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祖母の死を知らされたのは、いきつけのネイルサロンで施術を終えて店を出たときだった。
「ねえ真奈美、聞いているの?」
「あー、うん。そうだねえ、聞いてるよ」
適当に返事をすると、手にしているスマホから母のため息が聞こえてくる。
「まったくアンタって子は。明日がお通夜で明後日が告別式よ。急なことだから今すぐこっちへ帰ってくるのは大変だろうし、お通夜は欠席でも仕方がないとは思うけれど……」
呆れた母の声が耳に届く。
真奈美がろくに母の話を聞いていないことは、すっかりお見通しのようだ。
「明後日の告別式には間に合うように帰ってきなさい。わかっているわね? せめてお葬式くらいは顔を出しなさいよ」
「……今日のネイルさー、一万円もしたんだよねえ」
真奈美は母の話を遮るように口を開いた。母は真奈美の言葉が理解できなかったのか、怪訝そうな声を出す。
「はあ? 何の話をしているのよ」
「明後日は誕生日なの。そっちに帰るなんて絶対に無理」
明後日は推しのライブがある。推しの誕生日を祝う大切なイベントだ。
「誕生日って……。いったいどこの誰のお誕生日だっていうの?」
「どんな時でも寄り添ってくれて、辛いときには励ましてくれる大切な人」
推しの歌声にどれだけ救われてきたかなんて、母に話したところで理解してもらえない。そんなことは今までの経験で十分すぎるほどわかっていた。
「誰が帰るか馬鹿ヤロウ」
真奈美はそう吐き捨ててスマホの電源を切った。バッグの中に電源の切れたスマホを放り込むと、ネイルアートの施された自身の爪を眺める。
「──うん! やっぱりストーンを乗せて正解」
真奈美は浮かれた気持ちで呟くと、笑顔を作った。
今日は推しのイメージカラーをベースに、ライブロゴのネイルアートを施してもらった。
推しの誕生日を一緒の空間で祝うのだ。自己満足だという自覚はあるが、少しでも綺麗な姿で大切な人と過ごしたいと考えることは当然だと思う。
ネイルにはいつもより金をかけた。このためにバイトの日数を増やして金を貯めた。
もし葬儀に出席するならば、今すぐネイルサロンに戻らなくてはならない。指先に光る石を乗せたまま葬儀に参列するなど、常識的にありえないことは理解している。施術してもらったものを全てなかったことにして、自爪の状態にする必要がある。
だが、それには時間と金がかかる。そんなことで大切な金を使ってしまうのは絶対に嫌だ。寝る間も惜しんで貯めた残りの金は、ライブ当日のグッズ販売で使う予定なのだ。
「バイトは大変だったけど、やっぱりお金をかけただけあって最高。キラキラしていて可愛く仕上がってる」
真奈美は日の光に当たって輝くラインストーンを見つめながら空に向かって手を伸ばした。
そこでハッと気がついて、たった今バッグの中に放り込んだばかりのスマホを慌てて取り出して電源を入れる。すぐにカメラを起動すると、光の当たり方や角度を何度も調整しながら、青空を背景にしたネイルアートの写真を撮った。
「うーん、タグ付はどうしよっかなあ。ネイルとネイルアートはマストでしょ。それに推し活も外せないし。……こんなもんかな?」
真奈美は推し活用のSNSアカウントに、撮った写真を公開した。
すぐさまフォロワーからのいいねがつけられたことを確認すると、再び笑顔を作る。
「明後日は物販が2時からだから、お昼頃には会場につきたいよねえ。何時に起きるべきか」
ぶつぶつと呟きながら、コメントをくれたフォロワーに返事をしていく。
途中、母から電話がかかってきたので、舌打ちをしてから再びスマホの電源を切った。
「私があんなババアの葬式に出るわけないじゃん。連絡なんかしてくれなくていいのに、なにを考えてるんだか」
