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ラティファの問いに、エドワードはいたずらがバレた子供のような無邪気な顔で笑う。
「実は兄からティファの話を聞いていたんだ」
「お兄様ですか? ……それはあの、勇者と一緒に亡くなったという……」
はっきりと口に出してよいものが迷った。
ラティファはきまりが悪いと思いつつ疑問を口にする。
「その兄で間違いないよ。兄が戦場で勇者殿とたびたび刃を交えていたことは知っているだろう?」
「……もちろん存じております。お兄様は武勇の誉れ高きお方だったとお聞きしておりますわ」
ラティファの返事に、エドワードはけらけらと笑った。
ここにきて、ラティファはエドワードに対して強烈な違和感を覚えた。
実のところ、勇者はラティファの歳の離れた兄なのだ。
とはいえ、物心つく前に王家を出たラティファに、王位継承権を持つ勇者が兄であるという実感はない。
──いくら私に自覚のないこととはいえ、エディからしたって私の実兄をご自身のお兄様が殺してしまったことになるのよ。どうしていつものように穏やかに笑っていられるのかしら……?
ラティファは実兄がエドワードの兄を殺めたということに、多少なりともうしろめたさを感じている。
だからこそ、この話題を口にするのはばつが悪い。
──過ぎたことなのだから気にしても仕方がないとお考えなのかもしれない。でも、それにしたって……。
ラティファはエドワードと出会ってからはじめて、彼に対して底知れない恐怖を感じている。
そんなラティファの心のうちに気がつく様子のないエドワードが、得意げに話を続けた。
「武勇の誉れ高いといえば聞こえがいいけれど、実はあの二人の武勇伝のほとんどが偽りだったということをティファは知っているかな?」
「い、いいえ! 偽りだなんて知りませんわ。私にはまったく理解ができないのですが?」
ラティファは恐怖を消してしまいたくて、大きく首を横に振りながら答えた。
「二人は圧倒的な武力を持っていた。二人が前線に出てくると、他の兵士は巻き添えを避けるために遠巻きに二人を見守っていることしかできなかった。それをいいことに、二人はこっそりと戦場で打ち合わせを重ねて戦況を調整していたんだよ」
エドワードはあっけらかんと語ったが、ラティファは驚きのあまり口を大きくあけて呆けてしまう。
ラティファがなにも言えなくなっているうちに、エドワードは話を続けた。
「二人はこのまま泥沼の戦争を続けていくのはよくないと考えていた。戦場で出会うたびにさっさと最前線に出て互いの兵士を下げると、二人で戦っているふりをしていただけだったんだ」
「……そんな、そんなことが起きていただなんて信じられませんわ。そうであったのならどうしてっ」
戦争をもっと早くに止めることができなかったのだ、そう言いかけてラティファは口をつぐんだ。
何十年と続いていた戦争をそう簡単にやめられるわけがない。
戦争をしている理由さえ曖昧になっているのだから、各々の陣営の代表とはいえどうにもならないことだったのだろう。
「信じがたいことだろうけれど、本当のことさ」
「……戦争を続けていくのは大変なことですものね。誰かが意図的に操っていなければ、何十年と争い続けることなんてできなかったのかもしれませんわね」
ラティファはそう納得しながらも、目の前が暗くなってきた。
ふらりと体をよろめかせると、エドワードがそっと手を差し伸べてくれた。優しく体を支えながら椅子に座らせてくれる。
普段ならうれしく思うこの気遣いも、いまは居心地が悪くなるだけだった。
「勇者とエディのお兄様がつながっていたとして、それがどうして私を知ることになるのですか?」
実兄とはいえ、ラティファが勇者と言葉を交わしたことなどほとんどない。
たった一度だけ挨拶をしたことがある。それだけの関係だ。
その一度というのも、城の演習場でたまたま出くわしただけで、手合わせをしたというわけでもない。
ラティファが他の王族の魔術指南という名の一方的な魔術攻撃の的になっていたのを、勝手に見られていただけのことだ。
「勇者殿が兄に言っていたそうだよ。もし自分が事故かなにかで亡くなったとしても、意思を継げるほどの実力を兼ね備えた者がすでに我が国には存在していると」
「それが私だとおっしゃるのですか? それは買いかぶりすぎですわ」
「そうは思わないな。この私を傷つけるほどの君の魔力を見れば、勇者殿に匹敵する魔術師であることはわかる。血は争えないね」
エドワードが椅子に座るラティファの前に跪いた。
そのまま彼はラティファの右手をとると、手の甲に唇を落とす。
「まさか腕を掴んだだけで血を流すことになるとは思わなかった。やっぱりティファは私にとって最高の妻であると確信したよ」
うっとりとした表情で見上げてくるエドワードを、ラティファは冷めた目で見下ろす。
「もし勇者とお兄様が打ち合わせを重ねて戦況を操っていたというのでしたら、どうして共倒れなんてことになるのです。お二人の実力を考えるに、亡くなったことが事故だとは思えないのですが?」
抑揚のない声で尋ねる。
だが、答えを聞かずともラティファには真実がわかっているような気がしていた。
「あの二人ではいつまでも戦を終わらせることができない。むしろ、二人が戦況を操っているせいで戦が長引いていたとも言えるだろう?」
「見方を変えればそうでしょう。二人が出しゃばらなければ、早くに資金や資材が枯渇して戦が続けられなくなったでしょうから」
ラティファは大きく息を吐いた。
心を落ち着かせてから、はっきりと言葉を口にする。
「だから始末したのですか?」
エドワードの手で二人の息の根を止めた。
彼が二人のことを語るときに平然としていられる理由はそれなのだ。
うしろめたさなんてない。それが必要なことだと判断して行動に移した。
「二人は戦の象徴というべき存在だった。争いのない平和な世界にはいらない存在だよ」
だったらせめて最後には戦を終わらせるきっかけになってもらおうと思った、エドワードはそう言って穏やかに微笑んだ。
「実は兄からティファの話を聞いていたんだ」
「お兄様ですか? ……それはあの、勇者と一緒に亡くなったという……」
はっきりと口に出してよいものが迷った。
ラティファはきまりが悪いと思いつつ疑問を口にする。
「その兄で間違いないよ。兄が戦場で勇者殿とたびたび刃を交えていたことは知っているだろう?」
「……もちろん存じております。お兄様は武勇の誉れ高きお方だったとお聞きしておりますわ」
ラティファの返事に、エドワードはけらけらと笑った。
ここにきて、ラティファはエドワードに対して強烈な違和感を覚えた。
実のところ、勇者はラティファの歳の離れた兄なのだ。
とはいえ、物心つく前に王家を出たラティファに、王位継承権を持つ勇者が兄であるという実感はない。
──いくら私に自覚のないこととはいえ、エディからしたって私の実兄をご自身のお兄様が殺してしまったことになるのよ。どうしていつものように穏やかに笑っていられるのかしら……?
