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68.続・戦国のロミジュリ

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「伊右衛門、侍ってなんなのだろうな」

「さぁ、若の御期待しているようなお答えはワシには分かりませんな」

「善次郎はどうだ?」

「侍は侍ですよ。腰に刀を差して、おっかない顔して」

「阿呆、そんなことは分かっておる。私が言っておるのはもっと深い部分のことだ」

「深い?侍に深い部分なんてありました?みんなすぐぶち切れて人を斬る」

「はぁ、もうよい。お前に聞いた私が悪かった……」

 岐阜に帰って待機を命令された殿だったが、奇妙丸君の直臣になったからには自宅でのんびりというわけにもいかない。
 元服も終わった奇妙丸君には織田信長から与えられた仕事もある。
 それらを補佐したり話相手になったり、護衛をしたりと殿も給料分くらいには忙しい。
 俺も奇妙丸君の陪臣となったわけだし、ちょいちょい岐阜城にお邪魔しているわけだ。
 しかし俺が未だに奇妙丸君と呼んでいるように、彼はまだまだ子供の青臭さを残している。
 初陣で初めて人を殺して色々と考えることもあったようだ。
 初めて人を斬ったときは俺も雪さんの胸で大泣きした覚えがある。
 その気持ちはよく分かる。
 だが奇妙丸君ほどの身分ともなると女の胸で泣くこともできずに色々と溜め込んでいるようだ。
 頻繁に俺達を呼び出して侍とは何か、命とはどうあるべきかとかの哲学的な質問をしてくる。
 そうとう参っているようだ。
 俺は普段ほとんど信長に献上してしまって手元に残らない飴玉を取り出す。
 今日くらいはいいよね。
 信長も息子のメンタルのためなら飴玉くらい我慢してくれるはず。
 俺はガチャで出た白磁の皿に飴玉をコロリと乗せ、奇妙丸君に差し出す。
 奇妙丸君はなんの警戒もせずにそれを口に放り込む。
 少しは毒とか警戒したほうがいいよ。

「これは、いつも父上が食べておる飴玉というものだな。善次郎が献上しておったのか。甘いな。甘くて酸くて美味い。そうだな、人生は甘いばかりではない。酸い、辛い、苦い、色々なことがあるものだ」

 だめだ、自分の世界に入ってしまっている。
 遠い目をして、今にも悟りを開いてしまいそうだ。
 なるほど、侍ってこうなるから隠居したら出家とかするんだな。
 人を殺しすぎて念仏でも唱えてないとメンタルを保てないんだ。
 奇妙丸君はボンボン育ちで元々メンタルが弱いから1人2人斬っただけでこうなってしまったのだろう。
 どうしたものか。
 いっそ湯治にでも行こうかと思って計画を立てていると、懐のスマホがブーブーと震える。

「ちょっと厠へ行ってきます」

「そのようなことをいちいち報告せずともさっさと行け」

「へーい、次からそうします」

 障子戸を開け、沖ノ鳥島のダンジョン第1層へと転移する。
 鍵の掛かる農具小屋、その中には島民が俺に連絡をとるためのサブコアが埋め込まれた石碑がある。
 しかし農具小屋には誰もいなかった。
 島じゃなかったのか。
 となると誰だ?
 俺は震え続けるスマホを取り出し、通話ボタンをタップする。

『…………………………』

 耳に当てたスマホからはゴーストの声にならない声が聞こえてきた。
 酷く慌てているようだ。

「落ち着いて重要なことだけを伝えるんだ」

『…………………………』

「なんだって!?」

 ゴーストが伝えてきたのは、奇妙丸君の元婚約者であり想い人である松姫が自害を図ったとの情報だった。
 幸いにも直前に女中さんに止められて未遂に終わったようだけれど、非常に危ない状況であることには違いない。

「なんでそんなことに?」

『…………………………』

「え、そうなんだ。奇妙丸君のことをそんなに……」

 どうやら松姫は奇妙丸君と一緒になることができないならば自ら命を絶ったほうがいいと言っていたようだ。
 でも、なんでそんなことになってしまったんだろう。
 史実通りならそんなことはしないはずだ。

「少し奇妙丸君にも話を聞く必要がありそうだ」

 俺はテレポートで岐阜城に戻った。




「松姫が!!無事なのか!?」

「ええ、女中が止めたそうです。しかしすでにその話は武田家内でも広がり、家内での松姫様の立場はさらに微妙なことになってしまったようです。仁科殿でも庇いきれるか分かりません」

「頼む、なんとかしてくれ」

「まあ攫うこと自体はそこまで難しくはないのですよ。ですが、聞きたいことがあります」

「なんだ」

「最近何か松姫様と連絡取りましたか?」

「そ、それは……」

「とったんですか……」

 どうやらとったようだ。
 観念した奇妙丸君は語りだす。
 松姫様のことを想うといてもたってもいられなくなること。
 人を斬って心が不安定なときにどうしても会いたくなってしまったこと。
 しかし会うことは叶わないからせめてと忍にこっそり手紙を届けさせたこと。

「なるほど」

 会いたくてたまらなくなってしまったのは松姫様も同じということか。
 史実と違うのは奇妙丸君に俺という僅かな希望ができてしまったことか。
 最悪松姫様の命だけは助かる。
 自分の恋が叶う可能性も無くはない。
 そして燃え上がった恋心を抑えきれなくなってしまった。
 しかしその恋心が篭った手紙は松姫様の淡い想いも燃え上がらせてしまった。
 松姫様は自分が奇妙丸君と一緒になれる可能性が僅かたりとも存在しているとは知らない。
 だから自害しようとしてしまったんだ。
 想いが募れば募るほど、結ばれることのない絶望が自身を苛んだのだろう。
 なんだろうか、この少女マンガの完結巻を読んだ後のような寂寥感は。
 それもバットエンドで終わるやつな。
 俺あれ嫌いなんだよな。
 
「奇妙丸様。侍って、俺は好き勝手やる奴のことだと思うんですよ」

「はぁ!?何言ってるんだ。というか奇妙丸と呼ぶな。いや、今はそれどころでは……」

「聞いてください。俺が知ってる侍はみんな好き勝手やってます。お父上を想像してくださいよ。何かを我慢しているところが想像できますか?」

「いや、できないが……」

 織田信長は何が欲しくてこんなことをしているのかは分からない。
 天下が欲しいのか、泰平の世を望んでいるのか、それともどこまで行けるか自分の力を試しているだけなのか。
 侍はきっとそういうものなんだと思う。

「俺は、侍って自分の命を賭けてやりたいことをやる奴のことだと思うんですよ。その結果、お父上のように何かを手に入れることもあるし、すべてを失うこともある」

「なるほどな……」

「そう考えると、奇妙丸様はまだ侍ではありませんね」

「なんだと?」

「だってやりたいことを我慢しているじゃないですか。どうせできないからって、命を賭けてやろうとしてないじゃないですか。そんなの全然侍じゃあありませんよ」

「私の、やりたいこと……」

「一人の女が欲しい。そんなの、侍が我慢するような願いですかね」

「善次郎」

「はい」

「甲斐に乗り込む。ついて来い」

「わかりました。勘九郎様」

 やっぱり、侍はこうでなくちゃ。



 
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