チートをもらえるけど戦国時代に飛ばされるボタン 押す/押さない

兎屋亀吉

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104.鳴かぬなら食べてしまおうホトトギス

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 勘九郎君発殿経由で伝わったなんとかせよというアバウトな命令により、俺はなんとかせねばならなくなった。
 しかしなんとかせよとは具体的に何をどうしろという意味なのか。

「何か暇つぶしがしたいんですか?」

「いや、ダメだ。そのようなことをしていては、見張りの兵に申し訳が立たん」

 見張りの兵はそれが仕事なんだから別にいいと思うんだけどな。
 しかしそれが勘九郎君の持ち味でもあるか。
 信長は頭が切れて人の行動を読むのが上手いが、人の気持ちを軽んじるところがある。
 ありていに言えば人望がない。
 カリスマと力だけでここまで多くの家臣を従えているのは素直に凄いと思うが、相手の立場を慮るとかすればもっと謀反とか減ると思うんだ。
 その信長に足りない人の心への配慮というものが、勘九郎君の持ち味だ。
 下々の者は当然自分たちに良くしてくれる人についていきたいと思う。
 この人に付いていけば新しい世界が見えそうだと思わせるような信長のカリスマ性に勘九郎君が培った誠意が加われば天下の道も磐石だろう。

「で、具体的には何をどうなんとかすればいいんですか?」

「長島城を開城させよ」

「そんなムチャクチャな……」

 開城させるために今包囲しているんじゃないか。
 もはや降伏は時間の問題だろう。
 1日や2日では無理だと思うが。

「そんなに悩むことはない。私も本気で言ったわけではない。ただ、もっと早く開城させる方法は無いものかと思ってな」

「うーん、火でも放てばあるいは……」

「父上が兵糧攻めだと言っておるのに先走れるわけなかろう。虚け者と謗られるわ」

 確かにここで勝手な行動を取れば信長の息子のくせに功を焦った愚か者と後ろ指を差されることだろう。
 ならば兵糧攻めの姿勢は変えることはできない。

「で、あるならば……」

 そろそろ長島城内では薪が切れるころだろう。
 すでに城を壊して薪としている頃かもしれない。
 食料はまだあるだろうが、ろくなものではないだろう。
 食べ物に対するストレスが溜まっていると予想できる。
 ならばやはり、外で美味しいものをなるべく美味しそうに食べるのが一番精神的にダメージを与えられるはずだ。
 何かいい匂いのする料理。
 それで奴らの精神を瓦解させる。

「勘九郎様、ちょっと願証寺で手に入れた食料を見せてもらってもいいですか?」

「何か思いついたのか?」

「いやまだ食材を見てみなければ分かりませんが、やってみるだけなら美味しいだけなんで」

 俺は食料がうずたかく積まれた天幕に入り、物色する。
 長島にある本願寺系列のお寺、願証寺に攻め入って手に入れた食料は膨大だ。
 しかし飢饉の起こっている土地で、よくこれだけ溜め込めたものだ。
 坊さんたちの欲も果てしないな。
 きっと今頃長島城の中でも同じように農民たちが干し飯を齧って飢えをしのいでいる中、坊さんたちだけはまともなご飯を食べていることだろう。
 同じ城で生活しているのだから、それはきっと隠しきれない。
 外からいい匂いがし、中からもいい匂いがする。
 農民たちはまだ坊主を敬っていられるだろうか。

