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016話 ランドルフ神聖国
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ランドルフ神聖国という国は、世界各国に勢力を持つレーテ教という宗教の総本山でもある宗教国家だ。
すんごい昔に聖人ランドルフによって建国されたらしい。
僕が生きていた時代にはなかったからたぶん建国1000年は経っていないだろう。
そんなランドルフ神聖国であるが国柄はというと、人族至上主義で獣人やエルフなどを亜人として差別していて、人族以外には居心地の悪い国である。
宗教国家であるために、レーテ教の経典が法律の代わりとなっているようで、国民はそれにすがる様に生きているため、その教えに疑問を抱くことも少ないようだ。
それでも疑問を持つ人もいると思うのだけれど、きっとこの国でそんな疑問を持った人が生きていくことはできないのだろう。
そんなランドルフ神聖国の片隅、コムナリアの町の武器屋に僕達は来ている。
「なんかいいのあった?フィリーネ」
「このダガーがいいと思うんですけど」
フィリーネはマジックオーブと呼ばれる魔法陣を封じ込めた宝玉が柄にはめ込まれた高そうなダガーを手にとって、順手に構えたり逆手に構えたりクルクルと回したり軽く振ってみたりしている。
どちらかというと後衛寄りのフィリーネだけれど、さすがに10年以上も冒険者をやっているだけあって近接戦闘もかなり強い。
今日初めて触った武器をまるで身体の一部のように扱えている。
「すごいね、それ。風魔法が込められた魔道具だね。なかなかの業物だよ」
「はい。掘り出し物ですよね」
ちなみに僕は人間に変化してド派手な虎毛革のコートを着て、魔道具をジャラジャラとつけている。
レーテ教の経典には、魔物を見たら絶対に殺しましょうと書いてあるので、僕は魔物の姿では町に入れなかったのだ。
だから今回はなにかと便利な大人の姿、白髪金眼、身長180センチほどで20代半ばくらいの姿だ。
この青年の身体はこれだけ魔法を補助する魔道具や魔力のたっぷり詰まった魔石をジャラジャラと付けているのに自力では魔法ひとつ使えない。
戦闘時にはこれにさらに魔力を込めるだけで使える攻撃用の魔道具か、フィリーネの手に取っているダガーに付いているようなマジックオーブを使う必要があるだろう。
元の姿からかけ離れるほどにスペックが下がるというのが変化の術の痛いところである。
ただ、悪いことばかりではない。
こんな高そうな魔道具をジャラジャラ付けた人間には誰も手を出そうとは思わないのか、種族差別のあるこの国でエルフであるフィリーネと一緒に歩いていても誰にも絡まれないのだ。
すれ違い様に舌打ちされたりすることはあるけれど、それも僕がそちらを見るとすっと目をそらされる。
金が命より重い世界で、金を持ってそうな格好をした僕は、関わりたくないと思われているのだろう。
実際は銅貨1枚として持ってないんだけどね。
コートの下に着ている服も、腰に下げている魔法の袋も、全部フィリーネに買ってもらったものだ。
いや、まずいとは思っているんだけどね。
このままだとただのヒモだしね。
特に魔法の袋なんて金貨300枚とか言ってたからちょっと申し訳ないというかなんというか。
でも、今の僕の魔力だと空間収納開けないじゃないですか。
それで、その、ちょうどよく魔法の袋が売ってたから…。
僕が脳内でそんな言い訳を並べていると、店の親父が話しかけてきた。
「そいつに目をつけるとはお客さんなかなか見る目があるね」
なかなか人のよさそうな顔をした親父だ。
そして冒険者ギルドの近くの武器屋なので、この国の国柄には染まってなさそうな感じがさらに好印象だ。
「お客さんはエルフだから、この国の連中は感じ悪いでしょ」
「そうですね、でもみなさんラビさんを見たらすぐに逃げていってしまいますからね」
「たしかにこっちの兄ちゃんはちょっと近寄りがたいかもな。そのゴテゴテの魔道具が威嚇してるみたいだ。なるほど、大事にお嬢ちゃんを守ってるってわけだ。いやお嬢ちゃんなん呼んじゃってるけど、年上だったらすまねえな」
「ふふふ、いいですよ。私もお嬢ちゃんって呼ばれるほうが嬉しいですから」
愉快なおっちゃんだな。
フィリーネもたぶんそう返した時点で年上か同い年くらいだってバレてるよ。
「それで、おっちゃん、そのダガーはいくらなの?」
僕がそう尋ねると親父はちょっとドヤ顔で言い放った。
「金貨200枚だな。この業物が金貨200枚ならお買い得だと思うぞ」
「結構するね。良い武器って高いんだね」
「そうですね。でも私も金貨200枚なら安いと思います。おじさんこれ買います」
「まいどあり。いやーやっと売れてくれてほっとしたぜ」
フィリーネは金貨を取り出して親父に渡して、手に取っていたダガーをそのまま腰に装備する。
金貨を数えている親父に僕は気になったことを聞いてみた。
「なんでこんな業物がガラクタの中に置いてあったの?売りたいならもっと目に付く場所に置いておけばいいのに」
「話せば少し長くなるんだけどな、いいやちょうどいい機会だから俺の愚痴を聞いてくれ」
長くなるんだ。
僕は自分から聞いてしまったことを軽く後悔しながらも、親父に続きを話すようにと軽く頷いてやる。
「俺は隣のリーンハルトの出身なんだけどな、歳の離れた妹がいるんだよ。これがまた俺と兄妹とは思えねえ程の器量よしでな。まあ、いまはそのことはいいか。で、その妹が最近結婚したんだが、この婿が話してみるとなかなかに良い奴でな、俺は喜んで妹の結婚を祝ってやったんだよ。そんでここからが本題で、婿は良い奴なんだが種族が人族じゃなくてな、狼人族なんだよ。この国の奴らときたら俺の妹の婿のことをボロクソに言いやがる。一言で言っちまやぁ俺はこの国の奴らが気にくわねえ。だから武器も売ってやりたくねえ。でもお前さんたちみたいなちゃんとした目を持った冒険者には武器を売ってやりてえ。だからわざと良い武器をガラクタの中に隠してんのさ。全部な」
全部か。
じゃあ見る目のない人からしてみたら良い武器をひとつも置いてない武器屋だと思われてるんだろうな。
なかなかやることが豪気だね。
しかし、説明が長い。
妹の婿が獣人。
まとめるとそんな話だ。
まあ、愚痴をこぼして親父のストレスが少しでも解消されたならよしとするか。
「まあ、ぼちぼちこの店もたたんでリーンハルトに帰ることも考えねえとな。最近のランドルフはあんまし穏やかな雰囲気じゃねえからな。戦争なんて始めて、俺の売った武器で故郷を攻められちゃかなわんからな」
そう言って親父はがはがはと笑った。
どうやら事前情報の通り、勝手に勇者を召還したせいで周りの国との折り合いは相当悪くなっているようだ。
武器が売れて上機嫌な親父を適当にあしらって、僕達は店を出た。
とりあえずお腹が空いたのでその辺の昼は定食屋、夜は酒場みたいな店に入る。
変化している間は元の身体ほどたくさん食べなくても済むので、フィリーネの財布はまだ大丈夫なはずだ。
「うわぁ、ラビさんこのお店、メニューがすごく多いですよ」
「………………」
メニューを見た僕は、フィリーネが驚いているのとは別の理由で驚いていた。
メニューに載っている料理が『から揚げ定食』『焼き魚定食』『しょうが焼き定食』などの日本の定食屋と変わらない料理だったのだ。
ここどこだっけ?確かでっかい世界樹のある世界の、ランドルフ神聖国って国だったはずだ。
「フィリーネ、この世界の料理って全部こんな感じなの?」
「どこも人間の国はこんな感じですよ。この店は品数が多いですけど」
なんということだ。
リーンハルトでは宿の部屋に篭ってフィリーネに買ってきてもらった食べ物を食べていたから気づかなかった。
外食業界がこんなことになっていたなんて。
その地域の特産とか郷土料理とか、すべて駆逐されてしまったということか。
確かに勇者のもたらした異世界の料理は奇抜で、最初はおいしく感じるかもしれない。
ハンバーガーなどのジャンクフードは、多くの成人病患者を生み出すほど流行るかもしれない。
だけど、それでいいのか異世界。
勇者のもたらしたものは確実に国民の身体を蝕むぞ。
こんな異世界情緒もへったくれもない全国チェーンの定食屋みたいな料理を僕は求めてないんだよ!
「とりあえずなんか頼もうか」
煮えくり返るはらわたを内面に隠しながらも、お腹が空いている僕はしょうがなくから揚げ定食を注文する。
フィリーネはラーメンセットだ。フィリーネはラーメンが好きらしい。
フィリーネが太ったら僕は勇者を許さない。
ほどなくしてラーメンセットとから揚げ定食を店員が持ってきてくれる。
安くて早くてうまいを目指しているのか、結構料理が来るのは早い。
そして狐耳のミニスカウェイトレスはグッドだ。僕が狐耳をじっと見つめるとウェイトレスはひっと顔を引きつらせて早足で去っていった。
大人バージョンはちょっとばかり目つきが悪い。
子虎バージョンに変化できたらきっとあの狐耳ウェイトレスも悩殺できるのに。
僕の毛並みから手を離すことができなくなるほどに骨抜きにしてくれるわ。
それも魔物即斬のこの国では到底無理な話だが。
僕はこの見た目が周囲を威圧してくれているなら、それはそれでいいかと諦めてから揚げを口に頬張る。
普通だ。
まずくはないが、そこまでうまいとも思わない。
少し肉が堅い。
これならまだ、日本のコンビニのレジ横フードのから揚げのほうが企業努力が見え隠れしていておいしい。
このから揚げからは努力の痕跡が見えてこない。
勇者の伝えたレシピが間違いであるはずがない、勇者の伝えたレシピが最上のレシピだ、このから揚げからはそんな傲慢なまでの勇者信仰が伝わってくる。
この料理群を見たところ、勇者はみんな僕のひとつ前の前世、日本の出身であることは間違いない。
だが、きっと料理のプロはいなかったのだろう。
メニューを見たところ、作り方の分からないような複雑な料理はない。
それでもだ、素人がある程度整った味のラーメンを一から作ろうと思ったら並々ならぬ努力があっただろう。
勇者たちは故郷の料理が食べたいがために、頑張って頑張ってこのメニューに載っている料理をすべて一から作ったのだ。
このから揚げは、そんな勇者たちの努力の上に胡坐をかいているとしか思えない味だ。
もっと美味しく作ろうという向上心が全く感じられない。
僕がうんうん唸りながらから揚げを食べている間にも、フィリーネはおいしそうにラーメンを食べている。
守りたいこの笑顔。
なんだかフィリーネの笑顔を見ていたら、どうでもよくなってきた。
いや、良く考えたら本当にどうでもいいこと考えていたんだけど。
落ち着いて周りを見渡せば、お昼時なのに結構空席が目立つ。
まあ、おいしくて混んでる店と味はいまいちだけど空いてる店だったら僕は後者を選ぶからね。
人ごみとか広域殲滅魔法を放ちたくなる。
そう考えたらなんだか薄汚い店構えも趣があるいいお店に見えてきた。
このくらい薄汚い店のほうが落ち着くには落ち着くよね。
ん?
ぼやっと店の客を観察していた僕は、ふと斜め前に黒髪の男が座っているのに気づいた。
この世界では結構黒髪は珍しい。
日本での銀髪の人くらいの珍しさだ。
僕はその男をじっくりと観察する。
男がピクリと動き、振り向く。
目が合ってしまった。
その男は黒髪に黒い瞳をしていた。
鼻も低く、日本人顔。
なんとなくこいつは勇者じゃないかと僕は思った。
理由は2つ。
ひとつは日本人顔なこと、もうひとつは男の太ももに取り付けられた皮のホルスターから、拳銃らしきもののグリップが覗いていたからだ。
両足の太ももに1丁ずつ固定された拳銃。
2丁拳銃とか、ロマン武器じゃねーか。
次の瞬間、男は目にも留まらぬスピードで片方の拳銃を抜き、昼時の定食屋に銃声が響き渡った。
すんごい昔に聖人ランドルフによって建国されたらしい。
僕が生きていた時代にはなかったからたぶん建国1000年は経っていないだろう。
そんなランドルフ神聖国であるが国柄はというと、人族至上主義で獣人やエルフなどを亜人として差別していて、人族以外には居心地の悪い国である。
宗教国家であるために、レーテ教の経典が法律の代わりとなっているようで、国民はそれにすがる様に生きているため、その教えに疑問を抱くことも少ないようだ。
それでも疑問を持つ人もいると思うのだけれど、きっとこの国でそんな疑問を持った人が生きていくことはできないのだろう。
そんなランドルフ神聖国の片隅、コムナリアの町の武器屋に僕達は来ている。
「なんかいいのあった?フィリーネ」
「このダガーがいいと思うんですけど」
フィリーネはマジックオーブと呼ばれる魔法陣を封じ込めた宝玉が柄にはめ込まれた高そうなダガーを手にとって、順手に構えたり逆手に構えたりクルクルと回したり軽く振ってみたりしている。
どちらかというと後衛寄りのフィリーネだけれど、さすがに10年以上も冒険者をやっているだけあって近接戦闘もかなり強い。
今日初めて触った武器をまるで身体の一部のように扱えている。
「すごいね、それ。風魔法が込められた魔道具だね。なかなかの業物だよ」
「はい。掘り出し物ですよね」
ちなみに僕は人間に変化してド派手な虎毛革のコートを着て、魔道具をジャラジャラとつけている。
レーテ教の経典には、魔物を見たら絶対に殺しましょうと書いてあるので、僕は魔物の姿では町に入れなかったのだ。
だから今回はなにかと便利な大人の姿、白髪金眼、身長180センチほどで20代半ばくらいの姿だ。
この青年の身体はこれだけ魔法を補助する魔道具や魔力のたっぷり詰まった魔石をジャラジャラと付けているのに自力では魔法ひとつ使えない。
戦闘時にはこれにさらに魔力を込めるだけで使える攻撃用の魔道具か、フィリーネの手に取っているダガーに付いているようなマジックオーブを使う必要があるだろう。
元の姿からかけ離れるほどにスペックが下がるというのが変化の術の痛いところである。
ただ、悪いことばかりではない。
こんな高そうな魔道具をジャラジャラ付けた人間には誰も手を出そうとは思わないのか、種族差別のあるこの国でエルフであるフィリーネと一緒に歩いていても誰にも絡まれないのだ。
すれ違い様に舌打ちされたりすることはあるけれど、それも僕がそちらを見るとすっと目をそらされる。
金が命より重い世界で、金を持ってそうな格好をした僕は、関わりたくないと思われているのだろう。
実際は銅貨1枚として持ってないんだけどね。
コートの下に着ている服も、腰に下げている魔法の袋も、全部フィリーネに買ってもらったものだ。
いや、まずいとは思っているんだけどね。
このままだとただのヒモだしね。
特に魔法の袋なんて金貨300枚とか言ってたからちょっと申し訳ないというかなんというか。
でも、今の僕の魔力だと空間収納開けないじゃないですか。
それで、その、ちょうどよく魔法の袋が売ってたから…。
僕が脳内でそんな言い訳を並べていると、店の親父が話しかけてきた。
「そいつに目をつけるとはお客さんなかなか見る目があるね」
なかなか人のよさそうな顔をした親父だ。
そして冒険者ギルドの近くの武器屋なので、この国の国柄には染まってなさそうな感じがさらに好印象だ。
「お客さんはエルフだから、この国の連中は感じ悪いでしょ」
「そうですね、でもみなさんラビさんを見たらすぐに逃げていってしまいますからね」
「たしかにこっちの兄ちゃんはちょっと近寄りがたいかもな。そのゴテゴテの魔道具が威嚇してるみたいだ。なるほど、大事にお嬢ちゃんを守ってるってわけだ。いやお嬢ちゃんなん呼んじゃってるけど、年上だったらすまねえな」
「ふふふ、いいですよ。私もお嬢ちゃんって呼ばれるほうが嬉しいですから」
愉快なおっちゃんだな。
フィリーネもたぶんそう返した時点で年上か同い年くらいだってバレてるよ。
「それで、おっちゃん、そのダガーはいくらなの?」
僕がそう尋ねると親父はちょっとドヤ顔で言い放った。
「金貨200枚だな。この業物が金貨200枚ならお買い得だと思うぞ」
「結構するね。良い武器って高いんだね」
「そうですね。でも私も金貨200枚なら安いと思います。おじさんこれ買います」
「まいどあり。いやーやっと売れてくれてほっとしたぜ」
フィリーネは金貨を取り出して親父に渡して、手に取っていたダガーをそのまま腰に装備する。
金貨を数えている親父に僕は気になったことを聞いてみた。
「なんでこんな業物がガラクタの中に置いてあったの?売りたいならもっと目に付く場所に置いておけばいいのに」
「話せば少し長くなるんだけどな、いいやちょうどいい機会だから俺の愚痴を聞いてくれ」
長くなるんだ。
僕は自分から聞いてしまったことを軽く後悔しながらも、親父に続きを話すようにと軽く頷いてやる。
「俺は隣のリーンハルトの出身なんだけどな、歳の離れた妹がいるんだよ。これがまた俺と兄妹とは思えねえ程の器量よしでな。まあ、いまはそのことはいいか。で、その妹が最近結婚したんだが、この婿が話してみるとなかなかに良い奴でな、俺は喜んで妹の結婚を祝ってやったんだよ。そんでここからが本題で、婿は良い奴なんだが種族が人族じゃなくてな、狼人族なんだよ。この国の奴らときたら俺の妹の婿のことをボロクソに言いやがる。一言で言っちまやぁ俺はこの国の奴らが気にくわねえ。だから武器も売ってやりたくねえ。でもお前さんたちみたいなちゃんとした目を持った冒険者には武器を売ってやりてえ。だからわざと良い武器をガラクタの中に隠してんのさ。全部な」
全部か。
じゃあ見る目のない人からしてみたら良い武器をひとつも置いてない武器屋だと思われてるんだろうな。
なかなかやることが豪気だね。
しかし、説明が長い。
妹の婿が獣人。
まとめるとそんな話だ。
まあ、愚痴をこぼして親父のストレスが少しでも解消されたならよしとするか。
「まあ、ぼちぼちこの店もたたんでリーンハルトに帰ることも考えねえとな。最近のランドルフはあんまし穏やかな雰囲気じゃねえからな。戦争なんて始めて、俺の売った武器で故郷を攻められちゃかなわんからな」
そう言って親父はがはがはと笑った。
どうやら事前情報の通り、勝手に勇者を召還したせいで周りの国との折り合いは相当悪くなっているようだ。
武器が売れて上機嫌な親父を適当にあしらって、僕達は店を出た。
とりあえずお腹が空いたのでその辺の昼は定食屋、夜は酒場みたいな店に入る。
変化している間は元の身体ほどたくさん食べなくても済むので、フィリーネの財布はまだ大丈夫なはずだ。
「うわぁ、ラビさんこのお店、メニューがすごく多いですよ」
「………………」
メニューを見た僕は、フィリーネが驚いているのとは別の理由で驚いていた。
メニューに載っている料理が『から揚げ定食』『焼き魚定食』『しょうが焼き定食』などの日本の定食屋と変わらない料理だったのだ。
ここどこだっけ?確かでっかい世界樹のある世界の、ランドルフ神聖国って国だったはずだ。
「フィリーネ、この世界の料理って全部こんな感じなの?」
「どこも人間の国はこんな感じですよ。この店は品数が多いですけど」
なんということだ。
リーンハルトでは宿の部屋に篭ってフィリーネに買ってきてもらった食べ物を食べていたから気づかなかった。
外食業界がこんなことになっていたなんて。
その地域の特産とか郷土料理とか、すべて駆逐されてしまったということか。
確かに勇者のもたらした異世界の料理は奇抜で、最初はおいしく感じるかもしれない。
ハンバーガーなどのジャンクフードは、多くの成人病患者を生み出すほど流行るかもしれない。
だけど、それでいいのか異世界。
勇者のもたらしたものは確実に国民の身体を蝕むぞ。
こんな異世界情緒もへったくれもない全国チェーンの定食屋みたいな料理を僕は求めてないんだよ!
「とりあえずなんか頼もうか」
煮えくり返るはらわたを内面に隠しながらも、お腹が空いている僕はしょうがなくから揚げ定食を注文する。
フィリーネはラーメンセットだ。フィリーネはラーメンが好きらしい。
フィリーネが太ったら僕は勇者を許さない。
ほどなくしてラーメンセットとから揚げ定食を店員が持ってきてくれる。
安くて早くてうまいを目指しているのか、結構料理が来るのは早い。
そして狐耳のミニスカウェイトレスはグッドだ。僕が狐耳をじっと見つめるとウェイトレスはひっと顔を引きつらせて早足で去っていった。
大人バージョンはちょっとばかり目つきが悪い。
子虎バージョンに変化できたらきっとあの狐耳ウェイトレスも悩殺できるのに。
僕の毛並みから手を離すことができなくなるほどに骨抜きにしてくれるわ。
それも魔物即斬のこの国では到底無理な話だが。
僕はこの見た目が周囲を威圧してくれているなら、それはそれでいいかと諦めてから揚げを口に頬張る。
普通だ。
まずくはないが、そこまでうまいとも思わない。
少し肉が堅い。
これならまだ、日本のコンビニのレジ横フードのから揚げのほうが企業努力が見え隠れしていておいしい。
このから揚げからは努力の痕跡が見えてこない。
勇者の伝えたレシピが間違いであるはずがない、勇者の伝えたレシピが最上のレシピだ、このから揚げからはそんな傲慢なまでの勇者信仰が伝わってくる。
この料理群を見たところ、勇者はみんな僕のひとつ前の前世、日本の出身であることは間違いない。
だが、きっと料理のプロはいなかったのだろう。
メニューを見たところ、作り方の分からないような複雑な料理はない。
それでもだ、素人がある程度整った味のラーメンを一から作ろうと思ったら並々ならぬ努力があっただろう。
勇者たちは故郷の料理が食べたいがために、頑張って頑張ってこのメニューに載っている料理をすべて一から作ったのだ。
このから揚げは、そんな勇者たちの努力の上に胡坐をかいているとしか思えない味だ。
もっと美味しく作ろうという向上心が全く感じられない。
僕がうんうん唸りながらから揚げを食べている間にも、フィリーネはおいしそうにラーメンを食べている。
守りたいこの笑顔。
なんだかフィリーネの笑顔を見ていたら、どうでもよくなってきた。
いや、良く考えたら本当にどうでもいいこと考えていたんだけど。
落ち着いて周りを見渡せば、お昼時なのに結構空席が目立つ。
まあ、おいしくて混んでる店と味はいまいちだけど空いてる店だったら僕は後者を選ぶからね。
人ごみとか広域殲滅魔法を放ちたくなる。
そう考えたらなんだか薄汚い店構えも趣があるいいお店に見えてきた。
このくらい薄汚い店のほうが落ち着くには落ち着くよね。
ん?
ぼやっと店の客を観察していた僕は、ふと斜め前に黒髪の男が座っているのに気づいた。
この世界では結構黒髪は珍しい。
日本での銀髪の人くらいの珍しさだ。
僕はその男をじっくりと観察する。
男がピクリと動き、振り向く。
目が合ってしまった。
その男は黒髪に黒い瞳をしていた。
鼻も低く、日本人顔。
なんとなくこいつは勇者じゃないかと僕は思った。
理由は2つ。
ひとつは日本人顔なこと、もうひとつは男の太ももに取り付けられた皮のホルスターから、拳銃らしきもののグリップが覗いていたからだ。
両足の太ももに1丁ずつ固定された拳銃。
2丁拳銃とか、ロマン武器じゃねーか。
次の瞬間、男は目にも留まらぬスピードで片方の拳銃を抜き、昼時の定食屋に銃声が響き渡った。
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