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第6話 私が選んだ人
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王都に戻ったのは、あの旅立ちの日から三年後だった。
留学先での生活は、想像以上に忙しく、そして充実していた。
学問も、人間関係も、何もかもが新鮮だった。
そしてなにより「誰かの婚約者」としてではない私でいられた。
そうして気づけば、帰国の日を迎えていた。
王都は記憶よりも少しだけ変わっていた。
街並みはそのままなのに、空気が違う。
たぶん、変わったのは私の方だ。
「久しぶり」
その声を聞いた瞬間、足が止まった。
振り返ると、そこにいたのは剣士だった。
相変わらずの軽装。どこか捉えどころのない雰囲気。
「お帰り」
「……ただいま」
自然にその言葉が出たことに、私はほんの少しだけ驚く。
「変わってませんね」
私が言うと、彼は肩をすくめた。
「君はちゃんと強くなった顔してる」
それは、かつて別れ際に交わした言葉だった。
心がじんわりと温かくなる。
それからしばらく、私たちは昔と同じ距離感で過ごした。
並んで歩き、他愛のない話をして、必要以上に踏み込まない。
彼は相変わらず飄々としていて、昔と同じように私を縛ろうともしない。
──だからこそ。
「……ねえ」
ある日、私の方から切り出した。
「いつまで、そんな顔してるつもりですか」
「そんな顔?」
「余裕ぶってる顔です」
剣士は一瞬きょとんとしてから、苦笑した。
「いやいや。余裕なんて、最初からないよ」
その言葉に、私は思わず立ち止まる。
顔をしかめて睨みつけると、彼は少しだけ視線をそらして話し出した。
「たださ、君が戻ってきてまた選ばれる側に立ったなら、俺は踏み込む資格がないって思ってただけ」
胸が、きゅっと締めつけられた。
いくら王太子の婚約者ではなくなったとはいえ、私が侯爵家の人間であることに変わりはない。
「俺はさ、剣しか取り柄がないんだ。遠慮くらいはするだろ」
「……相変わらず、不器用ですね」
「よく言われる」
私は、一歩だけ彼に近づく。
「私はもう、誰かに選ばれるのを待つ人生は終わりました」
そして、はっきりと告げる。
「今度は、私が選びます」
剣士は、しばらく何も言えなかった。
それから、観念したように小さく笑った。
「……敵わないな」
次の瞬間。
ぎゅっと、強く抱きしめられた。
「ちょ、ちょっと──」
「三年分」
「何のですか!」
「我慢」
耳元でそんなことを言うものだから、頬が熱くなる。
心臓の鼓動もうるさくて、私は慌てふためくことしかできなかった。
「……あの、剣士様?」
「名前で呼んでほしい」
「……っ」
躊躇いながら名前を呼んだ途端、さらに腕に力がこもった。
「君さ」
低い声で、甘く囁かれる。
「覚悟してね。一回手に入れたら、もう離す気ないから」
──あれ?
飄々としていた剣士は、どこへ行ったのだろう。
それからというもの、人前では相変わらず涼しい顔をしているくせに、二人きりになるとやたらと距離が近い。
手をつなぐのは当然。
隙あらば肩に腕を回してくるし、気づけば背後から抱きしめられている。
「……以前と、だいぶ違いませんか?」
「そう?」
「あきらかに、べたべたしてます」
「だからさ、今まで我慢してた分だよ」
悪びれずに、そんなことを言う。
どうやら彼は、付き合う前は飄々系、付き合った後は溺愛系、というタイプだったらしい。
「安心して」
彼は、私の額に軽く口づけて言った。
「君が選んだ人生、俺はちゃんと隣で守るから」
──選ばれなかった私。
でも今は、自分で選んだ人生の中で、自分で選んだ人と、ここにいる。
それで十分だ。
……少し、甘すぎるくらいだけれど。
留学先での生活は、想像以上に忙しく、そして充実していた。
学問も、人間関係も、何もかもが新鮮だった。
そしてなにより「誰かの婚約者」としてではない私でいられた。
そうして気づけば、帰国の日を迎えていた。
王都は記憶よりも少しだけ変わっていた。
街並みはそのままなのに、空気が違う。
たぶん、変わったのは私の方だ。
「久しぶり」
その声を聞いた瞬間、足が止まった。
振り返ると、そこにいたのは剣士だった。
相変わらずの軽装。どこか捉えどころのない雰囲気。
「お帰り」
「……ただいま」
自然にその言葉が出たことに、私はほんの少しだけ驚く。
「変わってませんね」
私が言うと、彼は肩をすくめた。
「君はちゃんと強くなった顔してる」
それは、かつて別れ際に交わした言葉だった。
心がじんわりと温かくなる。
それからしばらく、私たちは昔と同じ距離感で過ごした。
並んで歩き、他愛のない話をして、必要以上に踏み込まない。
彼は相変わらず飄々としていて、昔と同じように私を縛ろうともしない。
──だからこそ。
「……ねえ」
ある日、私の方から切り出した。
「いつまで、そんな顔してるつもりですか」
「そんな顔?」
「余裕ぶってる顔です」
剣士は一瞬きょとんとしてから、苦笑した。
「いやいや。余裕なんて、最初からないよ」
その言葉に、私は思わず立ち止まる。
顔をしかめて睨みつけると、彼は少しだけ視線をそらして話し出した。
「たださ、君が戻ってきてまた選ばれる側に立ったなら、俺は踏み込む資格がないって思ってただけ」
胸が、きゅっと締めつけられた。
いくら王太子の婚約者ではなくなったとはいえ、私が侯爵家の人間であることに変わりはない。
「俺はさ、剣しか取り柄がないんだ。遠慮くらいはするだろ」
「……相変わらず、不器用ですね」
「よく言われる」
私は、一歩だけ彼に近づく。
「私はもう、誰かに選ばれるのを待つ人生は終わりました」
そして、はっきりと告げる。
「今度は、私が選びます」
剣士は、しばらく何も言えなかった。
それから、観念したように小さく笑った。
「……敵わないな」
次の瞬間。
ぎゅっと、強く抱きしめられた。
「ちょ、ちょっと──」
「三年分」
「何のですか!」
「我慢」
耳元でそんなことを言うものだから、頬が熱くなる。
心臓の鼓動もうるさくて、私は慌てふためくことしかできなかった。
「……あの、剣士様?」
「名前で呼んでほしい」
「……っ」
躊躇いながら名前を呼んだ途端、さらに腕に力がこもった。
「君さ」
低い声で、甘く囁かれる。
「覚悟してね。一回手に入れたら、もう離す気ないから」
──あれ?
飄々としていた剣士は、どこへ行ったのだろう。
それからというもの、人前では相変わらず涼しい顔をしているくせに、二人きりになるとやたらと距離が近い。
手をつなぐのは当然。
隙あらば肩に腕を回してくるし、気づけば背後から抱きしめられている。
「……以前と、だいぶ違いませんか?」
「そう?」
「あきらかに、べたべたしてます」
「だからさ、今まで我慢してた分だよ」
悪びれずに、そんなことを言う。
どうやら彼は、付き合う前は飄々系、付き合った後は溺愛系、というタイプだったらしい。
「安心して」
彼は、私の額に軽く口づけて言った。
「君が選んだ人生、俺はちゃんと隣で守るから」
──選ばれなかった私。
でも今は、自分で選んだ人生の中で、自分で選んだ人と、ここにいる。
それで十分だ。
……少し、甘すぎるくらいだけれど。
2,012
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