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嵐の前
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「まあ、いろいろあって商会にたどり着いたのです。商会の連中は私が奴隷だったからといって、蔑んだりすることもなければ憐れむことだってありませんでした」
そう言って、マルクはタニヤの頬をつねった。
頬にちくりと痛みが走る。タニヤは彼がこんなことをしてくる意味がわからず戸惑ってしまう。
「きちんと与えられた役割さえ果たせれば、過去のことを指摘してくる奴なんていないのです。誰にだって平等に評価される機会が与えられていますから」
タニヤが困惑した顔をしていると、マルクは茶化すように笑った。
「だから、タニヤさんも頑張ってくださいね。結果を出せば評価をしてくれる分、できない奴には容赦ないですから」
「うう、わかりました。ちゃんとやりますから、手を離してください」
タニヤはマルクの手を振り払ってじんじんと痛む頬をおさえる。すると、彼は肩をすくめて頭を横に振った。
マルクは自分の過去を晒してまで、タニヤを励まそうとしてくれたのだと理解した。
「本当ですか? あまりいじけられると、さすがに私だって苛々してくるのですからね」
「そ、それは申し訳ありませんでした」
マルクがしてくれた行為に気がつくと、それが嬉しく思えてタニヤは顔がにやけてしまう。
「私だっていじけたいわけではないのですけど、どうにも考え方が卑屈になってしまうのです」
タニヤはそこまで話をして深く息を吐く。さすがに笑うのは失礼な態度だと思い、気持ちを落ち着けようとする。
「私はこの街へ来る前に、憲兵隊に拘束されたことがあったのです」
タニヤが話しはじめると、マルクは顔をしかめた。
マルクが自分の過去について話をしてくれたことが嬉しかった。だから、少しでも自分の過去について話せば、その気持ちが伝わるかと思った。
「そのときにいろいろあって、私が今まで信じてきたものは何だったのだろうなって思ったのです。だから、今の自分の存在が不安でたまらないのです」
タニヤがそう話すと、再び強く抱きしめられた。マルクはなにも言わないが、こうしてくれるだけで不安な心がどこかへいってしまう。
「何度もこうして励ましてくださってありがとうございます。……その、奴隷だったことはあまり話したくはなかったですよね?」
「一般的に誇れる過去ではないという認識はしていますが、気にしていても過去は変えられないですしね」
タニヤさんもそうでしょうと、マルクが同意を求めてくる。
「……そうですね」
「私は今をこうしてそれなりに生きていますからね。どんなに辛い過去でも、時間が経てば自然と気持ちは落ち着くものですよ」
「……私もいつかはそうなるでしょうか?」
「ええ、きっと」
そう言われて、タニヤは大きく頷いた。
「それでは、お茶をしに行きましょうか。さっきの店より、おすすめの店がこの近くにありますよ。そこはどうでしょうか?」
「はい、是非!」
タニヤが元気よく返事をすると、マルクは身体を離して手を差し出してきた。
タニヤはすぐにその手を取る。
「マルクさんはこういうことに慣れていらっしゃいますよね。今までご一緒してこられた女性の方に嫉妬してしまいそうです」
「いやいや、別に私も慣れているわけではないのですが」
「いいのです。私だってそれなりの家柄だったのですから、婚約者がいましたもの。今はどこでどうしているのかは知りませんけれど」
頬を膨らませて拗ねてみせるタニヤに、マルクは驚いたり慌てたり忙しそうにしている。
それがおかしくて、タニヤは笑いながらマルクが勧めてくれたカフェに向かった。
そう言って、マルクはタニヤの頬をつねった。
頬にちくりと痛みが走る。タニヤは彼がこんなことをしてくる意味がわからず戸惑ってしまう。
「きちんと与えられた役割さえ果たせれば、過去のことを指摘してくる奴なんていないのです。誰にだって平等に評価される機会が与えられていますから」
タニヤが困惑した顔をしていると、マルクは茶化すように笑った。
「だから、タニヤさんも頑張ってくださいね。結果を出せば評価をしてくれる分、できない奴には容赦ないですから」
「うう、わかりました。ちゃんとやりますから、手を離してください」
タニヤはマルクの手を振り払ってじんじんと痛む頬をおさえる。すると、彼は肩をすくめて頭を横に振った。
マルクは自分の過去を晒してまで、タニヤを励まそうとしてくれたのだと理解した。
「本当ですか? あまりいじけられると、さすがに私だって苛々してくるのですからね」
「そ、それは申し訳ありませんでした」
マルクがしてくれた行為に気がつくと、それが嬉しく思えてタニヤは顔がにやけてしまう。
「私だっていじけたいわけではないのですけど、どうにも考え方が卑屈になってしまうのです」
タニヤはそこまで話をして深く息を吐く。さすがに笑うのは失礼な態度だと思い、気持ちを落ち着けようとする。
「私はこの街へ来る前に、憲兵隊に拘束されたことがあったのです」
タニヤが話しはじめると、マルクは顔をしかめた。
マルクが自分の過去について話をしてくれたことが嬉しかった。だから、少しでも自分の過去について話せば、その気持ちが伝わるかと思った。
「そのときにいろいろあって、私が今まで信じてきたものは何だったのだろうなって思ったのです。だから、今の自分の存在が不安でたまらないのです」
タニヤがそう話すと、再び強く抱きしめられた。マルクはなにも言わないが、こうしてくれるだけで不安な心がどこかへいってしまう。
「何度もこうして励ましてくださってありがとうございます。……その、奴隷だったことはあまり話したくはなかったですよね?」
「一般的に誇れる過去ではないという認識はしていますが、気にしていても過去は変えられないですしね」
タニヤさんもそうでしょうと、マルクが同意を求めてくる。
「……そうですね」
「私は今をこうしてそれなりに生きていますからね。どんなに辛い過去でも、時間が経てば自然と気持ちは落ち着くものですよ」
「……私もいつかはそうなるでしょうか?」
「ええ、きっと」
そう言われて、タニヤは大きく頷いた。
「それでは、お茶をしに行きましょうか。さっきの店より、おすすめの店がこの近くにありますよ。そこはどうでしょうか?」
「はい、是非!」
タニヤが元気よく返事をすると、マルクは身体を離して手を差し出してきた。
タニヤはすぐにその手を取る。
「マルクさんはこういうことに慣れていらっしゃいますよね。今までご一緒してこられた女性の方に嫉妬してしまいそうです」
「いやいや、別に私も慣れているわけではないのですが」
「いいのです。私だってそれなりの家柄だったのですから、婚約者がいましたもの。今はどこでどうしているのかは知りませんけれど」
頬を膨らませて拗ねてみせるタニヤに、マルクは驚いたり慌てたり忙しそうにしている。
それがおかしくて、タニヤは笑いながらマルクが勧めてくれたカフェに向かった。
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