愛しい王子様、どうか私を愛してください。

黒蜜きな粉

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 エドワードはすっかり傷の治った自身の手を満足気にみつめている。

「まったく、私が止めなければ君は義姉上の首を落としていたよ」

「まさか。私にそんなことはできませんわよ」

 いくら魔術の素養があってその指南役の家で育てられたとはいえ、実力を誉められたことなど一度もない。
 ラティファがあははと笑ってごまかしていると、エドワードの姿を見たエレノアが嬉々とした声をあげた。

「まあエドワード様。お会いできるなんて嬉しいですわ」

 つい今しがた、ラティファに襲い掛かってきた者と同一人物であるとは思えない。
 エレノアは目を輝かせてエドワードを見つめている。彼女は以前からこうしてエドワードにすり寄っては甘える仕草を見せるときがあった。
 
義姉上あねうえ、私の妻に暴力を振るおうとしていたのは事実ですか?」

 エドワードが義姉という言葉を強く口にする。
 エドワード自身、エレノアが自分に近づいてきていることを察しているのだろう。あわよくば妻となり、再び王太子妃という地位を手に入れようと目論んでいることを見抜いている。
 だからこそ、自分にとってはあくまで兄の妻であるということをしっかりと伝えたのだ。

「ち、違うのよエディ。私はただ……」

「目撃者も多数おります。いまこの場での言い訳は必要ではありません」

 エレノアはエドワードにしなだれかかり愛称を呼んだ。
 その瞬間、エドワードの表情が怒りに満ちたものになる。

「──────っ 」
 
 エドワードの纏う空気が変わったことに、エレノアはすぐに気が付いた。
 そっと彼の体から離れ、顔を青ざめさせるとがたがたと震えだす。

「……実はですね、つい先ほど父上に妻の妊娠を報告したのです。朝議の場でお伝えしたので、すでに妻の懐妊は公式に発表されたといっても過言ではありません」

 淡々と話すエドワードの言葉を聞きながら、エレノアはその場に崩れ落ちた。

「時間的に、義姉上は妻が私の子を身籠っているとわかった上で身体的危害を加えようとした。周囲にはそう受け取られても不思議ではありませんね」

「そ、そんな……。私はそんなつもりでは……」

「いずれはこの国の王となる者の命を奪おうとした。王家に対する謀反を企てたと断罪されても文句は言えませんよね?」

 そうなれば義姉上のご家族はどうなるのでしょう、そうエドワードは畳みかけた。
 エレノアは反論できずに震えるだけになってしまっている。
 そこへちょうど近衛兵が駆けつけてきた。
 エドワードは兵士に向かってすみやかにエレノアを拘束するように命じた。彼女は逆らうことなく、うな垂れながら兵士に連れられていく。



「ヴィオレット様がおっしゃっていたよ。自分も人間の王太子妃が気に入らないと思ってはいるが、魔王陛下がお決めになったことは絶対。最近の義姉上の態度は目に余ると」

「まあ、ヴィオレット様が? 私の心配をしてくださるなんて意外ですわ」

 小さくなっていくエレノアの背中を見つめていると、ため息交じりにエドワードが話しかけてきた。

「あの方だって本当に憎むべきは戦であって君ではないことをわかっているんだよ。息子を失ったことで心がついていかないだけだ。君のことを心底憎んでいるわけないさ」

「そうですか。そうだとよいのですが……」

 これからはヴィオレットともう少し仲良くできるだろうか。
 ラティファが腕を組んで考えていると、エドワードは妻を休ませたいからと言って室内に残っていた使用人と兵士を追い出した。
 エドワードはエレノアが暴れたことで散らかった部屋を眺めながら肩をすくめる。

「まったく。どうして義姉上があんな風になってしまうまで私に相談してくれなかったんだ」

 どうやらヴィオレットがなにもかもエドワードに報告してしまったらしい。彼はエレノアが行っていたラティファに対する数々の嫌がらせについて把握しているようだ。
 頬を膨らませて拗ねた素振りを見せたエドワードに、ラティファは笑って答えた。

「実はそんなにたいしたことでもないと高を括っておりましたの」

「そうだね。君は噂通り優秀な魔術師のようだから、義姉上程度では相手にならないだろう」

 エドワードは傷の治った手を再び見つめて口元をほころばせる。

「先ほどから私の噂だなんておっしゃっていますけれど、祖国にいたころの私のことなんてどうやってお知りになったのですか?」

 以前にエドワードも言っていたように、二国間での国交はないに等しかった。互いの国の詳しい内情まで知ることは難しかったはずだ。
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