土 砂留め 役人

黒蜜きな粉

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 部屋の中に、片倉の笑い声が響き渡っている。
 数馬は身の置き所がないような気がして、背中を丸めて小さくなっていた。

「それで、あの夫婦はなんと言っていたのだ?」

 しばらくの間、笑い続けていた片倉がようやく落ち着きを取り戻した。
 片倉は平然とした態度で尋ねてきたが、すぐにまた笑みを浮かべる。今にも再び声を上げて笑い出しそうな雰囲気で、数馬を見据えていた。

「……礼を、申しておりました」

 数馬は咳払いをしてから、背筋をしゃんと伸ばした。
 にこにこと微笑みながらこちらを見ている片倉に、ほんの少しだけ恨みがましい視線を向けて報告を続ける。

「山桜の木の面倒は、太兵衛とお七の二人が任せて欲しいと名乗り出てくれました。村人たちは怨霊がいなくなったと聞かされても、すぐには橋のそばに近づきたいとは思えなかったようでして。二人には感謝をしておりました」

 今まで太兵衛とお七の二人は、あまり村人との交流がなかった。顔役が自分の悪事が露見しないよう、そのように仕向けていたのだ。
 しかし、今回もろもろの件が収束したことで、二人が村人たちと接触することに邪魔が入ることはなくなる。これからは村人たちと上手くやっていけそうだと、太兵衛とお七は喜んでいた。

 そう報告をすると、とうとう片倉は声を出して笑った。
 そんなに笑えるほどおかしいことを言っているのかと、数馬は怪訝な顔をする。
 すると、片倉は今さらになって真剣な表情を浮かべ、冷静に話をはじめた。

「あの夫婦は不正に手を貸してしまい、罪の意識にさいなまれていた。それを最後には、自分たちは良いことをした、これからは正しいことをするのだと、そう思わせてやれたのはよかったな。あれで少しは気が晴れただろう」

 片倉から命じられた、解放してやれという言葉を、数馬なりに考えて行動に移した結果だった。
 あの二人には直接的な罰を与えるのではなく、奉仕活動をさせることで罪の意識を軽減させてやりたいと思ったのだ。

「理路整然と正論だけを振りかざしても、人はついてこない。知識や理論だけが先走って行動が伴わない者とは、共に何かを成そうとは思えないものだ。たまには体を張って人情に訴えてみるのも悪くはなかっただろう?」

 片倉が少年のような顔で笑う。
 その表情を見て、数馬は大真面目に怨霊退治をでっちあげたことが、恥ずかしくてたまらなくなってきた。

「……片倉さまのおっしゃられていること、決して忘れないよう心に留めてお役目に勤しんでまいります。ですが、あのように芝居じみたことは、今後はできるだけ控えたいと思います」
「まさかあのような立ちまわりまでするとは思わなかったぞ! いやあ、数馬に役者の才能があったとは驚きだ」

 がははと、片倉が大口を開けて笑いだした。
 どうやら数馬は片倉の想定外のことをしてしまったらしい。失態を犯してしまったのかと、顔が青褪めていく。

「これこれ、勘違いをするでない。此度の件、お前はよく働いてくれた。想定以上の働きをしてくれたので、私は喜んでいるのだ」

 あいかわらず妙なところで真面目なやつだ、そう言って片倉は呆れた顔をする。

「……まったく。お前は武芸にも学問にも秀でているが、置かれていた環境のせいか卑屈なところがある。今後なにか迷いが生じたら、今回の怨霊退治を思いだすとよい」
「あ、あまりその件について触れないでいただけると助かります。どうにも気恥ずかしくてたまりません」
「あはは! 小雪殿にもみせてやりたかったな。いつも難しい顔をしている男が、怨霊退治のために弓や刀を取り出して大立ち回りをしていた所をな」

 再び片倉の笑い声が部屋の中に響き渡る。数馬はまた背中を丸めて小さくなった。 



「──さて、この村での問題は片付いた。さっさと次の村へ行こうか」

 片倉はひとしきり笑い終えると、朗らかにそう宣言をして立ち上がった。
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