8 / 8
8
しおりを挟む
ラティファを見つめるエドワードの目はいつものように優しい。
その視線に悪意は感じられない。
「兄が戦の象徴ならば、私は平和の象徴になろうと思ったんだ」
「お兄様の跡を継ぐのがあなたなのは理解できます。ですが、どうしてその対となるべき存在である勇者の跡を継ぐのは私ではならなかったのですか?」
「兄と対等に渡り合っていた勇者殿が後継はティファだと言っていたのだから間違いはない。実際に間違いはなかった」
エドワードがもう一度ラティファの右手の甲に唇を寄せた。
彼はそれからラティファの腹を愛おしそうに見つめて優しくなでる。
「私とティファの子ならきっと素晴らしい才能を持って生まれてくるだろう。万が一にも人間たちが再び戦を起こそうとしたとして、次代の勇者とその血を引いた子供はこちら側だ」
エドワードの言葉を聞いた途端、ラティファの背筋に悪寒が走った。
「……あ、あなたは私を愛してくださっていたわけではないのですか?」
最初からなにもかもエドワードの手のひらの上だった。
「どうしてそんなことを聞くんだい? 私がティファを愛さない理由はないだろう」
「そうですか。あなたにとって私が必要だから愛してくださっているのですね」
「当たり前じゃないか。だから私も君にとって必要な存在であれるようにといつも心がけている」
はじめて出会った日に言われた言葉。
あの言葉には前置きがあったのだ。
「私にとって君は必要で大切な存在だ。だから和平を結ぶ条件として私の妻になってほしいと要望をした。だが、それは君にとっては思ってもいない出来事だったろう?」
エドワードの優しさには理由があった。
「不本意に嫁がされてさぞ不満も多かろう。だからこれからも、君に愛されるように努力はする」
はじめてエドワードに会った日に気がついていればよかった。
そうすれば和平のためのお飾り妻、ただの役目なのだと受け入れることができた。
だが、ラティファはもうエドワードを愛してしまった。彼に優しく甘やかされることに慣れてしまった。
──どんなことが起きても冷静に、常に余裕をもって優美なさまを心がける。
この言葉を今ほど噛みしめたことはない。
エドワードからかけられる優しい言葉の数々を、これからはきっと素直に喜べない。
だが、けして取り乱したりはしない。
「私もあなたの妻としてのお役目を果たせるように、努力をいたしますわ」
ラティファは初めて出会った日と同じ言葉を囁いてから、床に膝をついてエドワードに抱き着いた。
胸の中で顔を上げると、穏やかに微笑む彼と目があった。
ラティファが彼の都合の良い存在でいるうちは、こうして優しく受け入れてくれる。笑顔を向けてくれる。
だがきっと、必要ではなくなった瞬間に切り捨てられる。確実に殺される。
──ええ、そうよ。最初から殺される覚悟をして嫁いできたんじゃない。今さら恐れることはなにもないわ。
ラティファはエドワードの頬を両手で挟んで微笑みかけた。
「私はあなたを愛しています。だから、私にとってあなたはなくてはならない存在なのです」
「嬉しいことを言ってくれるね。もちろん私も愛しているよ」
満足気にエドワードが笑う。
その様子には、やはり悪意や作為的なものは見当たらない。
──彼のこれはきっと、悪意のない悪という表現が当てはまっているような気がするわ。
エドワードのラティファに対する行動のすべてが彼の考える純粋な善意なのだろう。
それだけではない。
彼の理想とする平和な世界、それを実現するためにしている行動のすべてが、邪念や私欲のないひたむきな思いからくるものなのだ。
──この方がいずれは魔族を統べる王になる。
そう考えた途端、ラティファの心が折れかけた。
──いいえラティファ、諦めてはだめよ。こんな方が王になって、平和になるわけがないじゃない。他者の心が理解できない愛を知らない王が、平和の象徴になれるわけがないもの。
「私はあなたを愛しています。だからあなたも私を愛してください」
必死に愛を訴えるラティファを、エドワードは不思議そうな顔をして見つめてくる。
「愛しているよ。ティファは私にとって本当に大切な人だから」
違うと叫びたかった。
必要だからではなく、本当の意味で愛してほしいと言いたかった。
「わかっています。あなたの愛は孤独な私を救ってくれました。愛を教えてくれました。そのことには感謝しているのです」
もしこの男にラティファと同じように愛を感じさせることができたなら──。
そのときはきっと本当の意味で人と魔族との間に平和が訪れる。
もう二度と戦争は起こさせない。
ラティファは改めて自分が平和の象徴にならなければいけないのだと胸に刻み込んだ。
「何度でも言わせてほしいのです。愛しい私の王子様、どうか私を愛してくださいね」
────────────────────────────
こちらで終了でございます。
最後までお付き合いいただいた皆様
ありがとうございます!
