7 / 15
第1章 魔法少年
黄泉の足音
しおりを挟む
夜は、また世界を塗りつぶしていた。
昼間の陽射しが嘘だったかのように、町外れの廃墟群は深い闇に沈んでいる。風に揺れる鉄骨が、時折ぎぃ、と軋む音を立て、それがやけに大きく響いて聞こえた。
俺は、黒いパーカーに身を包み、スニーカーの紐をきつく結び直す。鼓動が早い。けれど、足を止めるわけにはいかなかった。隣を歩く咲希は、薙刀を背に、無駄口ひとつ叩かずに進む。青黒い髪が夜気に揺れ、その横顔は月の光を受けて硬く見えた。
「ここが……菜月が最後に向かった場所」
咲希が立ち止まる。
目の前に、ひび割れたビルの影。崩れ落ちた壁から冷たい風が吹き抜け、かすかに焦げたような匂いを運んでくる。
「魔力の痕跡が、まだ残ってる。……間違いない」
言葉に、胸が締め付けられた。菜月の戦いの最後の場所。あの笑顔を思い出すだけで、喉の奥が焼けるように痛む。
俺たちは隙間を縫うように中へ入った。
湿気を吸った壁紙は剥がれ落ち、床は崩れかけ、天井から水滴がぽたぽたと落ちている。腐臭と埃が入り混じり、呼吸をするだけで喉がざらついた。
「気をつけて」
咲希の声が低く響く。
「ここ……普通の黒獣だけじゃない。“上位種”がいる可能性がある」
背中に冷たい汗が伝う。
その時だった。
空気が――変わった。
耳鳴りのような音が世界を覆い、足元の影が一瞬揺らいだ。建物全体が“別の空間”に引きずり込まれるような、圧倒的な重さが肌を押し潰してくる。
「来る……!」
咲希の叫びと同時に、闇から“それ”が姿を現した。
黒獣。
いや、今までのそれとは異質だった。
体長は大型車ほど。首は蛇のように長く伸び、全身は鋼の鱗に覆われている。爛々と光る赤い眼がこちらを射抜き、床を砕きながら一歩踏み出すたび、建物全体が揺れる。
だが、俺が息を呑んだのは――その首に嵌められた“鎖付きの首輪”だった。
「……制御されてる……?」
咲希の声が震える。
「そんなの、聞いたことない……!」
黒獣が咆哮を放ち、巨体が突進してくる。
咲希が即座に薙刀を振り抜き、俺は咄嗟に右手の小刀を足へと投げ込む。
が――弾かれた。
「硬いっ……!」
衝撃が手首に走り、バランスを崩す。
「佐々木、下がって!!」
咲希が俺を押しのけ、獣の爪を薙刀で受け止める。火花が散り、頬に赤い線が走った。
「咲希さんっ!」
「大丈夫……でも、これは普通じゃない……! 誰かが、操作してる……!」
操作――。
その言葉が胸に突き刺さった瞬間、空間が歪み、声が降ってきた。
『やぁ、圭斗くん。久々だね』
どこからともなく響く声。愉快そうで、吐き気がするほど冷たい。
背筋が粟立つ。忘れるはずのない声。
『さすが“菜月の選んだ人間”だ……感情に溺れて、それでも刃を振るう。愚かで、愛しい――これが人間か』
「……黄泉?……」
分かっている。だが、それを認めたくなくて、名を呼ぶ。
『改めて名乗ろう。僕の名は“黄泉”。菜月を“選び”、そして菜月を“壊した”使徒だ』
「……は……?」
息が詰まる。脳が理解を拒む。
隣の咲希も、動きを止めていた。
「どういう意味だ!」
叫ぶ俺に、黄泉は笑うような声で答えた。
『そのままの意味だよ。彼女は僕に選ばれ、そして、踏み入れてはならない闇を知り、僕に抹殺された。それだけだよ』
「……お前が……!」
拳が震える。胸の奥から煮えたぎるような怒りがこみ上げる。
『君には選択肢がある』
黄泉の声が囁くように響く。
『ここで死ぬか、菜月が踏み入れた闇に来るか。菜月の死の意味を知りたいなら――その闇に“堕ちる”覚悟を決めるんだ』
次の瞬間、黒獣が咆哮し、再び突進してきた。
「来るぞ、佐々木!!」
「わかってるっ……!」
怒り、恐怖、そして菜月を想う悲しみが渦を巻く。
俺の中で何かが音を立てて砕け、鋭い覚悟だけが残った。
(黄泉……お前だけは……絶対に許さない!!)
