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27.正義の騎士
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じりじりと距離を空けるジルタと貴族の護衛たち。
貴族の周りを固めている護衛たちは全員魔力値100を超える強者だったが、そうせざるを得ない危険な雰囲気が今のジルタにはあった。
逆手に握り締めた短剣を順手に持ち替えるジルタ。
順手に持ち替えたということは、ここからは突きを中心とした攻撃に切り替えるということだ。
短剣に限らず、刃物を用いた武術の奥義は突きと言っても過言ではないだろう。
特殊な形状の刃物でもない限りは刃物の先は尖っている。
その尖った一点にエネルギーを集中させる突きは、刃物を使った攻撃の中では一番攻撃力が高い。
魔力値100越えの強敵を前にしたら俺もそうする。
ジルタは一息で一番手前の男の懐にもぐりこみ、目にも留まらぬような速度で短剣を突き出す。
心臓を狙った一撃だったのだが、さすがに相手も手練だ。
ジルタの一撃は浅く男の脇腹を切り裂くだけに留まる。
攻撃を繰り出して隙ができたジルタに隣の男の膝蹴りがめり込む。
「ジルタ……」
やはり男たちは強い。
伊達に人を殺して魔力値をそこまで上げただけのことはある。
男たちの戦闘技術は対人戦に特化している。
おそらく傭兵、風呂屋で会った傭兵団の上層部の人間だろう。
ジルタも俺の分身を相手に何ヶ月も濃密な訓練を積んできたが、相手はそれ以上に修羅場を潜ってきた本物の戦争屋だ。
多少魔力値で勝っているからといってあの人数を相手にジルタが無双できるわけもなかった。
ジルタはすぐに立ち上がるがダメージは受けているようで腹を押さえている。
「くそっ、加勢……」
「加勢はやめてくれよ」
ぞくりと背筋に寒気が走る。
俺はアイテムボックスから取り出したアンチマテリアルライフルを取り落としてしまった。
いつの間にか背後に立っていた男が、俺の首筋に刃物をそっと当てている。
俺は両手を頭の後ろで組み、そっと後ろを振り返る。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
ダンディなバリトンボイス。
まるでいい夜ですねとでも言わんばかりの穏やかな声だった。
男はそのダンディな声にぴったりな口ひげを生やした伊達男だ。
だがその体格はひと目で戦いに身を置く者だと分かるくらいに厳つい。
彫像のような筋肉で大柄な身体をびっしりと覆った50がらみの男だった。
「そのポーズはなんですか?」
「降参のポーズです。命だけは助けて欲しい」
「なるほど。武器を持っていないという証明ですね」
この男と戦うのはあまり現実的とはいえない。
なぜなら鑑定が確かならば、この男の魔力値は300を超えている。
あの貴族の周りを固めている男たちが手練だとしたらこの男は規格外の化け物だ。
化け物鹿よりもさらに倍近く高い魔力値に見たことも聞いたこともないようなスキルの数々。
戦ったところで無駄だろう。
それに俺はこの場に本体を晒してしまっている。
これが分身だったのならば分身を消せば逃げられる。
だが俺は愚かにもこの場に本体で来てしまった。
ジルタが危なくなったときには援護できるようにという気持ちがあったのかもしれない。
分身では銃弾を1発放てば消えてしまう。
それではそれほどの援護を行なうことができない。
だから何発撃っても消えることのない本体でと無意識に考えてしまったのだろう。
まさか人間を相手にする戦いでこんな化け物に遭遇するとは思いもしなかった。
この男はあの貴族に雇われているのだろうか。
それとも……。
「質問があります」
「いいですよ。答えるかどうかは私が決めますがね」
「あなたはあの貴族の仲間なのですか?」
「ふむ。先ほどの言葉からおそらくあなたはあの獣人の少年の仲間のようですね」
