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その後
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一角狼の騒動から一か月が経った。
タニヤは商会にある応接室のソファに腰かけて溜め息をついている。
「……はあ。別にもともと良い噂もなかったし、今さらよね」
タニヤは自らの顔の描かれた手配書を見て肩をすくめて笑う。
「私ってこんな顔なのかしら? 値段もすっごく安いし、なんだかへんな感じだわ」
タニヤについた手配額は、そこらのチンピラ程度の安いものだった。人相書もそれほど自分に似ているとも思えず首を傾げる。
「あれだけの人の前で銀の冒険者をたやすく蹴散らしてしまえばな。そりゃ冒険者組合を怒らせるだろうさ」
マルクはタニヤが手にしている冒険者組合が発行した手配書を覗き込む。彼は笑いそうになるのを堪えるように、口元に手を当ててから咳払いをした。
「ああ、エリアスだったか。あいつらはこの街では名の通った看板冒険者だったからな。グリエラ様も手を尽くしてくださったが、こればかりはしかたがない」
「……はあ。なんであんな男を相手にしちゃったのかしら」
マルクは溜め息ばかりつくタニヤの頭の上に手を置いて、ぐしゃぐしゃと撫でまわす。
「その程度の金額で済んだと思うしかないだろう。あまり値が上がりすぎると、賞金稼ぎに目を付けられるだろうからな」
タニヤは苦笑いをしながらこちらを見ているマルクに向かって、唇を尖らせて拗ねたふりをした。
「そりゃ賞金稼ぎに追いかけられるのは勘弁してもらいたいけれど。この微妙に似てない絵と安い女ってのがどうにも気に入らないの」
「お前の手配書の発行にはうち以外からも横槍が入ったらしいからな。やったことに比べて値段が安いのはそっちの意向もあるらしいぞ?」
マルクがそう言ってけらけらと笑いだすと、ソファの上で寝ていたクヌートが目を覚まして声をかけてきた。
「きゅきゅい?(どうしたの?)」
「なんでもないわ」
クヌートが起き上がったのを見て、室内に控えていたシエナが動き出した。彼女は部屋の棚からクッキーを取り出すと、そっと机の上に置いた。
クヌートはすぐさま机の上に飛び乗ってクッキーに噛り付く。クヌートはタニヤとマルクが買い物に出かけている間に、ずいぶんとシエナに懐いたらしい。すっかり餌付けされてしまっていた。
「タニヤ様ったら、王様のことを誑かしてたんですって?」
クヌートがクッキーに噛り付く様子を眺めていたシエナは、タニヤに視線を移すとうすら笑いを浮かべながら尋ねてきた。
「誑かすだなんて。向こうが勝手に惚れただけよ」
「今回の件でタニヤ様がご存命なことが王様に伝わってしまったそうですわね。賞金稼ぎに捕まってしまう前に自分がって、軍にタニヤ様の捜索を命じられたとか」
「冒険者組合に圧力をかけて値段を下げるくらいだったら、手配書の発行自体を止めてくれたらよかったのに。中途半端な似顔絵と金額なんて格好悪いわ」
「冒険者組合は国の意向には左右されないって建前がありますからね。さすがに発行は止められなかったのでしょう」
シエナはにやにやと笑いながら、ふと何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「そういえばご存じですか? 銀の冒険者たちが街を出たそうですわよ」
シエナの問いかけに、タニヤは黙って首を横に振る。
タニヤはエリアスのことなど興味がなかったので、街を出たことは知りもしなかった。
「ランクを上げて金の冒険者になるって息まいていたそうですわ。しかも、あえて左目の傷を治さずに眼帯をつけているらしいですわよ。なんでも、タニヤ様のことを忘れないため、だそうです」
しつこい男は嫌ですわね、とシエナが馬鹿にするように言った。そんな彼女に、タニヤは苦笑するしかなかった。
すると、マルクが左目を片手で隠して、タニヤに意地悪い笑みを向けてくる。
「ずいぶんと気に入られてしまったなあ。あの男はしつこいぞ。なんと言っても一目ぼれだからな」
タニヤはエリアスの名前を聞くだけでもうんざりしてしまう。
だというのに、むこうはタニヤを忘れないために傷を治さなかったと聞いて深く溜め息をついた。
「質の良い回復薬をあげたのだからさっさと治せばよかったのに。せっかく私の手作り回復薬だったのに、無碍にされた感じが腹立つわね」
タニヤが胸の前で拳を作ると、マルクとシエナが笑った。
「次に会ったときは武器の弁償もさせろよ。あのレイピア、地下ダンジョンで見つけた逸品だったのだろう? 俺が契約書を作ってやるから、一生首が回らなくなるほどの弁済額を背負わせてやらなきゃな」
「ああ、それはいいですわね。ぜひ立ち合い人はシエナにお願いします。商会で一生こき使ってやりましょうね。鉱山で強制労働させますか? それとも素敵なご趣味の紳士にご奉仕させますか? まあまあ、楽しみが増えますわね」
