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76.信長との謁見
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「すごい、速いです!」
「ま、松、そなた、平気なのか?」
「なにがでございますか?」
「いや、船の揺れが……うぉぇぇぇっ」
松姫様を連れて岐阜に戻る俺達。
当然帰りも海路だ。
姫を連れて木曽路を歩くのは厳しいだろうからね。
木曽路はすべて山の中であるという小説の有名な一節があるけれど、今の時代は彼の文豪が過ごした時代の数倍山の中だろう。
湯治に行く時はいつもゆきまるの背中に乗るかテレポートだから俺は歩いたことはないんだけどね。
だけどどんなところかは空から見て知っているから、俺は歩きたくなかった。
ゲロゲロしているみんなには悪いと思っているけれど、旅費俺持ちだから仕方ないね。
どうやら松姫様も酔わないタイプのようで、甲板のヘリにしがみついて海に向かって摂取した栄養分を振りまいている勘九郎君の背中をさすっている。
色々と大変だったけれど、甲斐まで来て良かったかな。
「ぜ、善次郎、く、薬……」
「はいはい」
みんなもっと船に慣れたほうがいいと思うな。
海外では大航海時代なんだからさ。
「面を上げよ」
「「「ははぁぁ」」」
岐阜に戻った俺達は、真っ先に信長に謁見する。
まあ謁見を申し込むよりも先にお呼び出しがあったのだけどね。
嫡男を連れ出して敵国である甲斐までお出かけしてきたのだから当然だ。
しかも敵である武田の姫を一人連れて帰ってくるというおまけつき。
お得だね、とは言われないと誰もが予想している。
きっと怒られる。
織田家も一つに纏まっているわけではない。
愚かな行動をとったとして勘九郎君を廃嫡にしようとか言い出す人がいてもおかしくはない。
今の織田家は信長が強い権力を持っている状態だから、信長さえなんとかなれば重臣たちは従わざるを得ないだろうけどね。
皆息を飲み、信長が何を言うのか耳を澄ませる。
「まずは勘九郎。敵国である武田に数人の供回りだけ連れて乗り込んだこと、あっぱれであった」
「なっ、あ、ありがたきお言葉」
勘九郎君もまさか褒められるとは思っていなかったのか、少し戸惑う。
しかし信長の表情は険しい。
これは上げて落とすやつだな。
「しかし、勇敢と無謀を履き違えるでないぞ。いかに武勇に優れた者に近辺を固めさせても、数の力には敵わぬ。一騎当千の兵であっても、千の兵と実際に戦えば勝てぬ。そのこと、努々忘れるでないぞ?」
「はっ、肝に銘じておきまする」
勘九郎君は信長の強い言葉に冷や汗を流している。
一言一言言葉を発するたびに場の空気がビシビシと信長色に染められていくかのような迫力だ。
これがカリスマというやつなのかな。
気がつけば俺の額にも汗が浮かんでいた。
「して此度のこと、勘九郎が言い出したわけではあるまいて。誰が焚き付けた」
信長からの重圧が増したような気がした。
勘九郎君へのお叱りが弱いと思えば、今度はこちらですか。
まあそうですよね。
手柄は上司のもの、ミスは部下の責任というブラック企業スタイルが戦国時代のデフォルトですもんね。
まあ実際焚き付けたのは俺だ。
責任は俺にある。
そっちがその気なら織田軍なんて辞めて島に篭ってやるからな。
「お、俺が……」
「某です。若様に好いた女と結ばれるのを我慢することは無いと言うて焚き付けたのは某でございます」
「殿……」
俺を庇って名乗り出たのは、殿だった。
場合によっては切腹を命じられるかもしれないと言うのに、本当にお人好しな人だ。
俺を庇って殿が切腹して、それで俺は千代さんや清さんになんて説明すればいいんだよ。
だけど、殿はこういう人なんだよな。
良くも悪くも、血の通った武士。
信長にも、秀吉にも、家康にも無い温かさを持った武士だ。
俺は覚悟を決めた。
殿が切腹を命じられたら、信長を討つ。
岐阜城なんて難攻不落のダンジョンにしてやる。
世界中に洞窟型やタワー型のダンジョンを建てて、この世をファンタジーな世界に変えてくれるわ。
