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最初の街
第5話
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「……ここがあなたのお家、なの?」
サクラの目の前には、立派な門構えの邸宅があった。
「ええ、そうですよ」
サクラの質問に、クロビスはあっさりと答えて門を開ける。彼は門扉を手で押さえながらサクラを振り返り、中へ入るように促してきた。
クロビスの目が早く敷地内に入れと言っている。そうはいうものの、サクラはすぐに足を動かせなかった。
「いまさら気後れしたのですか?」
「……ち、違うわ。いや、間違ってはいないけれどね。やっぱりもう少し選択肢があるんじゃないかって思うところがあって……」
「ここまできたのですから、もう遅いですよ。とにかく、先ほど打ち合わせた通りにお願いします」
「も、もちろん。それはきちんと頑張るけれどね?」
サクラはゲームをプレイしていた頃から、クロビスというキャラクターはなんとなく独身だと感じていた。
婚約者のふりをしてほしいと言い出すくらいなので、配偶者がいないというのは当たっていたのだろう。
しかし、クロビスには生活感というものがないイメージだった。
独り身ならば、てっきり長屋のような、その気になればいつでも出ていける借家住まいだと思っていたのだ。
ゲーム内で出会うクロビスは、最初に出会った暗礁の森のような、街中の喧騒から離れた不思議な場所にばかりいた。そう思ってしまっても、しかたがないと思う。
「なんかこうね。想像していたよりもあなたのお宅がご立派で、驚いてしまったの」
ゲーム内のいちキャラクターであったクロビスに自宅があった。サクラはそれだけでも、彼という個人が地に足をつけて生きている証というものが感じられた気がして、かなりの衝撃を受けている。
だというのに、それがプレイヤーの向かう最初の街にあり、なおかつ豪邸である事実は形容しがたい驚きにあふれている。頭の中が混乱していて、動揺が隠せないのだ。
こんな邸宅の主の婚約者として生活がはじめられるなんて、状況が整えられすぎている気がする。
RPGゲーム的なセオリーとして、まずはあばら家とか、管理の行き届いていない粗末な家を拠点として物語がはじまるものではないのか。
このままこの家の中に入って自分の身の安全は大丈夫なのかと、警戒してしまう。
「……いやでも、乙女ゲーとか? そのあたりならこういうスタートもありなのかもしれない……」
なにしろ、サクラが好んでプレイしていたのは死にゲーであり、ダークファンタジーが多かった。美男美女が巧な心理戦を繰り広げる恋愛ゲームとは、雰囲気が似ても似つかない。趣味趣向があまりに異なるので、現状を恋愛ゲームに置き換えて考えようというのが、そもそも間違っていたと気づかされる。
「先ほどもお伝えしましたが、私は軍属の医師をしております」
「……お医者様なのは、うん。そうなのだけどね」
「それなりにお給金をいただいておりますので、見合った生活をするのは義務のようなものだと考えております」
「それはとても素晴らしい心がけだと思うわ。立場が人を作るっていうものね」
クロビスは基本的にはプレイヤーに友好的だが、ストーリーの進め方によっては敵対することも可能なNPCだ。
「この領地の人だものね。この街に家があるのはごくごく自然なことなのだけど……」
クロビスと敵対して彼を倒すと、とあるアイテムがドロップする。
そのドロップアイテムのフレーバーテキストに、プレイヤーの操作する主人公が降り立った地の領主に仕える優秀な軍医であることが記載されている。
クロビスはストーリー上、必ず敵対しなければならないわけではない。
しかし、実績をコンプリートするためには、あえて敵対しなければならないNPCだ。
すべての実績解除をするためだけに、サクラはクロビスと敵対した。
クロビスを倒さなければ入手できないアイテムというものが存在する以上、ゲーマーとして当たり前の選択をしただけだ。
サクラはクロビスに関連するNPCイベントの分岐パターンを、すべて体験済なのである。クロビスに関する文章から得られる情報は、完璧に網羅しているつもりだ。
それほどの時間を使って、サクラはこのゲームを遊んでいた。この世界に関しての知識が、それなりにあるつもりだった。
ところが、実際には最初に出会うNPCであるクロビスのことさえ、ほとんどわからない。住んでいる家の場所さえ知らなかったのだ。
これで最初の提案に乗ってしまい、王になるために冒険へ出てしまっていたらと思うとゾッとする。
ゲームをプレイしていて得た知識など、この世界を実際に生き抜くうえでは、暮らしの知恵程度のものなのかもしれない。
「……待って待って。そもそも、ここがゲームと同じシナリオで進むとしたら、この街についてすぐに負けイベントが発生するはずじゃないの……?」
ゲーム内では、プレイヤーが最初の街の中を散策していると、突然ムービーがはじまりプレイヤーの敗北が確定しているイベントがはじまる。
王を目指すプレイヤーは、この街の領主を倒さなければならない。
なぜならば、この街の領主はプレイヤーと同じく王になることを目論んでいるからだ。