「そうですよ」
たとえ襲撃者であるジルタの仲間であると思われることになっても、ここに嘘はつけない。
適当なことを言っても無駄な雰囲気もあるしな。
「なるほど、であれば先ほどの質問にお答えしましょう。私はあのような貴族の仲間ではありませんね。むしろ逆です」
「敵ということですか?」
「ええ、私は誇り高き騎士アルバート・ベルハイム。あのような貴族を憎む正義の騎士です」
正義の騎士ときたか。
確かにアルバートと名乗る男の立ち振る舞いはまるで舞台俳優が演じる騎士のように勇壮だ。
腰に吊るした家紋入りの剣は本当に騎士のものであるかのようだ。
だが分からないことがある。
ジルタの仇である貴族に敵対しているのであれば、なぜ俺の加勢を止めたのだろうか。
「不思議かな?私が君の加勢を止めたのが」
「ええ。理由が無いのならば今すぐにでも加勢したいのですが」
「それはダメです。あの少年には悪いが、今は時期が悪い」
「時期?」
「そうです。ロバート・スレイン男爵はもうすぐ告発される手筈となっています。本当はあの少年にも騒ぎなどは起こして欲しくはなかったのですが、少年を止めるには一歩間に合わなかった」
ジルタの仇であるスレイン男爵という貴族は裏で違法な奴隷を売って稼いでいる悪党だ。
いつかは告発されるべき人だったのだろうが、あまりにもタイミングが悪い。
「ジルタのやっていることは無駄ですか?」
「ジルタというのがあの少年の名前ですか。無駄とはっきり言いたくはありませんが、敵討ちは我が国の法律では表向きには認められていない。私の立場から少年の行動を認めてあげることはできませんね」
「ジルタはどうなります」
「私は少年の行動を認めるわけにはいきませんが、敬意は払う。敵討ちのことを罪に問うことはありません。しかし、あそこに飛び込んで行って助けてあげることもできません。あなたが加勢することも許可はできません」
「そうですか……」
結局、俺はジルタに何もしてやることはできない。
それは最初から分かっていたことだ。
貴族の周りを固めている護衛たちは全員魔力値100を超える強者だったが、そうせざるを得ない危険な雰囲気が今のジルタにはあった。
逆手に握り締めた短剣を順手に持ち替えるジルタ。
順手に持ち替えたということは、ここからは突きを中心とした攻撃に切り替えるということだ。
短剣に限らず、刃物を用いた武術の奥義は突きと言っても過言ではないだろう。
特殊な形状の刃物でもない限りは刃物の先は尖っている。
その尖った一点にエネルギーを集中させる突きは、刃物を使った攻撃の中では一番攻撃力が高い。
魔力値100越えの強敵を前にしたら俺もそうする。
ジルタは一息で一番手前の男の懐にもぐりこみ、目にも留まらぬような速度で短剣を突き出す。
心臓を狙った一撃だったのだが、さすがに相手も手練だ。
ジルタの一撃は浅く男の脇腹を切り裂くだけに留まる。
攻撃を繰り出して隙ができたジルタに隣の男の膝蹴りがめり込む。
「ジルタ……」
やはり男たちは強い。
伊達に人を殺して魔力値をそこまで上げただけのことはある。
男たちの戦闘技術は対人戦に特化している。
おそらく傭兵、風呂屋で会った傭兵団の上層部の人間だろう。
ジルタも俺の分身を相手に何ヶ月も濃密な訓練を積んできたが、相手はそれ以上に修羅場を潜ってきた本物の戦争屋だ。
多少魔力値で勝っているからといってあの人数を相手にジルタが無双できるわけもなかった。
ジルタはすぐに立ち上がるがダメージは受けているようで腹を押さえている。
「くそっ、加勢……」
「加勢はやめてくれよ」
ぞくりと背筋に寒気が走る。
俺はアイテムボックスから取り出したアンチマテリアルライフルを取り落としてしまった。
いつの間にか背後に立っていた男が、俺の首筋に刃物をそっと当てている。
俺は両手を頭の後ろで組み、そっと後ろを振り返る。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
