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兎屋亀吉

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77.信長という侍

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「な、何者と申されましても。人間でございますが」

 と小粋なおとぼけを挟んでみるも信長は鼻息一つ漏らさない。
 真顔だ。
 月代刈り込んだおっさんの真顔って信じられないくらい怖いんだね。

「そのような巫山戯た問答に付き合うつもりはない。百歩譲ってお主がどこの誰であるか、なぜそのように金を持っておるのかは問わぬ。肝心なのはお主がワシの敵であるかどうかよ」

「はぁ……」

 なぜだか溜息が出た。
 信長の前なのに。
 だが溜息を吐きたくもなるというものだ。
 敵か味方か、そんなことを聞いてどうするんだ。
 敵だったら殺すのか?
 その考え方がまず嫌いだ。
 確かに信長は敵が多いから、織田に入り込んだ外敵を排除する必要があるのかもしれない。
 だけど、もっとやり方というものがあるだろう。
 信長はそういうデリケートな気遣いができないんだよな。
 謀反を起こしちゃう家臣の気持ちがよくわかるよ。
 信長という男は確かに人を惹きつけるカリスマと知略を兼ね備えた英雄中の英雄なのだろう。
 だが同時に、話していると無性に謀反が起こしたくなる魔力のようなものも持ち合わせているのだと思う。
 俺も勇者ミツヒデのことも笑えない。

「言え。敵か、味方か」

「敵って言ったらどうなるんですか?」

「知れたことよ。斬る」

 壁のからくり扉が回転し、数人の刀を持った男たちが入ってくる。
 壁の向こうに人の気配がするのでどうなっているのかと思えば、隠し部屋というやつか。
 まあどこの馬の骨とも知れない奴を信長と二人きりにするわけはないよな。
 仕方がないこととはいえ、今この状況ではそれすらも無性に腹が立つ。
 仕事に私情を持ち込むなというのが口癖の先輩を思い出した。
 まあその先輩は典型的な意識高い系だったのだけれど、信長はリアルガチだ。
 感情を無くし、ただ冷徹に判断を下すだろう。
 本当に、ムカつく侍だ。
 
「刀を突きつけて、敵か味方か尋ねるなんて無粋だと思いませんか?」

「酔狂で侍やっとるわけじゃないんでな」

 酔狂でやってるんじゃないならなんでやってるんだよ。
 何が楽しくてこんな殺し合いを続けているというのか。
 やっぱり信長とは、決定的に気が合わないな。
 1%も信長の気持ちがわからないもの。
 敵か味方かで言ったら、やっぱり敵かな。
 消極的敵。

「やっぱり味方は無いです。敵か味方という選択肢しか無いのならば、敵ですね」

「やれ」

「「「はっ」」」

 刀を抜いた男が斬りかかってくる。
 積極的に敵対する気はなかったのだが、信長はよほど俺のことが嫌いと見える。
 俺も信長が嫌いだけどね。
 両想いになれて嬉しいね。
 俺は刀を抜かずにゆっくりと待ち構えた。
 信長の敵となったからといって、信長が殺したいほど憎いわけでもない。
 ましてやその部下なんて、顔も見たことが無い人ばかりだ。
 殺すことはしない。
 俺は斬りかかってきた男たちの背後にテレポートし、一番後ろにいた男の肩と股関節をすばやく外す。
 
「ぎゃぁぁぁぁぁっ」

 勘九郎君の取り巻きだった侍たちにもやったことのある技だけど、関節を無理やり外されるのはメチャクチャ痛いらしい。
 でも後できちんとはめれば俺の使える武術の中ではこの技が一番怪我が少なく済むのだ。
 悪いが痛みは我慢して欲しい。
 男たちは俺が背後に移動したことに気がついたのか、振り返り俺を包囲するような陣形に組み替える。
 しかし俺はまたも背後にテレポートする。
 またひとり、地を這い痛みに絶叫する。

「ぐぁぁぁぁぁっ」

「なんなんだ!なんなんだよこいつ!!」

 どう見ても一瞬で背後に移動している俺を前に、男たちも狼狽え始める。
 
「敵だったらどうするんでしたっけ?斬る?だったかな。人一人斬るのにどれだけかかるんですか?ねえねえ」

 ちょっと煽りがすぎるとは自分でもわかっているのだが、信長を前にするとなぜか挑発するようなことを言ってしまうのだ。
 なんかの呪いでももらってるんじゃないのかね、信長。

「さっさと仕留めぬか!」

「わ、わかっております!」

 もはや武士の誇りも何もかも捨てて俺を捕らえようとルパンダイブしてくる男たち。
 そんな男たちに俺は、サンダーを放つ。
 バチンと空中に放電現象が起こり、男たちが感電する。
 場内に敷かれた畳の上に倒れてビクンビクンと痙攣する男たち。
 一応脈を確認する。
 死んでないね。
 よかった。
 サンダーを人に向けて放ったのは始めてだから加減がわからなかった。
 ちょうどよく気絶させることができたようだ。

「面妖な技を使う。お主、もしやアヤカシの類いか?」

「人間ですよ。正真正銘のね」

「ならば妖術使いといったところか。ぬかったな、ワシもこれまでか。辞世の句を考える。しばし待て」

 まるでこうなることがわかっていたかのように落ち着き払った様子の信長。
 何から何まで苛つく男だ。
 まるで人生なんかゲームだとでも思っているかのようだ。
 侍こじらせると一周回ってゲーム脳になるのだろうか。

「命が惜しくないのですか?」

「惜しいな。もう少しで天下が取れたものを。あと5年、いや、3年あったら……」

 決定的な価値観の違い。
 それが人を苛つかせる原因なのだろうな。
 人は自分と違うものを無意識のうちに拒絶する。
 信長は未来人である俺どころか、この時代の人とも価値観が違いすぎる。
 理解できないから、否定する。
 何を言っているかわからないから、とりあえず否定する。
 そうやって否定され続けてきたから、きっと信長は自分以外をそういうものだと思っているのかもしれない。
 しかしその態度が、更に周りの人々の心を逆なでする。
 気がつけば誰も信長を理解しないし、信長も誰にも理解されようとしない。
 俺も、そんな信長の周囲の人たちと同じなのだろう。
 理解できないものを前に、とりあえず否定している状態。
 しかしそれはそれで、なぜだか腹がたった。
 今日は腹が立ってばかりだ。
 もう反抗期という歳でもないのにね。
 だが今度の苛立ちは、自分に対してのもの。
 大勢の信長の取り巻きたちと、同じことをしている自分への怒り。
 侍はすぐに刀を抜くと皮肉を言う俺が、いつの間にかすぐに力で解決しようとするようになってしまっていることへの焦り。
 そういった感情を飲み込み、俺は口を開く。

「あんた、何がしたいんですか?」

 まずは相互理解が大切だ。


 
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