迷宮の魔王物語

兎屋亀吉

文字の大きさ
2 / 13

2.プロローグ2

しおりを挟む
 カンダタさんは別に記憶を消さなくてもいいと言った。
 いいのかな。
 そんな融通利いちゃって大丈夫なのかな。
 世界の秩序を守るための規則とかじゃないのかな。

「人間以外への転生者の記憶を消すのはカルマの浄化と、人間だった記憶があっては不憫だろうという2つの理由からだ。お前はどうせ人間には転生できないんだ。チンパンジーが前世の記憶を持っていたところで何も出来んだろ。まあその代わり、カルマは前世から引き継ぐがな」

 なるほどな。
 確かにチンパンジーに前世の記憶があったところでテレビで人気者になるくらいしか出来なさそうだ。
 それに記憶を持ったままチンパンジーに転生というのもつらいよな。
 なんとか抜け道みたいなものはないものか。

「なんとかなりませんか?そうだ、雪男とか宇宙人とか、そういうのはいないんですか?転生するのは人間に近いものですよね」

「そんなのいるわけないだろ。いたとしてもそれに転生する確立なんて雷に当たる確立より低いと思うぞ」

 そっすか。
 無理っすか。
 
「大丈夫だって、野生のチンパンジーの寿命なんて長くて15年くらいだし、そのくらい我慢すれば次の人生に向かえるだろう。誠心誠意善行を積めば次は人間になれるさ」

 元気付けようとしてくれている。
 やっぱりこの人良い人だな。
 大罪人なんていうかっこいい肩書きの人だけど優しいな。
 きっと優しいだけじゃ生きていけない時代だったんだろうな。
 ごねて色々と迷惑をかけてしまった。

「ありがとうございました。往生際が悪くてすみません。後ろ、亡者が並んじゃってますよね。良く考えたら膨大な数の命が1日のうちに失われてますし」

「いや、私以外にも渡し守はたくさんいる。むしろ休憩ができてありがたいぐらいだ」

 カンダタさんはそう言ってまた煙草をくわえ、火をつけた。
 そうだよな。そんな数の亡者カンダタさん一人じゃさばききれないよな。
 俺バカだな。
 そんなことを考えていると、カンダタさんが執務机に乱雑に積まれた書類の中から、おもむろに1枚の羊皮紙を引っ張り出した。

「あー、そういえば、忘れてた」

 なんか忘れていたみたいだ。
 よくある、よくあるよ。
 俺は生暖かい目でカンダタさんを見ていたのだが、困ったようにぼうっと羊皮紙を見ていたその鋭い瞳が急に俺に向けられた。
 なんだろう。
 生暖かい目で見たので怒ったのかな。

「お前、異世界に行かないか?」

 異世界。
 その言葉自体はウェブ小説などで頻繁に目にしたことがあるが、この状況で耳にするこの言葉はなんて甘美な響きなんだ。
 まるで地獄に垂らされた1本の蜘蛛の糸のようじゃないか。
 もしかしてチンパンジールート回避できるのか?
 俺は生前、異世界でモンスターに転生する系の小説もよく好きで読んでいた。
 この際チンパンジールートを回避できるならゴブリンルートでも構わない。

「行きます行きます!俺異世界行きます!」

「お、おう。そうか。行くか、異世界」

 俺の食いつき方に軽く引きながらも、カンダタさんはなんとなくほっとした顔をしている。

「いや、私は助かるからいいんだけど、本当にいいのか?異世界は危ないぞ?危険な生き物もたくさんいるし、人間は戦争ばかりで文明は遅れている。そんな中でお前は人間には転生できないから生まれる環境はかなり苛酷なものになるだろう。どんな生き物に生まれるかは分からないが、大人になるまでに死ぬ確立もかなり高い」

 カンダタさんが異世界に転生するデメリットを羅列してくれる。
 俺が異世界に転生したほうがカンダタさんには都合がいいはずなのに。
 だが、俺はカンダタさんの言葉を聞いて逆にどんどん異世界に惹かれていく。
 
「でも、人間に近い生き物の数は多いんですよね」

 そう、俺の想像する異世界ならば、獣人や亜人などの、人間に近い生き物がたくさんいるはずだ。
 チンパンジーよりもましな生き物に転生する可能性も高い。

「確かにそうだ。異世界には人間以外にも知性を持った生き物がたくさんいる。カルマによって転生先が決まる、この世界の人間を最上種としたシステムからは外れた世界だ。カルマが20を超えていても、人間よりも上位の存在に転生する可能性もある。だが、過酷な世界ということも事実だ。異世界で生き残れるかどうかは賭けだ。ハイリスクハイリターンのギャンブルというわけだ。もう少しよく考えてから決めたほうがいい」

「いえ、もう決めました。俺は異世界に転生します」

 このままでは、人の記憶を持ったままチンパンジーに転生してつらい猿生を送るだけだ。
 もし、異世界に転生したとして、最悪のケースはゴブリンなどの弱い人型モンスターに転生することだろう。
 だが、望むところだ。
 頑張って強くなってゴブリン無双してやる。

「本当にいいんだな?」

「はい。異世界行きたいです」

「……わかった。せいぜい異世界を楽しむといい」

 カンダタさんはしょうがないやつだなというような顔を浮かべ、ため息をひとつ吐くと、首から提げていた鍵で執務机の引き出しを開け、金印を取り出す。
 カンダタさんがその金印で、俺のカルマが書かれていると思われる紙に押印すると同時に、俺の意識は薄れていった。
 薄れゆく意識の中で、頑張れよというカンダタさんの声が聞こえた気がした。

 次の生の終わりにも、またカンダタさんに会いたいと思った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情され、異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...