ダンディなバリトンボイス。
まるでいい夜ですねとでも言わんばかりの穏やかな声だった。
男はそのダンディな声にぴったりな口ひげを生やした伊達男だ。
だがその体格はひと目で戦いに身を置く者だと分かるくらいに厳つい。
彫像のような筋肉で大柄な身体をびっしりと覆った50がらみの男だった。
「そのポーズはなんですか?」
「降参のポーズです。命だけは助けて欲しい」
「なるほど。武器を持っていないという証明ですね」
この男と戦うのはあまり現実的とはいえない。
なぜなら鑑定が確かならば、この男の魔力値は300を超えている。
あの貴族の周りを固めている男たちが手練だとしたらこの男は規格外の化け物だ。
化け物鹿よりもさらに倍近く高い魔力値に見たことも聞いたこともないようなスキルの数々。
戦ったところで無駄だろう。
それに俺はこの場に本体を晒してしまっている。
これが分身だったのならば分身を消せば逃げられる。
だが俺は愚かにもこの場に本体で来てしまった。
ジルタが危なくなったときには援護できるようにという気持ちがあったのかもしれない。
分身では銃弾を1発放てば消えてしまう。
それではそれほどの援護を行なうことができない。
だから何発撃っても消えることのない本体でと無意識に考えてしまったのだろう。
まさか人間を相手にする戦いでこんな化け物に遭遇するとは思いもしなかった。
この男はあの貴族に雇われているのだろうか。
それとも……。
「質問があります」
「いいですよ。答えるかどうかは私が決めますがね」
「あなたはあの貴族の仲間なのですか?」
「ふむ。先ほどの言葉からおそらくあなたはあの獣人の少年の仲間のようですね」
「そうですよ」
たとえ襲撃者であるジルタの仲間であると思われることになっても、ここに嘘はつけない。
適当なことを言っても無駄な雰囲気もあるしな。
「なるほど、であれば先ほどの質問にお答えしましょう。私はあのような貴族の仲間ではありませんね。むしろ逆です」
「敵ということですか?」
「ええ、私は誇り高き騎士アルバート・ベルハイム。あのような貴族を憎む正義の騎士です」
正義の騎士ときたか。
確かにアルバートと名乗る男の立ち振る舞いはまるで舞台俳優が演じる騎士のように勇壮だ。
腰に吊るした家紋入りの剣は本当に騎士のものであるかのようだ。
だが分からないことがある。
ジルタの仇である貴族に敵対しているのであれば、なぜ俺の加勢を止めたのだろうか。
「不思議かな?私が君の加勢を止めたのが」
「ええ。理由が無いのならば今すぐにでも加勢したいのですが」
「それはダメです。あの少年には悪いが、今は時期が悪い」
「時期?」
「そうです。ロバート・スレイン男爵はもうすぐ告発される手筈となっています。本当はあの少年にも騒ぎなどは起こして欲しくはなかったのですが、少年を止めるには一歩間に合わなかった」
ジルタの仇であるスレイン男爵という貴族は裏で違法な奴隷を売って稼いでいる悪党だ。
いつかは告発されるべき人だったのだろうが、あまりにもタイミングが悪い。
「ジルタのやっていることは無駄ですか?」
「ジルタというのがあの少年の名前ですか。無駄とはっきり言いたくはありませんが、敵討ちは我が国の法律では表向きには認められていない。私の立場から少年の行動を認めてあげることはできませんね」
「ジルタはどうなります」
「私は少年の行動を認めるわけにはいきませんが、敬意は払う。敵討ちのことを罪に問うことはありません。しかし、あそこに飛び込んで行って助けてあげることもできません。あなたが加勢することも許可はできません」
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結局、俺はジルタに何もしてやることはできない。
それは最初から分かっていたことだ。
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