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69.初めての船
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甲斐の国、未来では山梨県。
長野と山梨の間には南アルプスが横たわっているために、岐阜から山梨に向かうためには直線距離よりも長い距離を移動しなければならない。
しかしそれは陸を行けばの話だ。
海にはそのような要害は無い。
こんな時のために船と船乗りを用意していたわけではないが、ちょうどいい具合に船と船乗りが仕上がっている。
交易をする前の試運転代わりに甲斐までお出かけするのも悪くない。
夜、草木も眠る丑三つ時。
俺達は岐阜城から勘九郎君を連れ出した。
向かうのは伊勢湾。
そこにスペイン帝国から奪ったこの時代風に言えば南蛮船を停泊させている。
信長への説明は後回しだ。
勘九郎君を連れ出した時点で今更だろう。
南蛮船を停めたのは未来で言えば名古屋市熱田区のあたり。
まだ名古屋港は無いので名古屋市周辺の陸の形が未来とは少し違っているんだ。
あれはかなり埋め立てて広げた港だからね。
岐阜と熱田は直線距離にして30キロほどしかないために走れば移動にそれほど時間はかからない。
ほんのハーフマラソン、プラスアルファの距離だ。
泣ける。
へとへとになりながら走り続けて朝日が昇る頃には港にたどり着いた。
「なんかワクワクするな。このような時間に抜け出したのは初めてだ」
「若様、これから行くのは敵地ですよ。ワシらも守りきれるか分かりません。くれぐれも、慎重に行動してください」
「わかっておる。それにしても、善次郎がこのような船を持っておったとはな」
「ワシも驚きましたよ。南蛮人を打ちのめして子分にしたと言っておりましたな。殺して奪わぬのは善次郎らしい」
甲斐に向かうメンバーは少数精鋭だ。
勘九郎君の側近は皆頭が固いので連れてきたのは勝三君だけ。
後は俺達山内家の面々だけだ。
別に万の軍勢と戦いに行くわけでもないのでこの人数でも問題はないだろう。
個人の武勇で言えばこれ以上ない面子だ。
「やっぱり南蛮の船は良い船だな。なあお主ら、南蛮ってどんなところなんだ?」
「#$%&$%&」
「言葉が通じぬことだけは分かったわ」
慶次は海の向こう側のことに興味があるようで、しきりに船員たちに話しかけている。
俺は思念伝達を使ったり中のイビルアイを通したりすれば意思疎通ができるが、彼らは日本語は話すことができない。
日本語を勉強させるというのがこれからの課題だな。
俺はちょっとだけ勉強してきたスペイン語で号令をかける。
「サリーダ!!(出航!!)」
イビルアイに寄生された船員たちはキビキビと動き回り、湾外に向かって舵を切ったのだった。
「おぇぇぇぇっ」
「おろろろろぅぇぇ」
「げろぅぇぇぇっ」
船内は大変なことになっている。
連れてきたほとんどの人が船なんか乗ったことがないものだから、ひどい船酔いに悩まされているのだ。
みんな侍で馬に乗りなれているから船酔いなんてしないと思っていたけれど、馬と船は違うようだ。
確かに馬に乗るときは頭をなるべく揺らさないようにするけれど、船は否応なく揺れてしまうからね。
乗馬はそれほど三半規管の訓練にはならないわけだ。
体幹が強いからみんな頭だけは揺らさないように踏ん張っていたけれど、それも湾外に出たらすぐに意味を成さなくなった。
天候的に今日は船出日和とは言えない感じの天気だったのだ。
風が強く、波も高い。
俺も普段はゆきまるに乗るかテレポートだから本格的に船に乗るのは初めてだけど、こんなに揺れるものなんだな。
俺はそれほど乗り物に酔わないタイプなのでみんなの気持ちが分かってあげられないな。
「善次郎殿。と、殿たちは大丈夫なのでしょうか。何かの病では?」
勘左衛門さんも船には酔わないタイプなようで、ゲロゲロ吐いて辛そうにしている殿たちを心配そうに見守っている。
一度も乗り物酔いになったことのない人にとっては何か病気にかかったと思ってしまうだろうな。