ラティファは実兄がエドワードの兄を殺めたということに、多少なりともうしろめたさを感じている。
だからこそ、この話題を口にするのはばつが悪い。
──過ぎたことなのだから気にしても仕方がないとお考えなのかもしれない。でも、それにしたって……。
ラティファはエドワードと出会ってからはじめて、彼に対して底知れない恐怖を感じている。
そんなラティファの心のうちに気がつく様子のないエドワードが、得意げに話を続けた。
「武勇の誉れ高いといえば聞こえがいいけれど、実はあの二人の武勇伝のほとんどが偽りだったということをティファは知っているかな?」
「い、いいえ! 偽りだなんて知りませんわ。私にはまったく理解ができないのですが?」
ラティファは恐怖を消してしまいたくて、大きく首を横に振りながら答えた。
「二人は圧倒的な武力を持っていた。二人が前線に出てくると、他の兵士は巻き添えを避けるために遠巻きに二人を見守っていることしかできなかった。それをいいことに、二人はこっそりと戦場で打ち合わせを重ねて戦況を調整していたんだよ」
エドワードはあっけらかんと語ったが、ラティファは驚きのあまり口を大きくあけて呆けてしまう。
ラティファがなにも言えなくなっているうちに、エドワードは話を続けた。
「二人はこのまま泥沼の戦争を続けていくのはよくないと考えていた。戦場で出会うたびにさっさと最前線に出て互いの兵士を下げると、二人で戦っているふりをしていただけだったんだ」
「……そんな、そんなことが起きていただなんて信じられませんわ。そうであったのならどうしてっ」
戦争をもっと早くに止めることができなかったのだ、そう言いかけてラティファは口をつぐんだ。
何十年と続いていた戦争をそう簡単にやめられるわけがない。
戦争をしている理由さえ曖昧になっているのだから、各々の陣営の代表とはいえどうにもならないことだったのだろう。
「信じがたいことだろうけれど、本当のことさ」
「……戦争を続けていくのは大変なことですものね。誰かが意図的に操っていなければ、何十年と争い続けることなんてできなかったのかもしれませんわね」
ラティファはそう納得しながらも、目の前が暗くなってきた。
ふらりと体をよろめかせると、エドワードがそっと手を差し伸べてくれた。優しく体を支えながら椅子に座らせてくれる。
普段ならうれしく思うこの気遣いも、いまは居心地が悪くなるだけだった。
「勇者とエディのお兄様がつながっていたとして、それがどうして私を知ることになるのですか?」
実兄とはいえ、ラティファが勇者と言葉を交わしたことなどほとんどない。
たった一度だけ挨拶をしたことがある。それだけの関係だ。
その一度というのも、城の演習場でたまたま出くわしただけで、手合わせをしたというわけでもない。
ラティファが他の王族の魔術指南という名の一方的な魔術攻撃の的になっていたのを、勝手に見られていただけのことだ。
「勇者殿が兄に言っていたそうだよ。もし自分が事故かなにかで亡くなったとしても、意思を継げるほどの実力を兼ね備えた者がすでに我が国には存在していると」
「それが私だとおっしゃるのですか? それは買いかぶりすぎですわ」
「そうは思わないな。この私を傷つけるほどの君の魔力を見れば、勇者殿に匹敵する魔術師であることはわかる。血は争えないね」
エドワードが椅子に座るラティファの前に跪いた。
そのまま彼はラティファの右手をとると、手の甲に唇を落とす。
「まさか腕を掴んだだけで血を流すことになるとは思わなかった。やっぱりティファは私にとって最高の妻であると確信したよ」
うっとりとした表情で見上げてくるエドワードを、ラティファは冷めた目で見下ろす。
「もし勇者とお兄様が打ち合わせを重ねて戦況を操っていたというのでしたら、どうして共倒れなんてことになるのです。お二人の実力を考えるに、亡くなったことが事故だとは思えないのですが?」
抑揚のない声で尋ねる。
だが、答えを聞かずともラティファには真実がわかっているような気がしていた。
「あの二人ではいつまでも戦を終わらせることができない。むしろ、二人が戦況を操っているせいで戦が長引いていたとも言えるだろう?」
「見方を変えればそうでしょう。二人が出しゃばらなければ、早くに資金や資材が枯渇して戦が続けられなくなったでしょうから」
ラティファは大きく息を吐いた。
心を落ち着かせてから、はっきりと言葉を口にする。
「だから始末したのですか?」
エドワードの手で二人の息の根を止めた。
彼が二人のことを語るときに平然としていられる理由はそれなのだ。
うしろめたさなんてない。それが必要なことだと判断して行動に移した。
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