2024/03/06
その視線に悪意は感じられない。
「兄が戦の象徴ならば、私は平和の象徴になろうと思ったんだ」
「お兄様の跡を継ぐのがあなたなのは理解できます。ですが、どうしてその対となるべき存在である勇者の跡を継ぐのは私ではならなかったのですか?」
「兄と対等に渡り合っていた勇者殿が後継はティファだと言っていたのだから間違いはない。実際に間違いはなかった」
エドワードがもう一度ラティファの右手の甲に唇を寄せた。
彼はそれからラティファの腹を愛おしそうに見つめて優しくなでる。
「私とティファの子ならきっと素晴らしい才能を持って生まれてくるだろう。万が一にも人間たちが再び戦を起こそうとしたとして、次代の勇者とその血を引いた子供はこちら側だ」
エドワードの言葉を聞いた途端、ラティファの背筋に悪寒が走った。
「……あ、あなたは私を愛してくださっていたわけではないのですか?」
最初からなにもかもエドワードの手のひらの上だった。
「どうしてそんなことを聞くんだい? 私がティファを愛さない理由はないだろう」
「そうですか。あなたにとって私が必要だから愛してくださっているのですね」
「当たり前じゃないか。だから私も君にとって必要な存在であれるようにといつも心がけている」
はじめて出会った日に言われた言葉。
あの言葉には前置きがあったのだ。
「私にとって君は必要で大切な存在だ。だから和平を結ぶ条件として私の妻になってほしいと要望をした。だが、それは君にとっては思ってもいない出来事だったろう?」
エドワードの優しさには理由があった。
「不本意に嫁がされてさぞ不満も多かろう。だからこれからも、君に愛されるように努力はする」
はじめてエドワードに会った日に気がついていればよかった。
そうすれば和平のためのお飾り妻、ただの役目なのだと受け入れることができた。
だが、ラティファはもうエドワードを愛してしまった。彼に優しく甘やかされることに慣れてしまった。
──どんなことが起きても冷静に、常に余裕をもって優美なさまを心がける。
この言葉を今ほど噛みしめたことはない。
エドワードからかけられる優しい言葉の数々を、これからはきっと素直に喜べない。
だが、けして取り乱したりはしない。
「私もあなたの妻としてのお役目を果たせるように、努力をいたしますわ」
ラティファは初めて出会った日と同じ言葉を囁いてから、床に膝をついてエドワードに抱き着いた。
胸の中で顔を上げると、穏やかに微笑む彼と目があった。
ラティファが彼の都合の良い存在でいるうちは、こうして優しく受け入れてくれる。笑顔を向けてくれる。
だがきっと、必要ではなくなった瞬間に切り捨てられる。確実に殺される。
──ええ、そうよ。最初から殺される覚悟をして嫁いできたんじゃない。今さら恐れることはなにもないわ。
ラティファはエドワードの頬を両手で挟んで微笑みかけた。
「私はあなたを愛しています。だから、私にとってあなたはなくてはならない存在なのです」
「嬉しいことを言ってくれるね。もちろん私も愛しているよ」
満足気にエドワードが笑う。
その様子には、やはり悪意や作為的なものは見当たらない。
──彼のこれはきっと、悪意のない悪という表現が当てはまっているような気がするわ。
エドワードのラティファに対する行動のすべてが彼の考える純粋な善意なのだろう。
それだけではない。
彼の理想とする平和な世界、それを実現するためにしている行動のすべてが、邪念や私欲のないひたむきな思いからくるものなのだ。
──この方がいずれは魔族を統べる王になる。
そう考えた途端、ラティファの心が折れかけた。
──いいえラティファ、諦めてはだめよ。こんな方が王になって、平和になるわけがないじゃない。他者の心が理解できない愛を知らない王が、平和の象徴になれるわけがないもの。
「私はあなたを愛しています。だからあなたも私を愛してください」
必死に愛を訴えるラティファを、エドワードは不思議そうな顔をして見つめてくる。
「愛しているよ。ティファは私にとって本当に大切な人だから」
違うと叫びたかった。
必要だからではなく、本当の意味で愛してほしいと言いたかった。
「わかっています。あなたの愛は孤独な私を救ってくれました。愛を教えてくれました。そのことには感謝しているのです」
もしこの男にラティファと同じように愛を感じさせることができたなら──。
そのときはきっと本当の意味で人と魔族との間に平和が訪れる。
もう二度と戦争は起こさせない。
ラティファは改めて自分が平和の象徴にならなければいけないのだと胸に刻み込んだ。
「何度でも言わせてほしいのです。愛しい私の王子様、どうか私を愛してくださいね」
────────────────────────────
こちらで終了でございます。
最後までお付き合いいただいた皆様
ありがとうございます!
2024/03/06
9
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~
イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。
王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。
そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。
これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。
⚠️本作はAIとの共同製作です。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました
まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」
あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。
ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。
それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。
するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。
好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。
二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる