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013話 旅立ち
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『旅立つ前に、ちょっと友達に旅立ちの挨拶をしに行ってくるよ』
「わかりました。私はお家で待ってますね」
僕は、晴れて引きこもりを卒業してフィリーネと一緒に旅に出るので、ミルムとエグラントとついでにアーダルベルトにも、挨拶に向かう。
エグラントは相変わらずぐつぐつ煮え立つ溶岩洞窟に住んでいる。前は壁から入ったけれど、本当の入り口は山の反対側にある。
『エグラント、僕、ラビっていう名前を付けてもらったんだ』
『へぇ、ラビか、助けたエルフに付けてもらったのか。いい名前だと思うぜ』
『ありがとう。それと、僕は旅に出るよ』
『そうか、お前はすぐに家に帰ってきそうだな。宿が気に食わないとかどうでもいい理由で帰ってきて、しまいには家から通うとか言い出しそうだ。なるべく帰ってくるなよ』
エグラントも僕のことがだんだん分かってきたらしいな。厄介だな。
『そんなに簡単に帰ってこないよ』
『そんなにってどのくらいだ?週1で帰ってきたりするのは旅とは言わないんだぞ』
『わかってるって』
『それが分かってればいいんだよ。気をつけてな』
『ありがとう』
全然しんみりしないな。魔物は長命だし、これが普通か。100年や200年は瞬きするようなものだ。
次はミルムだ。
ミルムの巣に向かう前にアーダルベルトに遭遇した。
『昨日までの俺様と思うなよ!』
いや昨日会ってないから知らないけどね。
僕は適当にあしらっていつもより戦闘を長引かせて話せるタイミングを探る。
『ふ、強くなっている!俺様は確実に強くなっているぞ!!』
しまった。僕の動きがいつもより悪いんで、自分が強くなったと勘違いさせてしまったようだ。まあ確かに強くなっているけれど。
『ああ、確かにお前は強くなっているよ。気づいていないかもしれないけれど、お前は最初に会った時より数倍強くなっている』
僕がそう言うと、アーダルベルトの動きが止まった。
『そうか、強くなっている…か。いつまで経ってもお前に勝てないので俺様は全然強くなっていないと思っていたが、そうか、俺様は強くなっていたか』
アーダルベルトは、急におとなしくなって、素直に今までの負けを認めた。こいつに会ってから初めてまともに話ができた気がした。
こいつはただ、誰かに認めてほしかっただけなのかもしれない。
『お前は強いよ。僕が保証する。改めて名乗ろう。僕にも名前が付いたんだ。僕の名前はラビ。一瞬だけ本気で相手してやる。来いよ』
『我が名はアーダルベルト!!いざ尋常に勝負!!!』
そうして僕は変化を解いて、アーダルベルトに初めて会ったときと同じように、本気でアーダルベルトを叩きのめした。
『ははは、認めよう。俺様の負けだ。やはりお前は強いな』
アーダルベルトは僕の魔法に打ちのめされてでろんととろけているし、基本ぷるんぷるんなので、表情など分からないのだが、確かに笑っているように見えた。
『僕はこれから旅に出る。次に戦うのはしばらく後になるだろう。そのときまでにどれだけ強くなっているのか期待しているよ』
そう言い残して、僕はミルムの巣に向かう。
アーダルベルトはしばらくその場にでろんととろけていた。
アーダルベルトにも挨拶できたし、最後はミルムに挨拶する。
『森を出るんだね』
『うん』
ミルムは僕が森を出ることを予想していたようだ。
『ミルム、僕も名前を付けてもらったんだ。ラビっていう名前だよ』
『エルフの女の子につけてもらったんだね。おめでとう。いい名前だと思うよ』
『ありがとう』
『ラビが旅立っても、あの家は掃除しておくからね、いつでも帰ってくるといいよ』
『エグラントは帰ってくるなって言ってたよ。お前はすぐ帰ってきそうだからって』
『ははは、確かに君は言われなくてもすぐに帰ってきそうだ』
『それじゃあね』
『ああ、いってらっしゃい』
最後にミルムは人型に変化して僕のことを抱きしめてくれた。
『じゃあ行こうか』
「ラビさんのお友達ってどんな方なんですか?」
『大きな蛇とドラゴンとぷるんぷるんだよ』
「意外とお友達多いんですね」
地味に傷つくよ。確かにいままで転生してきてこんなに友達ができたことはない。ひとつの世界に一人友達がいればいい方だったからね。そんなにぼっちオーラが出てたかな。
僕は変化を解いて尻尾でフィリーネを掴んで背中に乗せる。
『しっかり掴まっててね』
「はい」
森の入り口までは転移でも行けるのだけれど、せっかくなのでフィリーネと空中散歩を楽しみながら人間の町の近くまで行こうと僕が提案したのだ。
僕はいつもよりゆっくりと、フィリーネに負担がかからないように気をつけながら、空へと駆け上がっていく。
「わぁ、空を飛ぶのってすごく気持ちいいんですね」
『病み付きになっちゃうよね』
フィリーネは怖らず、逆に楽しんでいるようだ。フィリーネが高所恐怖症じゃなくてよかった。
フィリーネの話では、森から1日ほどの距離にランツという小さな町があると言っていた。意外と近いところに人間が居たんだな。
ただ、普通の人間は森に入ると生きては帰れないので、ベテランの高ランク冒険者ですら浅い森の入り口付近で狩りをするそうだ。
今思い返してみると、僕がここまで成長できたのは運が良かったとしか思えないな。兄弟たちは生き残れただろうか。
僕がそんなことを考えていると、森が開けて街道のようなものが現れた。
僕は人間に見つからないように街道から離れて飛ぶ。もう少しで人間の町だ。今更だけど緊張してきた。人間の町ということは人間がたくさんいるということだ。正直怖い。
しかし、落ち着け僕。今の僕は人間の魔法使いでも、子虎でもない。ドラゴンすらも倒した亜神だ。僕は必死に自分を落ち着かせる。
よし、大分落ち着いたな。
「人間が怖いんですか?」
『ほんのちょびっとだけね』
「分かりますよ。私も、人間は怖いですから」
エルフの女の子が一人で旅をしてきたのだ。彼女も色々と怖い目にあってきたのだろう。
「でも私は、それ以上にラビさんとの旅がとても楽しみなんです」
『僕もだよ。もう怖くなくなった』
ああ、もうすでに楽しい。そうだ、人間のことなんて些細なことだった。フィリーネとの旅を楽しむのが一番重要なことだ。
僕とフィリーネは談笑しながら空を駆けて、やがて街道の近くに下りた。
人間の町が近いので、ここからは歩きだ。
「ランツの町に入るときは、ラビさんを私の従魔として登録しようと思っています。よろしいですか?」
彼女は少し申し分けなさそうに僕に聞いてきた。
『もちろんいいよ。人間の町に野良の魔物は入れないもんね』
僕はフィリーネに町に入ってからどうすればいいかなどを聞きながら、門の前の行列に並んだ。
すると門から衛兵が近づいてきた。
「Aランク冒険者のフィリーネだな?」
「はい、そうですが」
「領主様より、エルフの薬師フィリーネが来たら急いで通すようにと通達されている。こっちから入れ」
そう言って衛兵は関係者以外立ち入り禁止っぽい入り口から通してくれた。
「あの、この魔物を従魔に登録してください」
「うん?見たことない魔物だな。種族は?」
「エンペラータイガーという種族です」
「エンペラータイガーだと?あの白い悪魔と呼ばれた。大丈夫なのか?見たところまだ尻尾は1本なようだが、この魔物は尻尾が増えると格段に強くなるぞ?御しきれるのか?」
「大丈夫です。この子はとても賢いですから。エグラントの森でも私を助けてくれたんです」
「そうか。Aランク冒険者がそう言うなら信用しよう。だが従魔のテストはさせてもらう」
そう言ってその衛兵は僕の首根っこを掴んで宙にぶら下げ、僕の顔をぺたぺた触ったり、耳を引っ張ったりしはじめた。
これは何をやってるんだろう。僕は問いかけるようにフィリーネの方を見たけれど、フィリーネは微笑んで頷くだけで何も言ってくれない。
「よし、いいだろう。従魔の首飾りを持ってくるから待っていてくれ」
「ありがとうございます」
そこでやっとフィリーネが教えてくれたのだが、これは魔物がちゃんと躾けられているかどうかを調べるためのものらしい。しかし、あの衛兵やたらと耳を触って来たけどケモ耳フェチか?僕はオスなんでちょっと勘弁してください。
少ししたら衛兵が戻ってきて僕におしゃれな首飾りを付けてくれた。従魔の首飾りがださいやつじゃなくてよかった。
そして僕たちはランツの町に入った。
別れ際に衛兵がちらっちら僕のほうを見てくるから何かと思ったら、衛兵がしゃがんで僕のほうに干し肉を差し出してくる。
はは~ん、こいつ僕の可愛さに篭絡したな。僕は衛兵の差し出した干し肉を食べる。
うん、美味しい。久しぶりの香辛料の味だ。
ただし、僕はグルメなので香辛料たっぷりの干し肉が好きだけど、他の魔物にはもう少し薄味をおすすめする。
僕はしばらく頭を撫でさせてあげてから、尻尾で手を振るようにして衛兵に別れを告げてフィリーネを追いかける。
千里眼で衛兵の顔を盗み見たら、もうデレデレでだらしない顔をしていた。
フィリーネが少し先で待っていたので、僕は少し小走りで向かう。
「ここからは馬車ですね」
『馬車の旅か、やっぱり旅といえば馬車だよね』
僕たちは馬車乗り場でバルトフェルト行きの乗り合い馬車に乗り込む。他にも乗客が居たようで、魔物を連れたエルフが乗り込んできたのに少し驚いたようだったが、特に話しかけてくることもなかった。
馬車はのどかな道をひた走っていく。僕はフィリーネの膝の上で寛いでいる。あったかくてやわらかくて、すごく眠くなる。
フィリーネはというと、僕の毛並みを撫でながら向かいに座った老婆と話し込んでいる。
「近頃は膝がちっとも言うことを聞いてくれなくてねぇ」
そんなことを言う老婆に、膝に効く薬の作り方などを教えてあげていたりする。老婆は熱心に聞いて、見本としてその薬をフィリーネから瓶ひとつ分くらい買っていた。
フィリーネはなかなか商売がうまいな。他の客も最初こそプライドの高いエルフには近づかないようにしていたが、フィリーネが話しやすいと分かると、持病や怪我などに効く薬などをフィリーネに尋ねて、それを買っている。
僕に食べ物をくれる客もいる。隣に座っていた5歳くらいの男の子がしきりに僕の頭を撫でてくる。君の撫でている魔物はほんとは怖い魔物なんですよ。
乗り合い馬車は終始和やかな雰囲気で、バルトフェルトまでの道を進んでいった。
俺は今、途方に暮れていた。あと少しだ!あと少しで息子の命は助かるはずだった!!エルフの薬師の情報を流したのはどこのどいつだ!絶対探し出してぶっ殺してやる。
「フィリーネ殿の安否はまだわからんのか!」
「はっ、いまだ分かっておりません」
「くそっ、情報を流した者の情報はまだ分かっておらんのか」
「ただいま、ベルトルト様が自ら情報収集にあたっております」
「そうか、なら時間の問題だな」
ベルトルトならば、情報を流した犯人くらいすぐに見つけ出すだろう。危険すぎる場所ゆえにフィリーネ殿を捜索に行くわけにもいかない以上、犯人を八つ裂きにしてやらないと気が済まない。
そして、慌ただしくベルトルトが執務室に入ってきた。
「ただいま戻りました」
「フィリーネ殿の安否はわかったか。情報を流した犯人は?」
「残念ながらフィリーネ殿の安否はわかりませんでした。ただ、情報を流した犯人は分かりました。ギルド職員でした。ギルド職員の立場から、知己の冒険者に高額で情報を売りつけたとのことです」
「なに、ギルド職員が!?くそ、処刑してやりたいが、ギルドが庇うか?まあいい、ギルド職員の処分は後だ。その冒険者は見つかったのか?」
「いえ、戻ってきていないそうです。森に向かったフィリーネ殿もそれを追っていった冒険者も誰も戻ってきていないので、現状はなんの情報もありません。ただ、フィリーネ殿を追っていった冒険者はBランクを含む手練が17人です。いかにAランク冒険者のフィリーネ殿といえども勝てると思えません」
「その者共が戻ってきたら、すぐに捕らえよ。おそらく奴らとてフィリーネ殿を殺してはおらんだろう。その足でまた森へ向かってもらえば、まだ間に合うかもしれん」
ベルトルトも俺も、それでは間に合わないことは分かっている。本当にぎりぎりだったのだ。フィリーネ殿が提案したアドルフの残りの時間、10日という数字は実に正確だった。
もう、本当にぎりぎりなのだ。フィリーネ殿にいただいた上級ポーションは、まだ残っているが、それを使ってももう少しの延命もできないほどに、アドルフの限界は近い。
皆呆然として、重い沈黙が漂う。
もはや、これまでか。やはり神なんていない。いや、いるかもしれないが、そいつは人間を希望という餌で釣って、本当の絶望を味あわせて楽しむクズ野郎だ。
そこへバタバタと使用人の男が駆け込んできた。
「申し上げます!3日前の昼ごろ、フィリーネ殿がランツの町に現れたと、ランツの衛兵より連絡がありました!」
少し太った使用人は息を切らしながらも、そう言った。
「わかりました。私はお家で待ってますね」
僕は、晴れて引きこもりを卒業してフィリーネと一緒に旅に出るので、ミルムとエグラントとついでにアーダルベルトにも、挨拶に向かう。
エグラントは相変わらずぐつぐつ煮え立つ溶岩洞窟に住んでいる。前は壁から入ったけれど、本当の入り口は山の反対側にある。
『エグラント、僕、ラビっていう名前を付けてもらったんだ』
『へぇ、ラビか、助けたエルフに付けてもらったのか。いい名前だと思うぜ』
『ありがとう。それと、僕は旅に出るよ』
『そうか、お前はすぐに家に帰ってきそうだな。宿が気に食わないとかどうでもいい理由で帰ってきて、しまいには家から通うとか言い出しそうだ。なるべく帰ってくるなよ』
エグラントも僕のことがだんだん分かってきたらしいな。厄介だな。
『そんなに簡単に帰ってこないよ』
『そんなにってどのくらいだ?週1で帰ってきたりするのは旅とは言わないんだぞ』
『わかってるって』
『それが分かってればいいんだよ。気をつけてな』
『ありがとう』
全然しんみりしないな。魔物は長命だし、これが普通か。100年や200年は瞬きするようなものだ。
次はミルムだ。
ミルムの巣に向かう前にアーダルベルトに遭遇した。
『昨日までの俺様と思うなよ!』
いや昨日会ってないから知らないけどね。
僕は適当にあしらっていつもより戦闘を長引かせて話せるタイミングを探る。
『ふ、強くなっている!俺様は確実に強くなっているぞ!!』
しまった。僕の動きがいつもより悪いんで、自分が強くなったと勘違いさせてしまったようだ。まあ確かに強くなっているけれど。
『ああ、確かにお前は強くなっているよ。気づいていないかもしれないけれど、お前は最初に会った時より数倍強くなっている』
僕がそう言うと、アーダルベルトの動きが止まった。
『そうか、強くなっている…か。いつまで経ってもお前に勝てないので俺様は全然強くなっていないと思っていたが、そうか、俺様は強くなっていたか』
アーダルベルトは、急におとなしくなって、素直に今までの負けを認めた。こいつに会ってから初めてまともに話ができた気がした。
こいつはただ、誰かに認めてほしかっただけなのかもしれない。
『お前は強いよ。僕が保証する。改めて名乗ろう。僕にも名前が付いたんだ。僕の名前はラビ。一瞬だけ本気で相手してやる。来いよ』
『我が名はアーダルベルト!!いざ尋常に勝負!!!』
そうして僕は変化を解いて、アーダルベルトに初めて会ったときと同じように、本気でアーダルベルトを叩きのめした。
『ははは、認めよう。俺様の負けだ。やはりお前は強いな』
アーダルベルトは僕の魔法に打ちのめされてでろんととろけているし、基本ぷるんぷるんなので、表情など分からないのだが、確かに笑っているように見えた。
『僕はこれから旅に出る。次に戦うのはしばらく後になるだろう。そのときまでにどれだけ強くなっているのか期待しているよ』
そう言い残して、僕はミルムの巣に向かう。
アーダルベルトはしばらくその場にでろんととろけていた。
アーダルベルトにも挨拶できたし、最後はミルムに挨拶する。
『森を出るんだね』
『うん』
ミルムは僕が森を出ることを予想していたようだ。
『ミルム、僕も名前を付けてもらったんだ。ラビっていう名前だよ』
『エルフの女の子につけてもらったんだね。おめでとう。いい名前だと思うよ』
『ありがとう』
『ラビが旅立っても、あの家は掃除しておくからね、いつでも帰ってくるといいよ』
『エグラントは帰ってくるなって言ってたよ。お前はすぐ帰ってきそうだからって』
『ははは、確かに君は言われなくてもすぐに帰ってきそうだ』
『それじゃあね』
『ああ、いってらっしゃい』
最後にミルムは人型に変化して僕のことを抱きしめてくれた。
『じゃあ行こうか』
「ラビさんのお友達ってどんな方なんですか?」
『大きな蛇とドラゴンとぷるんぷるんだよ』
「意外とお友達多いんですね」
地味に傷つくよ。確かにいままで転生してきてこんなに友達ができたことはない。ひとつの世界に一人友達がいればいい方だったからね。そんなにぼっちオーラが出てたかな。
僕は変化を解いて尻尾でフィリーネを掴んで背中に乗せる。
『しっかり掴まっててね』
「はい」
森の入り口までは転移でも行けるのだけれど、せっかくなのでフィリーネと空中散歩を楽しみながら人間の町の近くまで行こうと僕が提案したのだ。
僕はいつもよりゆっくりと、フィリーネに負担がかからないように気をつけながら、空へと駆け上がっていく。
「わぁ、空を飛ぶのってすごく気持ちいいんですね」
『病み付きになっちゃうよね』
フィリーネは怖らず、逆に楽しんでいるようだ。フィリーネが高所恐怖症じゃなくてよかった。
フィリーネの話では、森から1日ほどの距離にランツという小さな町があると言っていた。意外と近いところに人間が居たんだな。
ただ、普通の人間は森に入ると生きては帰れないので、ベテランの高ランク冒険者ですら浅い森の入り口付近で狩りをするそうだ。
今思い返してみると、僕がここまで成長できたのは運が良かったとしか思えないな。兄弟たちは生き残れただろうか。
僕がそんなことを考えていると、森が開けて街道のようなものが現れた。
僕は人間に見つからないように街道から離れて飛ぶ。もう少しで人間の町だ。今更だけど緊張してきた。人間の町ということは人間がたくさんいるということだ。正直怖い。
しかし、落ち着け僕。今の僕は人間の魔法使いでも、子虎でもない。ドラゴンすらも倒した亜神だ。僕は必死に自分を落ち着かせる。
よし、大分落ち着いたな。
「人間が怖いんですか?」
『ほんのちょびっとだけね』
「分かりますよ。私も、人間は怖いですから」
エルフの女の子が一人で旅をしてきたのだ。彼女も色々と怖い目にあってきたのだろう。
「でも私は、それ以上にラビさんとの旅がとても楽しみなんです」
『僕もだよ。もう怖くなくなった』
ああ、もうすでに楽しい。そうだ、人間のことなんて些細なことだった。フィリーネとの旅を楽しむのが一番重要なことだ。
僕とフィリーネは談笑しながら空を駆けて、やがて街道の近くに下りた。
人間の町が近いので、ここからは歩きだ。
「ランツの町に入るときは、ラビさんを私の従魔として登録しようと思っています。よろしいですか?」
彼女は少し申し分けなさそうに僕に聞いてきた。
『もちろんいいよ。人間の町に野良の魔物は入れないもんね』
僕はフィリーネに町に入ってからどうすればいいかなどを聞きながら、門の前の行列に並んだ。
すると門から衛兵が近づいてきた。
「Aランク冒険者のフィリーネだな?」
「はい、そうですが」
「領主様より、エルフの薬師フィリーネが来たら急いで通すようにと通達されている。こっちから入れ」
そう言って衛兵は関係者以外立ち入り禁止っぽい入り口から通してくれた。
「あの、この魔物を従魔に登録してください」
「うん?見たことない魔物だな。種族は?」
「エンペラータイガーという種族です」
「エンペラータイガーだと?あの白い悪魔と呼ばれた。大丈夫なのか?見たところまだ尻尾は1本なようだが、この魔物は尻尾が増えると格段に強くなるぞ?御しきれるのか?」
「大丈夫です。この子はとても賢いですから。エグラントの森でも私を助けてくれたんです」
「そうか。Aランク冒険者がそう言うなら信用しよう。だが従魔のテストはさせてもらう」
そう言ってその衛兵は僕の首根っこを掴んで宙にぶら下げ、僕の顔をぺたぺた触ったり、耳を引っ張ったりしはじめた。
これは何をやってるんだろう。僕は問いかけるようにフィリーネの方を見たけれど、フィリーネは微笑んで頷くだけで何も言ってくれない。
「よし、いいだろう。従魔の首飾りを持ってくるから待っていてくれ」
「ありがとうございます」
そこでやっとフィリーネが教えてくれたのだが、これは魔物がちゃんと躾けられているかどうかを調べるためのものらしい。しかし、あの衛兵やたらと耳を触って来たけどケモ耳フェチか?僕はオスなんでちょっと勘弁してください。
少ししたら衛兵が戻ってきて僕におしゃれな首飾りを付けてくれた。従魔の首飾りがださいやつじゃなくてよかった。
そして僕たちはランツの町に入った。
別れ際に衛兵がちらっちら僕のほうを見てくるから何かと思ったら、衛兵がしゃがんで僕のほうに干し肉を差し出してくる。
はは~ん、こいつ僕の可愛さに篭絡したな。僕は衛兵の差し出した干し肉を食べる。
うん、美味しい。久しぶりの香辛料の味だ。
ただし、僕はグルメなので香辛料たっぷりの干し肉が好きだけど、他の魔物にはもう少し薄味をおすすめする。
僕はしばらく頭を撫でさせてあげてから、尻尾で手を振るようにして衛兵に別れを告げてフィリーネを追いかける。
千里眼で衛兵の顔を盗み見たら、もうデレデレでだらしない顔をしていた。
フィリーネが少し先で待っていたので、僕は少し小走りで向かう。
「ここからは馬車ですね」
『馬車の旅か、やっぱり旅といえば馬車だよね』
僕たちは馬車乗り場でバルトフェルト行きの乗り合い馬車に乗り込む。他にも乗客が居たようで、魔物を連れたエルフが乗り込んできたのに少し驚いたようだったが、特に話しかけてくることもなかった。
馬車はのどかな道をひた走っていく。僕はフィリーネの膝の上で寛いでいる。あったかくてやわらかくて、すごく眠くなる。
フィリーネはというと、僕の毛並みを撫でながら向かいに座った老婆と話し込んでいる。
「近頃は膝がちっとも言うことを聞いてくれなくてねぇ」
そんなことを言う老婆に、膝に効く薬の作り方などを教えてあげていたりする。老婆は熱心に聞いて、見本としてその薬をフィリーネから瓶ひとつ分くらい買っていた。
フィリーネはなかなか商売がうまいな。他の客も最初こそプライドの高いエルフには近づかないようにしていたが、フィリーネが話しやすいと分かると、持病や怪我などに効く薬などをフィリーネに尋ねて、それを買っている。
僕に食べ物をくれる客もいる。隣に座っていた5歳くらいの男の子がしきりに僕の頭を撫でてくる。君の撫でている魔物はほんとは怖い魔物なんですよ。
乗り合い馬車は終始和やかな雰囲気で、バルトフェルトまでの道を進んでいった。
俺は今、途方に暮れていた。あと少しだ!あと少しで息子の命は助かるはずだった!!エルフの薬師の情報を流したのはどこのどいつだ!絶対探し出してぶっ殺してやる。
「フィリーネ殿の安否はまだわからんのか!」
「はっ、いまだ分かっておりません」
「くそっ、情報を流した者の情報はまだ分かっておらんのか」
「ただいま、ベルトルト様が自ら情報収集にあたっております」
「そうか、なら時間の問題だな」
ベルトルトならば、情報を流した犯人くらいすぐに見つけ出すだろう。危険すぎる場所ゆえにフィリーネ殿を捜索に行くわけにもいかない以上、犯人を八つ裂きにしてやらないと気が済まない。
そして、慌ただしくベルトルトが執務室に入ってきた。
「ただいま戻りました」
「フィリーネ殿の安否はわかったか。情報を流した犯人は?」
「残念ながらフィリーネ殿の安否はわかりませんでした。ただ、情報を流した犯人は分かりました。ギルド職員でした。ギルド職員の立場から、知己の冒険者に高額で情報を売りつけたとのことです」
「なに、ギルド職員が!?くそ、処刑してやりたいが、ギルドが庇うか?まあいい、ギルド職員の処分は後だ。その冒険者は見つかったのか?」
「いえ、戻ってきていないそうです。森に向かったフィリーネ殿もそれを追っていった冒険者も誰も戻ってきていないので、現状はなんの情報もありません。ただ、フィリーネ殿を追っていった冒険者はBランクを含む手練が17人です。いかにAランク冒険者のフィリーネ殿といえども勝てると思えません」
「その者共が戻ってきたら、すぐに捕らえよ。おそらく奴らとてフィリーネ殿を殺してはおらんだろう。その足でまた森へ向かってもらえば、まだ間に合うかもしれん」
ベルトルトも俺も、それでは間に合わないことは分かっている。本当にぎりぎりだったのだ。フィリーネ殿が提案したアドルフの残りの時間、10日という数字は実に正確だった。
もう、本当にぎりぎりなのだ。フィリーネ殿にいただいた上級ポーションは、まだ残っているが、それを使ってももう少しの延命もできないほどに、アドルフの限界は近い。
皆呆然として、重い沈黙が漂う。
もはや、これまでか。やはり神なんていない。いや、いるかもしれないが、そいつは人間を希望という餌で釣って、本当の絶望を味あわせて楽しむクズ野郎だ。
そこへバタバタと使用人の男が駆け込んできた。
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