「いえ、これは船酔いといって揺れる船に乗ったせいで頭が揺すられて気持ち悪くなってしまう症状です。辛いだけで命に関わるわけではないので大丈夫ですよ。陸に上がれば治まります」
「そうなのですか。しかし不憫ですな。何か薬のようなものは無いのですか?」
薬か、確かに万能薬や神酒ソーマならば一時的に船酔い状態を癒す力はありそうだ。
しかし三半規管が強くなるわけではないのですぐにまた酔ってしまうと思うんだけどな。
でも勘九郎君も辛そうだし、飲ませてみるか。
俺はフィリピンで買ったパイナップルの果汁を入れた一升瓶を取り出す。
いい風が吹かずあまり航海が長引くようなら壊血病にならないようにと持ってきたものだ。
別の一升瓶に水を半分ほど入れ、万能薬を1瓶入れる。
後はいっぱいまでパイナップル果汁を入れれば酔い止めの完成だ。
たぶん船酔いが治まってもすぐに再発してしまうだろうから、薬を飲むなら2、3時間おきにずっと飲まなければならないだろう。
だったらおいしいほうがいい。
パイナップル果汁はビタミンも取れるし、ちょうどいいだろう。
「これをこの盃に1杯くらいずつみんなに飲ませてください。おそらく1刻ほどですぐにまた気持ち悪くなってくると思いますので、その度に飲ませてください」
「わかりました」
勘左衛門さんはほかに船酔いしていなかった善住坊さんを連れて酔い止めを飲ませに行った。
俺は甲板に出て海風に当たる。
吹き付ける風は強い。
帆船が進むにはいい天候だ。
明日にでも静岡のあたりまで行けるのではないだろうか。
しかし、駿河湾はなぁ……。
微妙なところなんだよね。
上陸するなら駿河湾からなんだけど、今の静岡は徳川武田北条と3つの家が国境を並べる場所だ。
どこから上陸するべきか迷う。
港を持っているのは徳川と北条か。
普通に考えたら織田と同盟を結んでいる徳川領から行くのがいいのだろうが、なんて説明して上陸したらいいのだろうか。
かといって北条の港だから織田ですって言って堂々と力押しで上陸するのもダメな気がする。
しょうがない、金の力でなんとかするか。
長野と山梨の間には南アルプスが横たわっているために、岐阜から山梨に向かうためには直線距離よりも長い距離を移動しなければならない。
しかしそれは陸を行けばの話だ。
海にはそのような要害は無い。
こんな時のために船と船乗りを用意していたわけではないが、ちょうどいい具合に船と船乗りが仕上がっている。
交易をする前の試運転代わりに甲斐までお出かけするのも悪くない。
夜、草木も眠る丑三つ時。
俺達は岐阜城から勘九郎君を連れ出した。
向かうのは伊勢湾。
そこにスペイン帝国から奪ったこの時代風に言えば南蛮船を停泊させている。
信長への説明は後回しだ。
勘九郎君を連れ出した時点で今更だろう。
南蛮船を停めたのは未来で言えば名古屋市熱田区のあたり。
まだ名古屋港は無いので名古屋市周辺の陸の形が未来とは少し違っているんだ。
あれはかなり埋め立てて広げた港だからね。
岐阜と熱田は直線距離にして30キロほどしかないために走れば移動にそれほど時間はかからない。
ほんのハーフマラソン、プラスアルファの距離だ。
泣ける。
へとへとになりながら走り続けて朝日が昇る頃には港にたどり着いた。
「なんかワクワクするな。このような時間に抜け出したのは初めてだ」
「若様、これから行くのは敵地ですよ。ワシらも守りきれるか分かりません。くれぐれも、慎重に行動してください」
「わかっておる。それにしても、善次郎がこのような船を持っておったとはな」
「ワシも驚きましたよ。南蛮人を打ちのめして子分にしたと言っておりましたな。殺して奪わぬのは善次郎らしい」
甲斐に向かうメンバーは少数精鋭だ。
勘九郎君の側近は皆頭が固いので連れてきたのは勝三君だけ。
後は俺達山内家の面々だけだ。
別に万の軍勢と戦いに行くわけでもないのでこの人数でも問題はないだろう。
個人の武勇で言えばこれ以上ない面子だ。
「やっぱり南蛮の船は良い船だな。なあお主ら、南蛮ってどんなところなんだ?」
