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兎屋亀吉

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57.ダンジョン畑の受粉問題

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 正月は島や近江の殿のところに酒や餅を届けていたらあっという間に過ぎ去った。
 島は堂々とテレポートで行って来られるけれど、近江は一応歩いて行ったことにしなければいけないから大変なんだよ。
 近江まで歩きで何日もかかるのが普通だから、岐阜を出発した日と殿のところに着いた日が近すぎると後で殿たちと千代さんたちが話した時に怪しまれてしまう。
 だから岐阜を出て一度島に行き、何日か時間をつぶして近江にテレポートするといった手間がかかる。
 その間島での作業が捗るからいいんだけどね。
 そうやってちまちまと島に行って畑の世話や草原フィールドの気候の操作などを行ったおかげで、ダンジョン内の畑はそこそこうまくいっている。
 すでに畑ではカブが収穫を迎えてみんなで作業を終えたばかりだ。
 特に肥料もやっていないのだけれど、ダンジョン内の土は栄養が豊富なのか大きなカブが収穫できた。
 島民たちも自分たちで育てた食料というのは感動もひとしおのようで、カブがとれただけなのに収穫祭をしていた。
 俺も参加してカブだらけの料理を食べた。
 さすがに味気がなかったので魚と一緒に料理したらどうかと勧めてみた。
 島民たちは岐阜や長野周辺から連れてきた人たちばかりなので、海沿いでの生活というものに慣れていないんだ。
 だから魚の調理法の知識が乏しい。
 彼ら彼女らにとっては魚は川のもので、海の魚など高価で食べられない存在だったのだから当然だ。
 俺もそれほど魚料理に詳しいわけではないが、とりあえず味噌でもぶち込んで汁ものにしてみたらどうかとアドバイスしておいた。
 カブと魚介の味噌汁はそこそこ美味しかったよ。
 これからこの島の名物料理になるかもしれない。
 他の作物もおおむね順調に育っているし、食料の生産量はこれから増えていくことだろう。
 島民たちには内緒だけど第2階層もあるしね。
 第2階層はまだ植え付けが終わったところだけど、たぶんうまくいくんじゃないかな。
 スケルトンたちは思考能力や腕力は低いが、眠らず疲れず食料を消費しない優秀な労働人員だ。
 見た目が骸骨なので少し引き気味に彼らに接していたのだが、何を命令しても文句のひとつも言わずにきちんとこなすその姿に俺は少し尊敬の念さえ覚えた。
 ゴーレムも機械のように単純作業しかできないが、馬力があって燃料がいらないクリーンでエコな農機としてとても使いやすい。
 スケルトンもゴーレムも、ダンジョンの発する微弱なエネルギーを吸収して動いている環境にやさしい奴らなのだ。
 広大な2部屋の草原フィールドはすでにすべて彼らによって耕され、四季フィールドの方には小麦や大麦、芋類が、常夏フィールドの方には南国フルーツの種や苗が見つからなかったのでとりあえず夏野菜を植えてある。
 4、5か月もすれば大量の食糧が確保できることだろう。
 普通なら保存に困る量だが、俺には収納の指輪がある。
 収納の指輪に収納した物の時間は止まっているようなので、腐ることもカビが生えることもないだろう。
 
「問題は、虫か……」

 虫。
 野菜にとっては葉っぱや果実を食べてしまう虫は外敵なのだけど、虫がいないと野菜ができないというのも事実だ。
 カブなどの根菜は花が咲く前に収穫してしまうからまだいいけれど、トマトやきゅうりなどの果実野菜を上手く育てるためには受粉というものが必要になってくる。
 めしべにおしべの花粉が付くことで果実ができるという小学校の理科で習ったあれだ。
 自然界では、風で花が揺れたり蜂や蝶などの虫が花の蜜を吸うときに足についた花粉がめしべに付着することで受粉することができていると理科の授業で習ったよね。
 現代のハウス栽培などでは、人の手で花を揺らしたりハウスの中で蜂を飼ったりして受粉を行っていると聞いたことがある。
 ダンジョンの中は、ハウス栽培と同じように虫がいない環境だ。
 第1階層はまだ果実野菜が少ないから問題はないかもしれない。
 だが第2階層の夏野菜などはほとんど果実野菜だ。
 どうにかして受粉作業をしなければならないだろう。
 草原フィールドの気候を操作して風を起こしたりスケルトンたちに花の一つ一つを揺らして回ってもらったりしてもいいが、やっぱり虫が花の蜜を吸った拍子に花粉が付着するというのがシステマチックで俺は好きなんだよな。

「となると虫を持ってくるか、それとも……」

 虫型のモンスターを生み出すかだ。
 正直俺は蜂が苦手だ。
 なぜなら蜂には毒針があるから。
 小学生の時にアシナガバチに刺された痛みは今でも思い出すことができる。
 軽くトラウマだ。
 しかし絶対に俺のことを刺すことのない蜂を生み出すことができるのならば、いつかのトラウマを拭い去ることができるかもしれない。

「よし、虫型モンスターを生み出そう」

 俺はスマホをタップする。
 虫型のモンスターは大型のものが多い。
 しかしそんな化け物昆虫バトルは求めてないんだよ。
 欲しいのは受粉を促してくれる小さなミツバチのような存在だ。
 モンスターの図鑑をスクロールしていくと、2種類のモンスターが目に留まる。
 ダンジョンミツバチと幻惑蝶だ。
 正直大きさが普通で花の蜜を吸ってくれれば他はどうでもいいのだが、2種類ともモンスターなだけあって普通の昆虫ではない。
 ダンジョンミツバチは尻の針から毒ではなく人が気絶するほどの高圧電流を流す蜂。
 幻惑蝶は鱗粉に幻惑作用のある蝶だ。
 どちらも生み出せるのは100匹単位からで、100匹で2000DPとそこそこ高い。
 しかし今の俺にとって2000DPなんて端下ポイントだ。
 俺はどちらも500匹ずつ作成した。
 目の前に現れる膨大な数の虫。
 ちょっと気持ち悪い。
 虫なので思考能力はほとんど無いが、簡単な命令はきくしどうやらダンジョンマスターである俺には危害を加えないらしい。
 それだけで十分だ。
 俺はさっと手を振り、虫たちに草原フィールドに散るように命令した。
 幻惑蝶は綺麗な青色の羽を羽ばたかせて、幻惑効果のある鱗粉を振りまきながらあちこちに散っていく。
 ダンジョンミツバチは女王蜂を中心に集まり、少し困惑している。
 そうか、蜂は巣を作る生き物だったな。
 草原フィールドには木や岩などのオブジェクトを全く設置していない。
 これではダンジョンミツバチも巣を作ることができないだろう。
 今は花も咲いてないし、蝶も蜂も餌がない。
 スケルトンやゴーレムと違って、生物型のモンスターは大変だ。


 
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