マルクとシエナの二人は、心底楽しそうにあくどい笑顔を浮かべていた。
タニヤは商会にある応接室のソファに腰かけて溜め息をついている。
「……はあ。別にもともと良い噂もなかったし、今さらよね」
タニヤは自らの顔の描かれた手配書を見て肩をすくめて笑う。
「私ってこんな顔なのかしら? 値段もすっごく安いし、なんだかへんな感じだわ」
タニヤについた手配額は、そこらのチンピラ程度の安いものだった。人相書もそれほど自分に似ているとも思えず首を傾げる。
「あれだけの人の前で銀の冒険者をたやすく蹴散らしてしまえばな。そりゃ冒険者組合を怒らせるだろうさ」
マルクはタニヤが手にしている冒険者組合が発行した手配書を覗き込む。彼は笑いそうになるのを堪えるように、口元に手を当ててから咳払いをした。
「ああ、エリアスだったか。あいつらはこの街では名の通った看板冒険者だったからな。グリエラ様も手を尽くしてくださったが、こればかりはしかたがない」
「……はあ。なんであんな男を相手にしちゃったのかしら」
マルクは溜め息ばかりつくタニヤの頭の上に手を置いて、ぐしゃぐしゃと撫でまわす。
「その程度の金額で済んだと思うしかないだろう。あまり値が上がりすぎると、賞金稼ぎに目を付けられるだろうからな」
タニヤは苦笑いをしながらこちらを見ているマルクに向かって、唇を尖らせて拗ねたふりをした。
「そりゃ賞金稼ぎに追いかけられるのは勘弁してもらいたいけれど。この微妙に似てない絵と安い女ってのがどうにも気に入らないの」
「お前の手配書の発行にはうち以外からも横槍が入ったらしいからな。やったことに比べて値段が安いのはそっちの意向もあるらしいぞ?」
マルクがそう言ってけらけらと笑いだすと、ソファの上で寝ていたクヌートが目を覚まして声をかけてきた。
「きゅきゅい?(どうしたの?)」
「なんでもないわ」
クヌートが起き上がったのを見て、室内に控えていたシエナが動き出した。彼女は部屋の棚からクッキーを取り出すと、そっと机の上に置いた。
クヌートはすぐさま机の上に飛び乗ってクッキーに噛り付く。クヌートはタニヤとマルクが買い物に出かけている間に、ずいぶんとシエナに懐いたらしい。すっかり餌付けされてしまっていた。
「タニヤ様ったら、王様のことを誑かしてたんですって?」
クヌートがクッキーに噛り付く様子を眺めていたシエナは、タニヤに視線を移すとうすら笑いを浮かべながら尋ねてきた。
「誑かすだなんて。向こうが勝手に惚れただけよ」
「今回の件でタニヤ様がご存命なことが王様に伝わってしまったそうですわね。賞金稼ぎに捕まってしまう前に自分がって、軍にタニヤ様の捜索を命じられたとか」
「冒険者組合に圧力をかけて値段を下げるくらいだったら、手配書の発行自体を止めてくれたらよかったのに。中途半端な似顔絵と金額なんて格好悪いわ」
「冒険者組合は国の意向には左右されないって建前がありますからね。さすがに発行は止められなかったのでしょう」
シエナはにやにやと笑いながら、ふと何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「そういえばご存じですか? 銀の冒険者たちが街を出たそうですわよ」
シエナの問いかけに、タニヤは黙って首を横に振る。
タニヤはエリアスのことなど興味がなかったので、街を出たことは知りもしなかった。
「ランクを上げて金の冒険者になるって息まいていたそうですわ。しかも、あえて左目の傷を治さずに眼帯をつけているらしいですわよ。なんでも、タニヤ様のことを忘れないため、だそうです」
しつこい男は嫌ですわね、とシエナが馬鹿にするように言った。そんな彼女に、タニヤは苦笑するしかなかった。
すると、マルクが左目を片手で隠して、タニヤに意地悪い笑みを向けてくる。
「ずいぶんと気に入られてしまったなあ。あの男はしつこいぞ。なんと言っても一目ぼれだからな」
タニヤはエリアスの名前を聞くだけでもうんざりしてしまう。
だというのに、むこうはタニヤを忘れないために傷を治さなかったと聞いて深く溜め息をついた。
「質の良い回復薬をあげたのだからさっさと治せばよかったのに。せっかく私の手作り回復薬だったのに、無碍にされた感じが腹立つわね」
タニヤが胸の前で拳を作ると、マルクとシエナが笑った。
「次に会ったときは武器の弁償もさせろよ。あのレイピア、地下ダンジョンで見つけた逸品だったのだろう? 俺が契約書を作ってやるから、一生首が回らなくなるほどの弁済額を背負わせてやらなきゃな」
「ああ、それはいいですわね。ぜひ立ち合い人はシエナにお願いします。商会で一生こき使ってやりましょうね。鉱山で強制労働させますか? それとも素敵なご趣味の紳士にご奉仕させますか? まあまあ、楽しみが増えますわね」
マルクとシエナの二人は、心底楽しそうにあくどい笑顔を浮かべていた。
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