迷宮の魔王物語

兎屋亀吉

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3.極寒の世界

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 凍えてしまいそうな寒さの中、俺は目を開ける。
 小刻みに震えて、歯の根が合わずカチカチという音をたてる。
 なんでこんなに寒いんだ?
 俺は確か異世界に転生したはずだ。
 転生ということは俺は生まれたばかりの子供のはずだし、人間に転生することもできないから人間ではないはずだ。
 だが、全身を見回してみても、どう見ても人間の体に見える。
 それも、人間の大人に見える。
 軋む体をゆっくりとほぐすように体を動かし、立ち上がってみるが、やはり子供の身長ではない。
 これはどういうことなのだろうか。
 異世界はギャンブルだとカンダタさんが言っていたが、俺はギャンブルに勝って見た目がほとんど人間と変わらない種族に転生したとかかな。
 しかし、周りに誰もいないのと、寒いのと、俺がいきなり大人なのが不思議だ。
 色々と今の状況のことを考えてみるが、とにかく今は凍えそうなほどの寒さが一番の問題だ。
 冷えた体を手のひらで擦ってみるが、芯まで冷えた体は一向に温まることはない。
 身につけている服はボロボロの布切れを縫い合わせたような薄いもので、寒さを凌げるはずもない。
 俺はなにか暖をとれるものはないかと周りを見回してみる。
 俺の横たわっていた場所は、6畳ほどの部屋のように見える。
 だが、壁や床は金属で出来ていて、今も凍えそうなほどの冷気が冷たい金属の床から伝わってきて、裸足のままの俺の足に痛みを与え続けている。
 そんな金属の壁や床以外では2つのものが俺の目に映る。
 1つは丸い窓の付いた扉。
 もう1つは床に転がっている野球の硬球サイズのぼんやりと淡い光を放つ丸くて白い玉だ。
 俺はとりあえず今の状況を知るために、怪しい玉は置いといて、扉を調べることにした。
 もう感覚があまりない足に血液を送ろうと無駄に動きを大きくしながら扉に近づく。
 扉に付いた丸い窓は、外の冷気で真っ白に凍って何も見えない。
 予想するに外の気温はこの部屋なんて目じゃないほどに低そうだ。
 それでも俺は外の様子を見るために、覚悟を決めて扉の取っ手に手をかける。
 手の皮が張り付いてしまいそうなほどに冷たいが、あまり長く触らないようにして慎重に取っ手を押す。
 鍵はかかっていないみたいで、重い金属の扉が不思議なほど滑らかな動きで開く。
 定期的に誰かが扉の整備をしているのだろうか。
 凍りついた扉がぱきぱきと霜を砕きながら開いていく。
 そして、外の空気が中に入ってきた途端。

「うぐぁぁぁっ」

 もう寒いとかそんなレベルではなかった。
 痛い。
 俺の体に外の空気が触れた瞬間に肌の表面に刺すような痛みが走る。
 慌てて扉を閉めたが、少し遅かった。
 すでに外の冷たい空気が入り込み、6畳ほどの狭い部屋は先ほどとは比べようもないほどに冷えてしまった。
 失敗した。
 外がこの部屋よりも寒いことなど分かっていたことだったのに、よく考えもせずに外の様子が知りたいがために安易に扉を開けてしまった。
 まずいな、このままだと凍えてしまう。
 俺は体を温めるためにとりあえず意味もないのに狭い部屋の中を歩き回ることにした。
 1時間ほどぐるぐると歩き回っていると、だんだんと手足の感覚が戻ってきた。
 少しは効果があったみたいだ。
 ちょっとだけ落ち着いたので、後回しにしていた怪しい玉を調べてみることにした。 
 俺は人差し指の先っちょでこの怪しい玉をつんと触ってみた。
 いたっ、いたたた。
 やばい、頭痛くなってきた。
 これ、やばくない?なんか頭ズキズキするんだけど。
 脳梗塞とか脳溢血じゃないのかな。
 寒いときは血栓ができやすいっていうから。
 
「あっ」

 違うわ。
 これはあれだ。

 この白い玉はダンジョンコアだ。

 俺の頭の中にダンジョンについての知識が流れ込んでくる。
 さっきの頭痛は知識が流れ込むときの副作用みたいなものだったんだな。
 よかった、脳卒中じゃなくて。
 とにかく、助かった。
 これでなんとか凌げそうだ。

