えて丸まり、しばらく小声で「利家殿……利家殿が……」と繰り返した後、突如ひょこっと顔を上げた。
「いや、逆に考えるんじゃ……ワシが出て行かずとも、誰かが勝手にまとめてくれる!利家殿ほどじゃなくとも、毛利輝元とか上杉景勝とか、何やら頼りがいありそうな名前の者らが!」
雄利は苦笑しながらも頷く。
「ええ、まあ……名は確かに立派にございますな……」
だが、平穏は長く続かなかった。
ある日、家臣が駆け込むなり叫んだ。
「殿ッ! 石田三成殿が、加藤清正・福島正則ら七将に襲われたとの報でございます!」
「……うわ、さっそく問題起きて草」
「草っ……!?」
滝川雄利の眉がひくついた。
「“草”とは……何でございます?」
「いや……その……“笑う”とか“呆れる”とかそういう意味で……いや、こんな説明してる場合か! ワシまでバカだと思われる!」
「もとより……いや、いえ何でもございません」
「言いかけたな!? 今、何か言いかけたよなお前!!」
「気のせいでございます、殿」
やりとりの途中、信雄は急に神妙な面持ちになり、ふっと立ち上がった。
「いや待て……三成が襲われるということは、政権内で何かしら派閥争いが本格化しておる……この先、政が乱れるやも……!」
滝川雄利は驚いた顔で心の中で叫んだ。
(殿が……! 殿がついに……政務に関心を!!)
「これは……動かねばならぬかもしれぬな……いや、でもな……面倒なんだよな……しかし……うーん……」
信雄は一歩、前に出た。
次の瞬間――
「まあ、何もしなくてもそのうちなんとかなるじゃろ!」
前に出た一歩をそのまま座敷に戻し、どっかりと座り込んだ。
その日の夕方、再び家臣が報告にやってきた。
「殿、家康殿や毛利殿、北政所様らの仲裁により、石田殿は奉行職を解かれ佐和山へ蟄居することで決着いたしました」
「おお……やっぱり何もせんでも終わってたわ……平常運転……平常平和……」
信雄は茶をすすりながら満足そうに言った。
傍で報告を聞いていた滝川雄利がぽつりと呟く。
「逆に殿が動く方が……ややこしく……」
「……なんか言ったか?」
「いえ、何も」
スンッとした表情で無に帰した雄利の顔を見ながら、信雄はふふんと得意気に鼻を鳴らすのだった。
こうして、戦国生き残り?の「動かざること信雄の如し」は、また一日を平穏に乗り切った。
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