真奈美は翌日以降も母の連絡を無視し続け、推しのライブを存分に楽しんだ。
「ねえ真奈美、聞いているの?」
「あー、うん。そうだねえ、聞いてるよ」
適当に返事をすると、手にしているスマホから母のため息が聞こえてくる。
「まったくアンタって子は。明日がお通夜で明後日が告別式よ。急なことだから今すぐこっちへ帰ってくるのは大変だろうし、お通夜は欠席でも仕方がないとは思うけれど……」
呆れた母の声が耳に届く。
真奈美がろくに母の話を聞いていないことは、すっかりお見通しのようだ。
「明後日の告別式には間に合うように帰ってきなさい。わかっているわね? せめてお葬式くらいは顔を出しなさいよ」
「……今日のネイルさー、一万円もしたんだよねえ」
真奈美は母の話を遮るように口を開いた。母は真奈美の言葉が理解できなかったのか、怪訝そうな声を出す。
「はあ? 何の話をしているのよ」
「明後日は誕生日なの。そっちに帰るなんて絶対に無理」
明後日は推しのライブがある。推しの誕生日を祝う大切なイベントだ。
「誕生日って……。いったいどこの誰のお誕生日だっていうの?」
「どんな時でも寄り添ってくれて、辛いときには励ましてくれる大切な人」
推しの歌声にどれだけ救われてきたかなんて、母に話したところで理解してもらえない。そんなことは今までの経験で十分すぎるほどわかっていた。
「誰が帰るか馬鹿ヤロウ」
真奈美はそう吐き捨ててスマホの電源を切った。バッグの中に電源の切れたスマホを放り込むと、ネイルアートの施された自身の爪を眺める。
「──うん! やっぱりストーンを乗せて正解」
真奈美は浮かれた気持ちで呟くと、笑顔を作った。
今日は推しのイメージカラーをベースに、ライブロゴのネイルアートを施してもらった。
推しの誕生日を一緒の空間で祝うのだ。自己満足だという自覚はあるが、少しでも綺麗な姿で大切な人と過ごしたいと考えることは当然だと思う。
ネイルにはいつもより金をかけた。このためにバイトの日数を増やして金を貯めた。
もし葬儀に出席するならば、今すぐネイルサロンに戻らなくてはならない。指先に光る石を乗せたまま葬儀に参列するなど、常識的にありえないことは理解している。施術してもらったものを全てなかったことにして、自爪の状態にする必要がある。
だが、それには時間と金がかかる。そんなことで大切な金を使ってしまうのは絶対に嫌だ。寝る間も惜しんで貯めた残りの金は、ライブ当日のグッズ販売で使う予定なのだ。
「バイトは大変だったけど、やっぱりお金をかけただけあって最高。キラキラしていて可愛く仕上がってる」
真奈美は日の光に当たって輝くラインストーンを見つめながら空に向かって手を伸ばした。
そこでハッと気がついて、たった今バッグの中に放り込んだばかりのスマホを慌てて取り出して電源を入れる。すぐにカメラを起動すると、光の当たり方や角度を何度も調整しながら、青空を背景にしたネイルアートの写真を撮った。
「うーん、タグ付はどうしよっかなあ。ネイルとネイルアートはマストでしょ。それに推し活も外せないし。……こんなもんかな?」
真奈美は推し活用のSNSアカウントに、撮った写真を公開した。
すぐさまフォロワーからのいいねがつけられたことを確認すると、再び笑顔を作る。
「明後日は物販が2時からだから、お昼頃には会場につきたいよねえ。何時に起きるべきか」
ぶつぶつと呟きながら、コメントをくれたフォロワーに返事をしていく。
途中、母から電話がかかってきたので、舌打ちをしてから再びスマホの電源を切った。
「私があんなババアの葬式に出るわけないじゃん。連絡なんかしてくれなくていいのに、なにを考えてるんだか」
真奈美は翌日以降も母の連絡を無視し続け、推しのライブを存分に楽しんだ。
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