 この部屋は、いや、このは、迷宮ダンジョンだ。

 そして俺は、迷宮ダンジョンの魔王だ。

 ダンジョンが船とかダンジョンの外が寒すぎるとか色々とアレなところはあるけれど、とりあえずは。

「いよっしゃぁぁぁぁぁ」

 俺は飛び上がってガッツポーズを決める。
 チンパンジールートを異世界転生によって回避し、今またゴブリンルートもなんとか回避できた。
 魔王がどうしたって言うんだ。
 むしろ魔王なんて異世界の生態系では多分かなり上位に存在するんじゃないか?
 外が寒いとか船がダンジョンとか大した問題じゃないな。
 まともなものに転生できた喜びをひとしきりかみしめた俺は、早速ダンジョンの力を使ってみる。
 ダンジョンは魔王の体の1部のようなもので、このダンジョンを使って魔王は獲物を誘引する。
 ようはチョウチンアンコウの提灯のようなものだ。
 だが、単純に誘引した獲物をそのまま食べるというわけではない。
 そんな食べ方したくない。
 ダンジョンにはDP、ダンジョンポイントというものがあり、魔王はこれを使ってダンジョンを改造したり、色々なものを生み出したりも出来る。
 ダンジョンの中で獲物を殺したり、その死体を吸収したりするとこのDPというものを取得できる。
 なんでそんなことができるのかは謎だが、おそらくなんらかのエネルギー変換が行われているのだろう。
 異世界はすごいな。
 ちなみに今の俺のDPは1028DP。
 なんか見たことある数字だと思ったら生前の俺の預金残高の数字だ。
 なかなか粋なはからいだとは思うけど、もっとお金溜めとけばよかったな。
 しょうがないじゃん、パラサイトフリーターだったんだから。
 とにかくこの寒さを何とかしないと。
 まずは底冷えする壁と床だ。
 壁は断熱材を入れた木の壁に落ち着く白の壁紙を貼る。
 床は冬暖かく夏涼しいと評判の畳だ。
 それからコタツと石油ストーブとあったかい服とetc.。
 まずい、ヤカンとかカップラーメンとかまで出してたらいつのまにか400DPも使ってた。
 これ自分のスキルもDPで設定しないといけないのに…。
 そう、この世界はステータスがあり、スキルがある。
 今の俺のステータスはこうだ。

 名 前:ヒナタ
 種 族:迷宮の魔王
 レベル:1 
 H P:10/10
 M P:10/10
 ATK(攻撃):10
 DEF(防御):10
 AGL(素早):10
 INT(魔攻):10
 MND(魔防):10
 スキル:なし

 このステータスは、コタツの上に置かれたダンジョンコアの上に、透明なディスプレイのような感じで表示されている。
 これがステータスウィンドウというやつか。
 異世界モノの小説を読むたびに結構憧れてたんだよな。
 名前は前世のファーストネームが名前になっているみたいだ。
 カルマや記憶を引き継いだから名前も引き継ぎなのかな。
 能力値やスキルはまだ初期状態なので村人Aと同等くらいだろう。
 スキルやレベルの表示があるということはこの世界は、生まれ持ったスキルもしくは後天的に取得したスキルを育て、モンスターを倒してレベルアップするゲームのようなシステムがある世界なのだろう。
 とりあえず今分かるのは、魔王はDPで好き勝手にスキルが取得できるということ。
 そしてスキルにはレベルがあるものがあり、上限が10だということ。
 あとはダンジョンの機能で倒した敵の経験値も魔王は受け取れるということだ。
 この世界の普通の人は、DPでスキルを取得したりはできないと思うので、やっぱり迷宮の魔王は当たり種族だよな。
 あれ?でも船でどうやって獲物を誘い込むんだ?
 やっぱりダンジョンが船ってクソだな。
 こんなところでカルマ21が響いてくるとは。
 ていうか獲物って普通に考えてダンジョンを攻略しに来た冒険者とかいうロマン職業の方々とかだよね。
 なんかやだな。
 人間を殺して糧を獲るということも嫌なんだけど、勝手に人の家を攻略しに来る人がいるっていうのも嫌だ。
 ダンジョンが船っていうのも他の魔王に会ったときに笑われたりいじめられたりしそうだし。


 部屋が暖かくなるにつれて、俺の頭は冷え、まともなものに転生できた喜びも冷え固まった。


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