「#$%&$%&」
「言葉が通じぬことだけは分かったわ」
慶次は海の向こう側のことに興味があるようで、しきりに船員たちに話しかけている。
俺は思念伝達を使ったり中のイビルアイを通したりすれば意思疎通ができるが、彼らは日本語は話すことができない。
日本語を勉強させるというのがこれからの課題だな。
俺はちょっとだけ勉強してきたスペイン語で号令をかける。
「サリーダ!!(出航!!)」
イビルアイに寄生された船員たちはキビキビと動き回り、湾外に向かって舵を切ったのだった。
「おぇぇぇぇっ」
「おろろろろぅぇぇ」
「げろぅぇぇぇっ」
船内は大変なことになっている。
連れてきたほとんどの人が船なんか乗ったことがないものだから、ひどい船酔いに悩まされているのだ。
みんな侍で馬に乗りなれているから船酔いなんてしないと思っていたけれど、馬と船は違うようだ。
確かに馬に乗るときは頭をなるべく揺らさないようにするけれど、船は否応なく揺れてしまうからね。
乗馬はそれほど三半規管の訓練にはならないわけだ。
体幹が強いからみんな頭だけは揺らさないように踏ん張っていたけれど、それも湾外に出たらすぐに意味を成さなくなった。
天候的に今日は船出日和とは言えない感じの天気だったのだ。
風が強く、波も高い。
俺も普段はゆきまるに乗るかテレポートだから本格的に船に乗るのは初めてだけど、こんなに揺れるものなんだな。
俺はそれほど乗り物に酔わないタイプなのでみんなの気持ちが分かってあげられないな。
「善次郎殿。と、殿たちは大丈夫なのでしょうか。何かの病では?」
勘左衛門さんも船には酔わないタイプなようで、ゲロゲロ吐いて辛そうにしている殿たちを心配そうに見守っている。
一度も乗り物酔いになったことのない人にとっては何か病気にかかったと思ってしまうだろうな。
「いえ、これは船酔いといって揺れる船に乗ったせいで頭が揺すられて気持ち悪くなってしまう症状です。辛いだけで命に関わるわけではないので大丈夫ですよ。陸に上がれば治まります」
「そうなのですか。しかし不憫ですな。何か薬のようなものは無いのですか?」
薬か、確かに万能薬や神酒ソーマならば一時的に船酔い状態を癒す力はありそうだ。
しかし三半規管が強くなるわけではないのですぐにまた酔ってしまうと思うんだけどな。
でも勘九郎君も辛そうだし、飲ませてみるか。
俺はフィリピンで買ったパイナップルの果汁を入れた一升瓶を取り出す。
いい風が吹かずあまり航海が長引くようなら壊血病にならないようにと持ってきたものだ。
別の一升瓶に水を半分ほど入れ、万能薬を1瓶入れる。
後はいっぱいまでパイナップル果汁を入れれば酔い止めの完成だ。
たぶん船酔いが治まってもすぐに再発してしまうだろうから、薬を飲むなら2、3時間おきにずっと飲まなければならないだろう。
だったらおいしいほうがいい。
パイナップル果汁はビタミンも取れるし、ちょうどいいだろう。
「これをこの盃に1杯くらいずつみんなに飲ませてください。おそらく1刻ほどですぐにまた気持ち悪くなってくると思いますので、その度に飲ませてください」
「わかりました」
勘左衛門さんはほかに船酔いしていなかった善住坊さんを連れて酔い止めを飲ませに行った。
俺は甲板に出て海風に当たる。
吹き付ける風は強い。
帆船が進むにはいい天候だ。
明日にでも静岡のあたりまで行けるのではないだろうか。
しかし、駿河湾はなぁ……。
微妙なところなんだよね。
上陸するなら駿河湾からなんだけど、今の静岡は徳川武田北条と3つの家が国境を並べる場所だ。
どこから上陸するべきか迷う。
港を持っているのは徳川と北条か。
普通に考えたら織田と同盟を結んでいる徳川領から行くのがいいのだろうが、なんて説明して上陸したらいいのだろうか。
かといって北条の港だから織田ですって言って堂々と力押しで上陸するのもダメな気がする。
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