上 下
63 / 87
遭遇

18

しおりを挟む
「きゅーーーーーーい!」

 タニヤが斜めにかけているバッグの中からクヌートが飛び出した。
 クヌートは大きく口を開けると、襲いかかってくる男たちめがけて氷の息を吐きだす。

「たしかに、いまは辺り一帯の魔法効果が封じられた状態ですね。これでは私もろくに戦えません」

 タニヤは地面に突き刺した剣に手を置いてフェリシアに向かって話しはじめた。
 フェリシアは顔を真っ青にしたまま、口をぱくぱく動かして震えている。

「フェリシアさんのおっしゃる通り、転移魔法は扱いが難しいです。ですから、それが使えないのならば、一切の魔法が使用できない状態なのではと勘違いしてしまうのは無理もありません」

 クヌートは襲いかかってきた者全員が凍って動けなくなったことを確認すると、タニヤの肩の上に乗って得意げに胸を張る。

「ですが、この剣の魔封じの効果は人間相手にしかありません。うちのクヌートにはなにも影響がないのです」

 タニヤは優しくクヌートの背中を撫でる。クヌートは機嫌良さそうに喉を鳴らして褒めろとアピールしてくる。

「従魔術師? それにタニヤって名前……。待って待って、そんなわけない!」

 フェリシアが悲鳴のような声を上げる。彼女がそのままがくがくと震えているので、正装の男が心配そうに声をかけた。

「おい、どうしたんだよ。さっきからおかしいぞお前」

「どうしたって、こっちが聞きたいよリーダー! だってタニヤ様がこんなところにいるはずないもん」

 フェリシアがタニヤの名前に様と敬称をつけた。それを聞いた正装の男は顔をしかめると、フェリシアの肩に手を置いて問い詰める。

「おい、お前はあの女のことを知っているのか⁉」

 正装の男の問いに、仲間の二人の男も頷きながらフェリシアを心配そうに見つめている。
 しかし、フェリシアはなにも答えずに頭を抱えてその場にうずくまってしまった。

「……えっと、フェリシアさんは私のことをご存じなのかしら? でもごめんなさい。私はあなたのことを知らないわ」

 フェリシアは仲間の問いかけにまったく反応しない。しかたなくタニヤが声をかけると、フェリシアはがばっと顔を上げて勢いよく立ち上がった。

「私のことはご存じなくて当然です! 私はただうちのお嬢様のお世話係として魔術学園に通っていただけですから。こっちが一方的にタニヤ様をおみかけしていただけで……」

「あら、そうだったの。フェリシアさんも学園に通われていたのね。だから魔法がお得意なのかしら?」

「は、はい。て、あれ? そういえばクナウスト侯爵様って……」

 フェリシアが家名を出した途端、周囲の空気が張り詰める。
 フェリシアの話を遮るように正装の男が口を開いた。

「クナウスト侯爵って、新王の即位後に処刑された軍の重鎮だろ?」

 淡々と話し出した正装の男に、フェリシアが慌てだす。

「ちょっとリーダー、そんな言い方は……」

「たしか新王が旧来の貴族体制を解体するためにって、真っ先に潰した家じゃなかったか。アンタはそこの家の関係者か?」

 慌てて止めるフェリシアを無視して、正装の男がタニヤに問いかけてきた。

「……よくご存じですね。ええ、以前はその家名を名乗っていましたよ」

 正装の男はフェリシアをちらりと横目で見る。
 タニヤの言っていることに間違いがないか確認をしているようだ。

「タニヤ様はクナウスト家の唯一の直系跡取りだったの。そうじゃなければ殿下のお相手は絶対にタニヤ様だったって言われていたくらいのご令嬢なんだから。あまり失礼なことはしないほうが……」

「つまり王妃候補だったわけだ。こんなところにいるとは随分と落ちぶれたもんだな」

「ちょっとリーダー。だからその言い方はないって」

「いいんですよフェリシアさん。事実ですから」

 タニヤはにこりと笑ってフェリシアに声をかけた。

「ご存じの通り、父は処罰されて私は家を失いました。今はただのタニヤなので、そこまで丁寧に接して下さらなくて結構なのですよ」

 タニヤがそう言うと、それまで真っ青だったフェリシアの顔に生気が戻った。

「たしかにね。そりゃそうだ!」

 フェリシアはぽんと手を叩いて最初に見せたように無邪気な笑顔をする。

「なんかこう粛清の嵐だったあの頃のことをぶわあっと思いだしちゃってさ。私だって今はもうお世話係でもなんでもないしね。なにも怖がることなんてなかったわ!」
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...