チートをもらえるけど戦国時代に飛ばされるボタン 押す/押さない

兎屋亀吉

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21.バカンスと南蛮船

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 小笠原諸島にある島のひとつ、南島。
 この時代では誰にも発見されていないだろうから、名も無き島だ。
 ゆきまるに跨り、何日もかけてここまでやってきた。
 テレポートがあるから夜には家に帰っていたけどね。
 テレポートは一度行ったことのある場所に転移することのできる魔法だ。
 遠く離れればそれだけ魔力消費も激しくなる。
 岐阜と小笠原諸島だと一日に二往復が限界だろう。
 しかし遊びに来るだけならそれで十分だ。

「うわぁ、凄い。こんなに透き通った海は初めて見ました」

「伊勢湾とは少し違った趣でしょ?」

「はい。海は見飽きているなんて言ってすみませんでした」

 雪さんは伊勢の出身なので海を何度も見たことがある。
 武家の姫なのでそこまで毎日とかではないだろうが、伊勢湾は見ても特に感動することもない程度には何度も見たことがあるようだ。
 しかしここは小笠原諸島。
 伊勢の海とはまた違った景色が広がっている。
 ゴツゴツとした火山岩がむき出しになった地面に、どこまでも青く透き通った遠浅の海。
 砂浜は白く、綺麗な砂に波が寄せては返す。
 この時代はプラスチックゴミなんて一つも落ちてないから本当に綺麗だな。

「キャンキャンッ」

 ゆきまるも綺麗な海に興奮しているようで砂浜を走り回って転んでいる。
 毛に砂が入り込んでしまわなければいいのだが。
 帰ったらシャンプーしてやる必要がありそうだ。

「よし、浜焼きでもしようか」

「はい。すぐに準備しますね」

 雪さんが料理の準備をする間、俺はデッキチェアやテーブル、パラソルの準備をする。
 すべてガチャで出たものだ。
 このスマホを俺に与えた神は、いったい戦国時代の暮らしをどんなものだと思っているのか。
 折りたたまれたテーブルの脚を伸ばし、デッキチェアを広げれば俺のほうの準備は完了する。
 デッキチェアに座ってゆきまるをモフりながら、雪さんの調理風景を見学する。
 雪さんはまな板の上に乗った魚貝類を丁寧に下処理して、焼ける状態にしていく。
 魚介は面倒なので伊勢で買ってきたものだ。
 俺も雪さんも釣りや素もぐりの趣味は無い。
 釣りはいつかやってみたいとは思っているけれど、まだ道具がガチャから出ないんだ。
 糸と竿は出たんだけど、肝心の針が出ていない。
 この時代の道具でも釣れないことは無いんだろうけど、初心者には少しハードルが高いかな。
 雪さんは慣れた手つきで海老や貝、魚などを網の上に乗せていく。
 なんといってもメインは大きな伊勢海老だろう。
 今は初夏なので現代だったら伊勢海老は禁漁の時期だ。
 しかし戦国時代にはまだ伊勢海老に関する取り決めは存在していない。
 伊勢海老もマグロも、ウナギだって食べ放題だ。
 現代では高くてとても食べられなかった食材が安く手に入るというのは、戦国時代に来て良かったことのひとつだな。
 やがて魚介が焼けていい匂いがし始める。
 雪さんはただでさえいい匂いの魚介に、醤油をひとさし回しかける。
 ジュッという醤油の焼ける音と胃袋を刺激する香り。

「できましたよ」

「いただきます」

 どれも美味しそうだが、やはり最初は貝かな。
 伊勢海老は最後に取っておきたい。
 俺は貝をふーふーと少し冷まして口にする。
 空腹も伴って、今まで食べた貝の中で一番美味しいと思った。
 醤油の香りが貝の甘味を引き立てている。
 俺は次に塩焼きになった鯛に手を伸ばす。
 雪さんが一番最初に網に乗せ、遠火でじっくりと焼いていたやつだ。
 炭火で十分に水分を飛ばされた鯛は、皮がパリッとしていて身はふっくら。
 程よい塩加減。
 俺は鯛の身をパクパクと口に運ぶ。

「ん?あれは、船でしょうか……」

 俺と向かい合わせで魚介をパクついていた雪さんが、俺の背後を指し示す。
 振り返ると、確かに船のようなものが島に近づいているのが見える。
 3本もマストを突っ立てた大きな船だ。
 この時代、まだ日本は外洋船を作れなかったはずだ。
 おそらく外国の船だろう。
 船は段々近づいてきているようだ。
 なんか嫌な感じだな。
 この時代の外国人っていい印象が無いんだよな。
 俺は外国語は話せないので、どこの国の人だろうが日本語以外で意思疎通はできないし。
 どっか行ってくれないかな。
 そんな俺の願いも虚しく、船は沖で停泊した。
 誰か小船で降りてくる。
 伊勢海老が焼けすぎてしまうので、俺は伊勢海老を口に入れた。
 熱くて口の中を火傷したけれど、プリプリで非常に美味しい。
 そんな俺を見て雪さんも伊勢海老を口に入れた。
 外国人が来て食べられなくなってしまうかもしれないからね。
 今のうちに食べておかないと。
 伊勢海老をもっちゃもっちゃと食べながら小船が到着するのを待った。
 やがて小船が近づいてくるにつれて、乗っている人間の容姿が明らかになる。
 茶色っぽい髪色に日焼けした肌、堀の深い顔立ち。
 うーん、何人なのか分からない。
 しかしアジアっぽくは無いのでヨーロッパ系だろうか。
 全員が銃や剣で武装しており、平和的な目的でこちらに来ているのでは無いことが見て取れる。
 この時代のヨーロッパ人が日本で行っていたのはキリスト教の布教だけでは無いからね。
 いわゆる奴隷貿易というやつだ。
 日本で捕まえた人間を船で海外に連れて行き、売る。
 この人たちもおそらく似たような目的で日本列島に来たのだろう。
 こんな島で2人っきりでBBQを楽しむ奴等なんて格好の獲物だ。
 
「逃げようか」

「そうですね」

 俺はゆきまるを抱き上げ、雪さんと手を繋ぐ。
 なんかシラけてしまったので岐阜に帰って長屋でBBQの続きでもするかな。

「助けて!!」

 テレポートしようとした俺の耳に、日本語で助けを求める声が聞こえる。
 外国人の乗る小船を見れば、まだ10にも満たないくらいの日本人の女の子が首にナイフを突きつけられていた。
 やがて小船が俺達の目の前に到着し、女の子を人質にした7人の男たちが上陸した。

「善次郎さん、あの子を……」

「わかってる」

 助けたい。
 その気持ちは俺も同じだ。
 だけど、誰も殺さずにこの場を切り抜ける方法が思いつかない。
 たとえ人助けのためであろうと、俺に人が斬れるのか?
 知らず知らずの間に、俺の手は震えていた。



 
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