「お、いいものがあるな」

 木箱に入った四角くてプルプルとした食材。
 こんにゃくだ。
 未来的なプルプル食感で作り方もちょっと複雑なこんにゃくだが、その歴史は意外と古い。
 こんにゃく芋自体が日本列島に渡来したのは縄文時代だといわれている。
 そして鎌倉時代にはすでにこんにゃくとして食べられていたらしい。
 この時代では一般的な食材として庶民の口にも入る。
 信長は派手なこんにゃくが食べたくて赤いこんにゃくなんてものも作らせており、岐阜ではたまに見かけるショッキング食材だ。
 このこんにゃくは赤くない、ちょっと安心。
 こんにゃくを使ったいい匂いのする料理で俺の頭の中に思い浮かんだのは、山形県の伝統料理であるあれだった。
 こんにゃくと里芋、ネギ、あとは何か肉があればいいのだが。
 お寺さんから奪ってきた食料だから、さすがに肉は無いようだ。
 本来なら牛肉を使うのだが、この時代では牛肉も期待できそうにはない。
 暇そうな侍に銭でも渡してイノシシでも狩ってきてもらうとするかな。






 暇を持て余した慶次が狩ってきたイノシシによって、肉の問題は解決された。
 慶次、見ないと思ったらさらっとサボっていたとは。
 しかし助かったのも確かだ。
 怒りづらい。
 仏教徒の多いこの時代には、獣の肉を食べることはあまり推奨される行為ではない。
 しかしそれは表向きはということだ。
 イノシシ肉を牡丹肉と言うが、それは単に牡丹の花びらに似ているという理由だけではない。
 自分が食べているのは牡丹であり、獣の肉ではないという言い訳の意味もあるのだ。
 他にも鯨は魚だから食べてもいいという謎の解釈になぞらえて、山鯨などと呼んだりする。
 食料不足なのに宗教上の理由で食べ物を選り好みするというのは馬鹿らしいと俺は思うが、宗教が心の拠り所でもあるわけだから複雑だ。
 生まれが裕福で敬虔な仏教徒だったりすると本当に食べないが、そういう人は稀だ。
 貧乏経験のある侍は大体獣の肉で育ってきている。
 そこまで抵抗がある人は少ないはずだ。
 俺は慶次が解体してくれたイノシシの肉を良く切れる短刀で薄く切っていく。
 大量に作ろうと思うと、俺一人では作業が追いつかない。
 山内家のみんなを呼んで手伝ってもらう。

「何をすればいいのですか?」

「とにかくこの里芋とネギ、こんにゃくを刻んでください」

 大鍋がいっぱいになるくらいに具材を入れなければあの料理は美味しくない。
 俺達は無心で食材を刻んでいった。





「はぁ、やっと鍋がいっぱいになったな。これであとはどうするのだ」

「あとは調味料を入れてグツグツ煮れば完成です」

「まだ食えんのか。先は長いな」

 殿はすでに腹が減っているのか残念そうだ。
 俺もお腹が空いてきた。
 さっさと煮込むとしよう。
 酒、砂糖、醤油をドボドボと注ぎ込む。

「あぁ、酒を入れてしまうのか。もったいないなぁ」

「まあまあ、料理を美味しくするためだよ」

 慶次は料理に酒を入れるというのがショックだったのか、悲しげな顔をしている。
 申し訳ないけれど酒に含まれる穀物の旨味やアルコールの力がこの料理には必要なんだ。
 火にかけ、1時間ほどしたあたりでグツグツと煮立ち始める。
 大きな鍋だと沸騰するのにも時間がかかるな。
 辺りには暴力的な匂いが漂い始めた。
 里芋に竹串を刺して煮え具合を確かめる。
 
「よし、肉と刻みネギを入れよう」

 俺はネギは大きく切ったものを甘味が出るまで煮たものとフレッシュな香り立つ刻みネギ、別々に入れたものが好きなんだ。
 肉に火が通れば完成だ。

「慶次、味見してみてよ」

「お、待ってました」

 木の椀に少しだけ盛った料理を、慶次に差し出す。
 慶次はハフハフと熱々の里芋を頬張る。

「うめぇ」

 それだけ言うと慶次は勝手におかわりして食べ始めた。
 まあ美味しいのならいいさ。
 あとはこの料理を、城を囲む各地で作ってもらえば。
 芋煮攻めといこうか。


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