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兎屋亀吉

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98.ダンジョンと滝川一益

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 現在の蟹江城主は滝川一益だった。
 滝川一益といえばまだ織田家と信長がここまで強大になる前の早い段階から信長に仕えていた生え抜きの重臣だ。
 信長と一緒に成り上がってきた男。
 そして慶次の生まれである滝川家の当主でもある。
 浅井・朝倉攻めの折には殿と慶次と一緒に挨拶にいったこともあり、俺はその顔を覚えていた。
 気だるそうにはしているものの、できる男って感じの顔だ。

「しかしこれ、本当になんなのだろうな。建物だとは思うのだが」

「これ見よがしに入り口がありますな」

「入ってみるか」

「危険です。某がまず安全を確かめて参ります」

「ワシが臆病者に思われるであろうが。みんなで入れば良いではないか」

 滝川一益は家臣とすったもんだの押し問答をした後、強引にダンジョンの入り口に入っていった。
 そんな一益さんを追いかけて家臣たちもダンジョンに入る。
 蟹江ダンジョン第1階層は迷宮となっている。
 入り組んだ道が延々と続く迷路だ。
 きちんとマッピングして正しい道を選び続けなければ上の階層へと続く階段にはたどり着けない。
 迷路の道幅は陣形を組んで刀や槍を振り回せるように7メートルくらいとってある。
 天井は20メートルほどだ。
 これだけ広ければ、武器をうまく振り回せずにゴブリンに殺されることも無いだろう。
 あくまでもこの塔の一番の目標は米を持って帰ってもらうことだ。
 もっと貴重なものが手に入る上の階層の難易度はもう少し上げてもいいかもしれないが、第1階層の難易度は普通の農民に合わせてある。

「なんとも不思議な建物ですな。全て石でできているようです」

「お前たち気が付いたか?どう考えても外から見たときより中が広い」

「そういえば、そうですな」

「まさか、ほ、本当に神仏の……」

「そうかもな」

「「「ひぇぇぇぇっ」」」

「まったく、情けない奴らだ」

 一益さんはビビる家臣たちに呆れた顔をしながらも、先ほどから刀の柄に置いた手を放そうとしない。
 武士はみんな見栄っ張りだね。
 一益さんたちは適度にビビりながらも順調に進み、最初の分かれ道に到達する。

「道が分かれておる。どちらに行くか」

「右も左も全く同じ道に見えますな」

「殿の勘に頼りましょうぞ」

「ワシの勘はそれほど当たらんのだがな。大殿の出世に賭けたときに全ての運を使い果たしてしもうたからの。まあそれを言うたらお前たちも一緒か。こっちに行くぞ」

「「「はっ」」」

 一益さんたちは右を選んだ。
 正解は左でした。
 右は行き止まりなんだ。
 はずれというわけではないんだけどね。
 上の階層に向かうためには左を選ばなければならないのだけれど、右には米の入った木箱とそれを守るメカゴブリンを配置してある。

「なっ、なんじゃこいつはっ!」

「油断するでない!!刀を抜け!!囲んで袋叩きにするぞ!!」

「しっ、しかし殿!こいつは鬼ではありませんか!?」

「それがどうした!!鬼も切れんようでは織田軍でやっていけぬわ!!」

「「「は、はっ」」」

 家臣の人たちは醜悪な小鬼の姿をしたメカゴブリンにひるんでいたようだが、一益さんが一喝することで戦意を奮い立たせた。
 鬼切れないと織田軍ってやっていけないんだね。
 俺はちょっと無理かな。
 
「やぁぁぁぁっ!」

 だが正直言って1階層にいるメカゴブリンはそれほど強くない。
 いや、今のメカゴブリンは総じて強くない。
 メカゴブリンの中に搭載されている人工知能の戦闘経験がまだゼロだからね。
 人工知能はこれからすべての戦闘の経験を最上階の本体ユニットに蓄積し、それを元に各階層のユニットの戦闘能力を設定していくのだ。
 1階層はそれほど強くするつもりも無いが、今よりは手ごわくなる予定だ。
 それに比べて今のゴブリンはまっさらな状態なので、簡単に倒せる。
 最初にダンジョンに潜った勇気ある人へのファーストアタック特典も兼ねているのだ。
 まさか最初が武士になるとは思ってもみなかったからね。
 ゴブリンは研ぎ澄まされた刀の前に一刀両断された。

「なんじゃこいつ、案外弱いな」

「殿っ、こちらをっ!」

「これは、米?どうなっておるのだ」

 ゴブリンが守る行き止まりの通路の一番奥には、木箱に並々と入った米が置かれている。
 本当は宝箱の空き箱に入れたかったのだけど、あれは山内家から売り出しちゃっているからね。
 同じ箱がダンジョンの中で見つかったら山内家の関与を疑われてしまいそうだからやめた。
 適当な木箱を作って、そこに色々入れることにしている。
 上の階層に進んだらもう少し高級感のある箱でもいいと思うけどね。

「化け物を倒したら米が手に入る、か。これはもしや、神仏の試練なのではなかろうか」

「試練、でございますか?」

「そうだ。このような高い塔だ。まだまだ上があるのであろう。ここでは米が手に入ったとなれば、上で手に入るのは米以上のものに違いない。だが、化け物も強くなる。そんなところだろうな」

「そのようなことが、本当に……」

「わからんさ。あくまで俺の推測だ。だが、実際に化け物を倒したら米が手に入ったではないか。そのようなこともありえるのではなかろうかと思ってな」

 すごい、すごいよ一益さん。
 すべて正解だ。
 さすがは織田の勝ち馬に早乗りしただけのことはある。
 
「しかしこれは、大殿にはなんと報告したらよいものか。領民への説明もある」

「いっそ領民に塔に入ることを許可してはいかがでしょうか。年貢と同じように一定量を税として供出させたらいかがです」

「税か。反発がありそうだがな」

「塔に入るものを補助してはいかがですか?武具を貸し出したり、怪我をしたものを医者や薬師に診せたり」

「さすらば領民も税を払うのは仕方がないと思うかもしれませぬな」

 なかなか面白いことを考える。
 それはまるで、冒険者ギルドのようではないか。
 俺は誰でも勝手に入って勝手に米でも金でも取ってこられる施設を作ろうと思っていたのだが、よく考えたらそんなもの侍が放っておくわけがない。
 侍と平民とダンジョンの関係は、一益さんの部下が提案した冒険者ギルドのような関係が一番理想なのではないだろうか。
 これが前例となってくれれば、他でダンジョンを作っても同じように侍が管理するかもしれない。
 信長に言われて蟹江に最初にダンジョンを作ってよかったな。

「それでいくか。では塔に入るものを管理するための関所を塔の前に設け、そこで武具を貸し出し怪我人の手当てをすることにいたす。武具を持ち逃げされぬように厳重に管理せよ」

「はっ」

「して、大殿への報告はいかがしたものか……」

「それは……ありのままを報告するしかないかと」

「それもそうだな。早馬を出せ。至急視察の使者をよこして欲しいと伝えろ」

「かしこまりました」

 一益さんご一行はすぐにダンジョンを出て、入り口の前に関所を造り始めたのだった。


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