同じ玉座を目指すもの同士、激しい潰しあいがはじまる。
サクラは体中から血の気が引いていくのがわかった。
サクラの目の前には、立派な門構えの邸宅があった。
「ええ、そうですよ」
サクラの質問に、クロビスはあっさりと答えて門を開ける。彼は門扉を手で押さえながらサクラを振り返り、中へ入るように促してきた。
クロビスの目が早く敷地内に入れと言っている。そうはいうものの、サクラはすぐに足を動かせなかった。
「いまさら気後れしたのですか?」
「……ち、違うわ。いや、間違ってはいないけれどね。やっぱりもう少し選択肢があるんじゃないかって思うところがあって……」
「ここまできたのですから、もう遅いですよ。とにかく、先ほど打ち合わせた通りにお願いします」
「も、もちろん。それはきちんと頑張るけれどね?」
サクラはゲームをプレイしていた頃から、クロビスというキャラクターはなんとなく独身だと感じていた。
婚約者のふりをしてほしいと言い出すくらいなので、配偶者がいないというのは当たっていたのだろう。
しかし、クロビスには生活感というものがないイメージだった。
独り身ならば、てっきり長屋のような、その気になればいつでも出ていける借家住まいだと思っていたのだ。
ゲーム内で出会うクロビスは、最初に出会った暗礁の森のような、街中の喧騒から離れた不思議な場所にばかりいた。そう思ってしまっても、しかたがないと思う。
「なんかこうね。想像していたよりもあなたのお宅がご立派で、驚いてしまったの」
ゲーム内のいちキャラクターであったクロビスに自宅があった。サクラはそれだけでも、彼という個人が地に足をつけて生きている証というものが感じられた気がして、かなりの衝撃を受けている。
だというのに、それがプレイヤーの向かう最初の街にあり、なおかつ豪邸である事実は形容しがたい驚きにあふれている。頭の中が混乱していて、動揺が隠せないのだ。
こんな邸宅の主の婚約者として生活がはじめられるなんて、状況が整えられすぎている気がする。
RPGゲーム的なセオリーとして、まずはあばら家とか、管理の行き届いていない粗末な家を拠点として物語がはじまるものではないのか。
このままこの家の中に入って自分の身の安全は大丈夫なのかと、警戒してしまう。
「……いやでも、乙女ゲーとか? そのあたりならこういうスタートもありなのかもしれない……」
なにしろ、サクラが好んでプレイしていたのは死にゲーであり、ダークファンタジーが多かった。美男美女が巧な心理戦を繰り広げる恋愛ゲームとは、雰囲気が似ても似つかない。趣味趣向があまりに異なるので、現状を恋愛ゲームに置き換えて考えようというのが、そもそも間違っていたと気づかされる。
「先ほどもお伝えしましたが、私は軍属の医師をしております」
「……お医者様なのは、うん。そうなのだけどね」
「それなりにお給金をいただいておりますので、見合った生活をするのは義務のようなものだと考えております」
「それはとても素晴らしい心がけだと思うわ。立場が人を作るっていうものね」
クロビスは基本的にはプレイヤーに友好的だが、ストーリーの進め方によっては敵対することも可能なNPCだ。
「この領地の人だものね。この街に家があるのはごくごく自然なことなのだけど……」
クロビスと敵対して彼を倒すと、とあるアイテムがドロップする。
そのドロップアイテムのフレーバーテキストに、プレイヤーの操作する主人公が降り立った地の領主に仕える優秀な軍医であることが記載されている。
クロビスはストーリー上、必ず敵対しなければならないわけではない。
しかし、実績をコンプリートするためには、あえて敵対しなければならないNPCだ。
すべての実績解除をするためだけに、サクラはクロビスと敵対した。
クロビスを倒さなければ入手できないアイテムというものが存在する以上、ゲーマーとして当たり前の選択をしただけだ。
サクラはクロビスに関連するNPCイベントの分岐パターンを、すべて体験済なのである。クロビスに関する文章から得られる情報は、完璧に網羅しているつもりだ。
それほどの時間を使って、サクラはこのゲームを遊んでいた。この世界に関しての知識が、それなりにあるつもりだった。
ところが、実際には最初に出会うNPCであるクロビスのことさえ、ほとんどわからない。住んでいる家の場所さえ知らなかったのだ。
これで最初の提案に乗ってしまい、王になるために冒険へ出てしまっていたらと思うとゾッとする。
ゲームをプレイしていて得た知識など、この世界を実際に生き抜くうえでは、暮らしの知恵程度のものなのかもしれない。
「……待って待って。そもそも、ここがゲームと同じシナリオで進むとしたら、この街についてすぐに負けイベントが発生するはずじゃないの……?」
ゲーム内では、プレイヤーが最初の街の中を散策していると、突然ムービーがはじまりプレイヤーの敗北が確定しているイベントがはじまる。
王を目指すプレイヤーは、この街の領主を倒さなければならない。
なぜならば、この街の領主はプレイヤーと同じく王になることを目論んでいるからだ。
同じ玉座を目指すもの同士、激しい潰しあいがはじまる。
サクラは体中から血の気が引いていくのがわかった。
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