信長に代わって俺が魔王になってやる。
「ほう、そうか。お主、今禄はいくらだったかの?」
「はっ、4000石頂いております」
「よし、倍じゃ。8000に加増する」
「は?」
「もう下がって良いぞ」
「「「ははぁぁ」」」
俺が下克上を決意している間に、あっさりと信長と殿のお話が終わってしまった。
それも切腹どころか殿のお給料が倍になるという意味不明の結果になった。
誰も話についていけぬまま退出を命じられる。
俺の覚悟を返してくれ。
「あ、ちょっとお主。お主だけは残れ」
「はい?俺ですか?」
「お主じゃ」
「で、でも、作法に少しばかり自信がありません。無礼を働いてしまうかもしれません」
「そんなことはどうでもよい」
なんなんだよ、もう。
なぜか俺だけ居残りさせられることになった。
この時代は衆道といって男色が武士のたしなみとされていたそうだから、尻には気をつけないとな。
かくいう信長も戦国一の美少年と名高い勝三さんの弟の森蘭丸君とそういう関係だったのではないかと言われているからな。
俺は美少年でも美青年でもないから信長の好みからは外れていると思うんだけど、何の用なのかな。
「お主、いったい何者なのじゃ?」
「な、何者、と申されましても」
信長の言葉にドキリとした。
いや、ときめいたわけではなくね。
最近少し調子に乗って派手に動きすぎている気がしたんだよね。
でも山内家の人は能天気であまり突っ込んだことを聞いてこないから、感覚が麻痺していたのかもしれない。
そりゃあ今はそこそこの禄高の侍となった殿だけど、少し前まで数人の家臣を養うのがやっとの貧乏武士だったんだ。
その貧乏武士の家臣が、南蛮船をチャーターして山海の珍味から金銀財宝までの結納品を用意するなどは不可能だ。
「他家の忍というわけでもあるまい?なぜ勘九郎のためにそこまで金を使った?何が目的じゃ?」
矢継ぎ早に質問を繰り出す信長。
別にそれほど理由もなく勘九郎君を助けるためにお金を使った俺は、なんと答えたら良いのか分からない。
なんとなく、じゃあ納得してくれないんだろうな。
結納品もガチャや宝箱から出たそれほどレアでもないアイテムばかりだし、南蛮船も試運転がてら使っただけなんだけどな。
飴あげるから許してくれないかな。
「ま、松、そなた、平気なのか?」
「なにがでございますか?」
「いや、船の揺れが……うぉぇぇぇっ」
松姫様を連れて岐阜に戻る俺達。
当然帰りも海路だ。
姫を連れて木曽路を歩くのは厳しいだろうからね。
木曽路はすべて山の中であるという小説の有名な一節があるけれど、今の時代は彼の文豪が過ごした時代の数倍山の中だろう。
湯治に行く時はいつもゆきまるの背中に乗るかテレポートだから俺は歩いたことはないんだけどね。
だけどどんなところかは空から見て知っているから、俺は歩きたくなかった。
ゲロゲロしているみんなには悪いと思っているけれど、旅費俺持ちだから仕方ないね。
どうやら松姫様も酔わないタイプのようで、甲板のヘリにしがみついて海に向かって摂取した栄養分を振りまいている勘九郎君の背中をさすっている。
色々と大変だったけれど、甲斐まで来て良かったかな。
「ぜ、善次郎、く、薬……」
「はいはい」
みんなもっと船に慣れたほうがいいと思うな。
海外では大航海時代なんだからさ。
「面を上げよ」
「「「ははぁぁ」」」
岐阜に戻った俺達は、真っ先に信長に謁見する。
まあ謁見を申し込むよりも先にお呼び出しがあったのだけどね。
嫡男を連れ出して敵国である甲斐までお出かけしてきたのだから当然だ。
しかも敵である武田の姫を一人連れて帰ってくるというおまけつき。
お得だね、とは言われないと誰もが予想している。
きっと怒られる。
織田家も一つに纏まっているわけではない。
愚かな行動をとったとして勘九郎君を廃嫡にしようとか言い出す人がいてもおかしくはない。
今の織田家は信長が強い権力を持っている状態だから、信長さえなんとかなれば重臣たちは従わざるを得ないだろうけどね。
皆息を飲み、信長が何を言うのか耳を澄ませる。
「まずは勘九郎。敵国である武田に数人の供回りだけ連れて乗り込んだこと、あっぱれであった」
