チートをもらえるけど戦国時代に飛ばされるボタン 押す/押さない

兎屋亀吉

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103.一を知り十を悟る者

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 頭の良い勘九郎君は親子丼を食べて世の無常を知った。
 すなわち親鳥の肉とその卵を一緒に料理することが残酷だと感じるのは人間から見た価値観であり、鶏から見れば殺され食べられることは等しく残酷であると。
 そしてそれは鶏以外も同じこと。
 すべての生き物が全力で生きている。
 生きるために食らい合っている。
 戦乱ばかりのこの人の世もまた、食らい合いだ。
 別の視点からの価値観が必要になる。
 物事はある一面から見ただけでは凝り固まった価値観しか得ることができない。
 様々な視点からの価値観を想像する力こそが、これからの世を変えていくために必要なことなのだということを勘九郎君は親子丼から学んだ。
 親子丼は美味い。
 冒涜的なほどに。
 多くの人がそれを食べれば、これからの世では親鳥の肉と卵を一緒に料理して食べることを残酷だとは思わなくなるだろう。
 同じように『人から物を奪ってはならん』『人を殺してはならん』というような常識が人々に根付けばいずれ、泰平の世が訪れるのではないか。
 勘九郎君は親子丼を食べ終わった後、俺達にそう語った。
 俺は感動して涙が出そうになった。
 まさか親子丼を食べさせてその発想が出てくるとは思わなかったが、なんにせよこれは良い変化だ。
 本能寺の変が起きなければこれからの世を背負って立つであろう勘九郎君の中に、その思想が芽生えたのは僥倖と言っても過言ではないだろう。
 本当に頭の良い人の発想力には驚かされる。
 勘九郎君の中ではなにやら泰平の世への大望がグツグツと煮え立つように湧き上がっているようで、戦を前にした緊張もすでに無い。
 もう心配はいらないと思うが、俺達は勘九郎君が流れ弾に当たるとかいうくだらない死に方をしないように頑張って守ろう。





「構えぇぇっ!狙えぇぇぇっ!!撃てぇぇぇっ!!!」

 数百丁もの火縄銃がほぼ同時に発砲され、大きな銃声が鳴り響く。
 やはり火縄銃の怖さの一つはこの音だ。
 この音が鳴れば誰かが死ぬ。
 その事実は最前線で戦う者たちに大きな恐怖を与える。
 脳に恐怖が刷り込まれる。
 銃の脅威をみんなが認識する。
 そうなったとき、ずらりと並べられた銃口から逃げずにいられる者など皆無だ。
 もはやこれは蹂躙と言ってもいい代物だった。
 号令を出した河尻さんも苦い顔をしている。
 
「こ、降伏だ!降伏する!!」

「頼む、撃たないでくれ!」

「死にたくねえ!!」

 火縄銃の掃射を二度繰り返すと大半の一揆勢は長島城に逃げ込み、逃げることもできなかった人たちは降伏した。
 史実とは違い、信長から降伏する者も斬れという命令は受けていない。
 俺達は降伏を受け入れた。
 しかし侍ならともかく指揮権も無いただの農民が降伏してきてもそれほど意味は無い。
 捕虜にしても仕方が無いので身ぐるみ剥がされて裸で放り出されることになる。
 今は夏なので運が良ければ死にはしないだろう。

「ふぅ、なんとも一揆との戦は後味が悪い」

「そうですな。しかもこちらには鉄砲がある。これでは虐殺ですよ」

「しかもまだこれから長島城の兵糧攻めが残っていますし」

「兵糧攻めは包囲するほうも根気がいりますからな」

 鉄砲を持った兵をずらりと一列に並べ一斉に放つ信長の鉄砲隊には、もはや個人の武勇が介入する余地は無い。
 破ろうと思ったら同じく鉄砲を並べての撃ち合いか、大砲でも持ってこなければならないだろう。
 自軍の被害を考えないのならば、圧倒的な数で押し切るという手も取れるだろう。
 しかしどれも一揆勢に取れる手ではないし、それを指揮する人も向こうにはいない。
 おまけに武具も、銭の力で鉄を大量購入できる織田よりも数段劣る。
 正直言って信長の領地は税が高い。
 長島の住人は信長に税を納めているわけではないが、彼らの言うことにも一理くらいはあるのだ。
 お坊さんたちが自分を棚に上げすぎなのを除けばほんの一理くらいは。
 しかし残念ながら信長は下々から吸い上げた税の力によって兵を雇い銃を買い、どんどん強くなる。
 干上がった農民と税を吸って大きく膨れ上がった信長、勝負は火を見るよりも明らかだ。
 そしてこれからその税で買った兵糧を、飢えた一揆を包囲しながら美味そうに食べなければならないと思うと胃がずんと重くなって食欲が無くなる。
 早く生臭坊主なんて見限って降伏してくれ。
 蟹江のダンジョンに潜れば米なんていくらでも手に入るはずだ。
 なにせ俺は1000万人分の米を用意しているのだ。
 沖ノ鳥島のダンジョン地下第3階層ではスケルトンさんたちが次の米のための育苗も初めてくれているだろう。
 豆と麦のために階層も1つ増やした。
 順当にいけば奪わなければ食べられない時代は早々に終わりを告げるだろう。
 次に来るのはダンジョンに潜って宝を探す夢とロマンに溢れた時代、大冒険時代だと俺は信じている。
 生臭いお坊さんの言うことを信じていては時代に乗り遅れてしまうよ。





 伊勢長島城に集まった織田の各方面軍は、城をびっしりと包囲した。
 ネズミ1匹逃げ出すことはできないというほどの包囲網だ。
 包囲した後は別段やることは無い。
 まだまだ城の中には兵糧があるので敵も打って出ようという決死の覚悟はできていない。
 時折飛んでくる強弓自慢の超遠距離射撃にうっかり射抜かれないように適度に警戒して待機するだけだ。
 すでに包囲してから10日ほどは経っているので、織田側も気の緩みが出てきている。
 酒を飲んでいる人も結構いるようだ。
 まあ包囲していることに意味があるのであって、別に文句は言わないけどさ。
 ひょろひょろの矢に当たって死んでも知らないよ。

「伊右衛門、暇だ」

「奇遇ですね、ワシもです」

 殿と勘九郎君は共に死んだような目で長島城を見つめ続けている。
 2人とも職務には真面目なタイプだからずっと長島城を見張っているのだ。
 もうちょっと気を抜けば良いのに。
 他の侍のように酒を飲んで騒ぐというのは感心しないが、暇つぶしに何かするとかね。

「伊右衛門、なんとかせよ」

「善次郎、なんとかせよ」

「えぇ、ここでそれですか!?」

 まさかのたらい回し命令がまた発令されてしまった。
 そんなこと言われたって篭城した人を引きずり出す作戦なんて思いつかないよ。


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