上 下
2 / 87
元貴族の冒険者

しおりを挟む
 振り落とされないように手綱をきつく握りしめる。
 できる限り姿勢を低くして、風の抵抗を減らす。
 そこから一気に加速して空高く昇っていく。
 
 タニヤの全身を、冷たい風が通り抜けていく。その冷たさが心地よい。
 なにも見えない雲の中を、ただひたすら目標に向かって突き進んでいった。

「――っぶは! 思っていたよりもあつい雲だったな。あ、ちょっと止まって」

 タニヤは雲の上までやってくると、相棒である竜のクヌートにその場に留まるように命じた。
 クヌートが上昇をやめたことを確認すると、タニヤは勢いよくゴーグルを取り外した。

 上空は物凄い風が吹き荒れていた。
 ただそこに留まっているだけでも、振り落とされそうになる。
 ごうごうと激しい風の音がタニヤの耳に届く。ゴーグルなしでは目を開けているのが辛いほどだった。
 しかし、この景色をゴーグル越しで眺めるだけなどもったいない。タニヤは力強く目を開いた。

「見てクヌート。きらきらしていてすっごく綺麗だわ」

 夜空に広がる満天の星空を指差して、タニヤは感嘆の声を上げる。

「まるで宝石箱みたいにきらきら輝いているわね。まあ、私はもうそんなものには縁がないでしょうけれど……」

「きゅい!」

 大きな丸い月が、手を伸ばせば届きそうなくらい近く感じる。
 クヌートがタニヤに同意するように一声鳴いた。その声を聞いて、タニヤは大声で笑う。

「あはは。さて、時間もあまりないし、そろそろ目的の物を探しましょうか。満月の夜にしか咲かないという幻の満月草の花を!」

「きゅきゅい!」

 タニヤはゴーグルを付け直して周囲を見渡す。 
 すると、クヌートがひときわ大きく鳴いて首を振った。クヌートは前方にある山の頂き付近を見るように促してくる。

「さっすが私の可愛いクヌートちゃん。さっそく見つけたね」

 タニヤの視線の先に、月明かりに照らされた小さな花が咲いている。
 
「ふふふふ、あれ一輪でいくらになるだろうか」

 満月草はとても珍しい植物で、雲の上の高山にしか生えない。
 しかも、その花は雪解けで足元の悪くなる春の満月の夜にしか咲かないのだ。

 満月草の花は、とある病の薬になるため常に一定の需要がある。
 それにも関わらず、採取をするのに手間がかかるため希少価値が高い。

「きゅっきゅい!」

 タニヤは元気よく鳴くクヌートの背中を撫でた。
 タニヤには翼のある相棒のクヌートがいるので、苦労して登山する必要はない。
 満月草の花が必要ならば、満月の夜を狙ってクヌートの背に跨がればよいだけなのだ。
 楽に稼げる良い依頼をみつけたと、タニヤは鼻歌を奏でながら相棒と宙を舞う。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...