「なっ、あ、ありがたきお言葉」
勘九郎君もまさか褒められるとは思っていなかったのか、少し戸惑う。
しかし信長の表情は険しい。
これは上げて落とすやつだな。
「しかし、勇敢と無謀を履き違えるでないぞ。いかに武勇に優れた者に近辺を固めさせても、数の力には敵わぬ。一騎当千の兵であっても、千の兵と実際に戦えば勝てぬ。そのこと、努々忘れるでないぞ?」
「はっ、肝に銘じておきまする」
勘九郎君は信長の強い言葉に冷や汗を流している。
一言一言言葉を発するたびに場の空気がビシビシと信長色に染められていくかのような迫力だ。
これがカリスマというやつなのかな。
気がつけば俺の額にも汗が浮かんでいた。
「して此度のこと、勘九郎が言い出したわけではあるまいて。誰が焚き付けた」
信長からの重圧が増したような気がした。
勘九郎君へのお叱りが弱いと思えば、今度はこちらですか。
まあそうですよね。
手柄は上司のもの、ミスは部下の責任というブラック企業スタイルが戦国時代のデフォルトですもんね。
まあ実際焚き付けたのは俺だ。
責任は俺にある。
そっちがその気なら織田軍なんて辞めて島に篭ってやるからな。
「お、俺が……」
「某です。若様に好いた女と結ばれるのを我慢することは無いと言うて焚き付けたのは某でございます」
「殿……」
俺を庇って名乗り出たのは、殿だった。
場合によっては切腹を命じられるかもしれないと言うのに、本当にお人好しな人だ。
俺を庇って殿が切腹して、それで俺は千代さんや清さんになんて説明すればいいんだよ。
だけど、殿はこういう人なんだよな。
良くも悪くも、血の通った武士。
信長にも、秀吉にも、家康にも無い温かさを持った武士だ。
俺は覚悟を決めた。
殿が切腹を命じられたら、信長を討つ。
岐阜城なんて難攻不落のダンジョンにしてやる。
世界中に洞窟型やタワー型のダンジョンを建てて、この世をファンタジーな世界に変えてくれるわ。
信長に代わって俺が魔王になってやる。
「ほう、そうか。お主、今禄はいくらだったかの?」
「はっ、4000石頂いております」
「よし、倍じゃ。8000に加増する」
「は?」
「もう下がって良いぞ」
「「「ははぁぁ」」」
俺が下克上を決意している間に、あっさりと信長と殿のお話が終わってしまった。
それも切腹どころか殿のお給料が倍になるという意味不明の結果になった。
誰も話についていけぬまま退出を命じられる。
俺の覚悟を返してくれ。
「あ、ちょっとお主。お主だけは残れ」
「はい?俺ですか?」
「お主じゃ」
「で、でも、作法に少しばかり自信がありません。無礼を働いてしまうかもしれません」
「そんなことはどうでもよい」
なんなんだよ、もう。
なぜか俺だけ居残りさせられることになった。
この時代は衆道といって男色が武士のたしなみとされていたそうだから、尻には気をつけないとな。
かくいう信長も戦国一の美少年と名高い勝三さんの弟の森蘭丸君とそういう関係だったのではないかと言われているからな。
俺は美少年でも美青年でもないから信長の好みからは外れていると思うんだけど、何の用なのかな。
「お主、いったい何者なのじゃ?」
「な、何者、と申されましても」
信長の言葉にドキリとした。
いや、ときめいたわけではなくね。
最近少し調子に乗って派手に動きすぎている気がしたんだよね。
でも山内家の人は能天気であまり突っ込んだことを聞いてこないから、感覚が麻痺していたのかもしれない。
そりゃあ今はそこそこの禄高の侍となった殿だけど、少し前まで数人の家臣を養うのがやっとの貧乏武士だったんだ。
その貧乏武士の家臣が、南蛮船をチャーターして山海の珍味から金銀財宝までの結納品を用意するなどは不可能だ。
「他家の忍というわけでもあるまい?なぜ勘九郎のためにそこまで金を使った?何が目的じゃ?」
矢継ぎ早に質問を繰り出す信長。
別にそれほど理由もなく勘九郎君を助けるためにお金を使った俺は、なんと答えたら良いのか分からない。
なんとなく、じゃあ納得してくれないんだろうな。
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