俺は黒刀を握り直し、咲希と並んで前に踏み込んだ。
二人の刃が、闇を裂いて走る――。
昼間の陽射しが嘘だったかのように、町外れの廃墟群は深い闇に沈んでいる。風に揺れる鉄骨が、時折ぎぃ、と軋む音を立て、それがやけに大きく響いて聞こえた。
俺は、黒いパーカーに身を包み、スニーカーの紐をきつく結び直す。鼓動が早い。けれど、足を止めるわけにはいかなかった。隣を歩く咲希は、薙刀を背に、無駄口ひとつ叩かずに進む。青黒い髪が夜気に揺れ、その横顔は月の光を受けて硬く見えた。
「ここが……菜月が最後に向かった場所」
咲希が立ち止まる。
目の前に、ひび割れたビルの影。崩れ落ちた壁から冷たい風が吹き抜け、かすかに焦げたような匂いを運んでくる。
「魔力の痕跡が、まだ残ってる。……間違いない」
言葉に、胸が締め付けられた。菜月の戦いの最後の場所。あの笑顔を思い出すだけで、喉の奥が焼けるように痛む。
俺たちは隙間を縫うように中へ入った。
湿気を吸った壁紙は剥がれ落ち、床は崩れかけ、天井から水滴がぽたぽたと落ちている。腐臭と埃が入り混じり、呼吸をするだけで喉がざらついた。
「気をつけて」
咲希の声が低く響く。
「ここ……普通の黒獣だけじゃない。“上位種”がいる可能性がある」
背中に冷たい汗が伝う。
その時だった。
空気が――変わった。
耳鳴りのような音が世界を覆い、足元の影が一瞬揺らいだ。建物全体が“別の空間”に引きずり込まれるような、圧倒的な重さが肌を押し潰してくる。
「来る……!」
咲希の叫びと同時に、闇から“それ”が姿を現した。
黒獣。
いや、今までのそれとは異質だった。
体長は大型車ほど。首は蛇のように長く伸び、全身は鋼の鱗に覆われている。爛々と光る赤い眼がこちらを射抜き、床を砕きながら一歩踏み出すたび、建物全体が揺れる。
だが、俺が息を呑んだのは――その首に嵌められた“鎖付きの首輪”だった。
「……制御されてる……?」
咲希の声が震える。
「そんなの、聞いたことない……!」
黒獣が咆哮を放ち、巨体が突進してくる。
咲希が即座に薙刀を振り抜き、俺は咄嗟に右手の小刀を足へと投げ込む。
が――弾かれた。
「硬いっ……!」
衝撃が手首に走り、バランスを崩す。
「佐々木、下がって!!」
咲希が俺を押しのけ、獣の爪を薙刀で受け止める。火花が散り、頬に赤い線が走った。
「咲希さんっ!」
「大丈夫……でも、これは普通じゃない……! 誰かが、操作してる……!」
操作――。
その言葉が胸に突き刺さった瞬間、空間が歪み、声が降ってきた。
『やぁ、圭斗くん。久々だね』
どこからともなく響く声。愉快そうで、吐き気がするほど冷たい。
背筋が粟立つ。忘れるはずのない声。
『さすが“菜月の選んだ人間”だ……感情に溺れて、それでも刃を振るう。愚かで、愛しい――これが人間か』
「……黄泉?……」
分かっている。だが、それを認めたくなくて、名を呼ぶ。
『改めて名乗ろう。僕の名は“黄泉”。菜月を“選び”、そして菜月を“壊した”使徒だ』
「……は……?」
息が詰まる。脳が理解を拒む。
隣の咲希も、動きを止めていた。
「どういう意味だ!」
叫ぶ俺に、黄泉は笑うような声で答えた。
『そのままの意味だよ。彼女は僕に選ばれ、そして、踏み入れてはならない闇を知り、僕に抹殺された。それだけだよ』
「……お前が……!」
拳が震える。胸の奥から煮えたぎるような怒りがこみ上げる。
『君には選択肢がある』
黄泉の声が囁くように響く。
『ここで死ぬか、菜月が踏み入れた闇に来るか。菜月の死の意味を知りたいなら――その闇に“堕ちる”覚悟を決めるんだ』
次の瞬間、黒獣が咆哮し、再び突進してきた。
「来るぞ、佐々木!!」
「わかってるっ……!」
怒り、恐怖、そして菜月を想う悲しみが渦を巻く。
俺の中で何かが音を立てて砕け、鋭い覚悟だけが残った。
(黄泉……お前だけは……絶対に許さない!!)
俺は黒刀を握り直し、咲希と並んで前に踏み込んだ。
二人の刃が、闇を裂いて走る――。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる