例えばサバゲーガチ勢が異世界召喚に巻き込まれたとして

兎屋亀吉

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10.森

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 魔力値を早く上げるにはジャイアントキリング、大物狩りが一番効率的なようだ。
 自分よりも魔力値の高い生き物を殺せば、それだけ早く魔力値が上がるというわけだ。
 俺にしてみればそのへんのイノシシや鹿でさえ格上なわけで、ジャイアントキリングする標的にはことかかない。
 そろそろ草原を卒業して、森に入るときがきたようだ。
 森に入るうえで気をつけなければならないのは、なんといっても魔獣だろう。
 この世界の野生動物は長生きだ。
 100年や200年は平気で生きる。
 ちなみに人間はもっと長生きだそうだ。
 もはや同じ姿形をしているだけの別の生き物だ。
 そんなわけで、長く生きればそれだけ多くのものを殺して食べるだろう。
 おのずと魔力値は上がっていき、魔獣となる。
 植物にも魂というのが宿っているのか、草食動物も魔獣となることはあるようだ。
 だがやはり恐ろしいのは肉食の魔獣。
 草食の魔獣はその警戒心の強さから人間の前に姿を現すのは稀だ。
 突発的な事故か、故意に狩ろうとして探すくらいでしか遭遇することはない。
 しかし肉食の魔獣は逆に人間を狩って食べようとしてくる。
 森の中では常に風向きに気をつけ、自分がどこにいるのか悟らせないようにしながら歩く必要があるだろう。
 森の浅い場所ではそれほど多くの魔獣はいないと思うが、人里にも魔獣が出ることがあるようなので気を抜くことはできない。
 油断すれば死ぬ、それがこの世界の森なのだ。
 だが俺には、リスクを冒さずに大物を狩る算段があった。
 俺の固有スキル【お前の代わりはいくらでもいるインスタントアバター】だ。
 インスタントアバターを使って分身を生み出し、分身に森を探索させる。
 インスタントアバターは装備もまるっとコピーされるしスキルも使えるのは確認済みだ。
 なにを失うこともなく、本体の俺は宿屋に寝転がったままでも分身の身体で森を探索することができる。
 分身が殺した生き物の魂の欠片も俺に入るのかは分からないが、おそらく大丈夫なのではないかと思っている。
 ラズリーさんによれば、魂とはこの世界ではない高次元世界に存在していると考えられているそうだ。
 たとえば遠距離攻撃で生き物を殺したとき、魂の欠片は攻撃した人間にちゃんと吸収されるのかとラズリーさんに聞いたことがある。
 そうしたらその答えが返ってきたのだ。
 魂の存在している高次元世界には距離という概念は存在していない。
 この世界では離れた場所に存在している人間同士の魂も、高次元世界では同じ場所に存在しているのではないか。
 ラズリーさんはそんな感じの理論を提唱しているそうだ。
 弓で獲物を仕留める狩人も、剣で盗賊や魔物を殺す騎士も、同じように魔力値が上がるので距離の問題はまったく気にする必要はないそうだ。
 同じように俺のスキルである分身が殺した生き物の魂の欠片も、高次元世界でちゃんと俺の魂に吸収されていると考えることができる。
 その考えが間違っていれば強くなるのは俺の分身だが、それはそれで問題ないだろう。
 どちらにしても俺が強くなることに変わりはない。
 俺は分身を生み出し、宿から送り出した。
 本体と分身を同時に操作することはそれほど難しいことではないのだが、最近分身を生み出した状態で片方だけの操作に集中するといつもよりも身体の動きが滑らかになることが分かった。
 おそらく脳が2つあるからだろう。
 片方の動きを最小限にするなどして脳にかかる負荷を下げると、余った演算能力をもう片方の身体を操作することに使うことができるのだ。
 いわば並列に繋いだ2つの脳で1つの身体を動かすようなものだから、いつもよりも大きなパフォーマンスを生み出すことができるのだろう。
 本当は分身のほうの身体の操作をすべて切断して昏睡状態にし、本体にすべてのリソースを注ぎ込むのが一番脳の演算能力を余すことなく使えるスタイルなのだが本体で森に行くわけにはいかないのでしょうがない。
 俺は宿屋の臭いベッドで横になり、分身の操作に集中した。
 いつもの草原を抜け、森へと足を踏み入れる。
 濃い緑の匂いがして、緊張で脳の奥がピリピリする。
 近くに魔獣や野生動物がいないのを確認し、アイテムボックスから安い外套を取り出す。
 外套にニカワを塗り、生木の葉っぱを毟って隙間なく貼り付けていく。
 即席のギリースーツだ。
 森の中で潜むには、背景に溶け込む必要がある。
 俺は近くの頑丈そうな太い木に登った。
 公園のポールを腕の力だけで登るトレーニングなどもたまにしていたおかげで木に登るのは得意だ。
 するすると猿のように木をよじ登り、丈夫な枝の上でスタンバイする。
 枝葉の茂ったこの木の上ならば、ギリースーツが俺を溶け込ませてくれる。
 あとは目視できる範囲に獲物が通りかかるのを待つだけだ。
 息を潜めて待つこと30分ほど、俺の索敵というスキルに反応があった。
 索敵は半径30メートルくらいの生き物の気配を察知するというスキルだ。
 察知するといってもレーダーのように赤い点で脳内に表示されるとかそういったものではなく、なんとなくこっちに生き物がいそうとかそういう曖昧な情報を第六感のような感覚で教えてくれるスキルだ。
 その第六感が、2匹の生き物がこちらに近づいているかもしれないという情報を教えてくれた。
 なんとなくそっちっぽい方角を見れば、虎が鹿を追いかけている光景が目に飛び込んできた。
 虎か、いきなり虎はない。
 鹿だけ来てくれればよかったのにな。
 だが鹿は群れで行動する動物だ。
 虎に追いかけられでもしなければ1頭でいることなど見かけなかったことだろう。
 とりあえず2匹の生き物を鑑定する。

固有名:なし
種 族:虎
性 別:メス
年 齢:10歳
称 号:なし
魔力値:36
スキル:なし

固有名:なし
種 族:鹿
性 別:オス
年 齢:134歳
称 号:【肉食獣殺し】【俳優】
魔力値:127
スキル:【脚力強化】【硬質蹄】【シャープネスホーン】【演技】

 え……。
 鹿、強い。
 称号にある俳優とか、スキルにある演技とか。
 これはもしかして、虎のほうがピンチなのか?
 演技のスキルによるものなのか、鹿は悲壮な顔をしているように見える。
 今にも虎に追いつかれて食べられてしまいそうだ。
 虎の牙が鹿に届きそうになったとき、鹿が突然踵を返した。
 もうちょっとで柔らかそうな肉が食べられると思っていた虎は、驚き一瞬虚を突かれる。
 次の瞬間にはすでに虎の脇腹に鹿の角が突き刺さっていた。
 首を振って虎から角を引き抜く鹿。
 そしてもう一度勢いをつけて虎に角を突き刺した。
 そこから先は目をおおいたくなるような虐殺だった。
 何度も何度も角で突き刺し、硬い蹄で虎をグチャグチャに踏み潰す。
 あちらの世界では見たことがなかった独特の弱肉強食が、そこにはあった。
 鹿は草食なので虎を食べることはない。
 後に残ったのはグチャグチャのミンチとなった虎だったもの。
 俺はそれから数時間の間、木の上で蹲ったまま動くことができなかった。
 森、怖い。


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