迷宮の魔王物語

兎屋亀吉

文字の大きさ
13 / 13

13.フェンリルのいる日常

しおりを挟む
「へ?」

「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はディールト、親しみを込めてディーと呼んでくれ」

「あ、ああ俺はヒナタだ」

「ヒナタ、あんた魔王だろ?俺を部下にしてはくれないか?」

 ディーは縋るような顔で懇願してくる。
 なにか理由があるのだろうか。
 こんなに強いやつが人を騙すようなことはする必要がないので、その警戒はしていない。
 警戒しても力の差がありすぎて意味がないしね。

「なんでだ?お前はそんなに強いじゃないか。誰かの部下になる必要があるのか?」

「ああ、男として恥ずかしい話なんだがな。俺には妻と子供がいるんだが、今日までなんとか少ない獲物を狩って生活してきた。だがここ最近は急激に寒くなって、獲物が狩れなくなった。もう、限界なんだ。妻と子供に、もう1ヶ月半近く碌なものを食わせてやれてない。部下にしてもらうのが無理でも、妻と子供だけにでもなにか食べさせてやってはもらえないだろうか」

 1ヶ月半近く碌なもの食べてなくても生きてるとかすごい生命力だな。
 それにしても、この寒さは元々じゃなかったのか。
 大体1ヶ月半くらい前から急激に寒くなってきたと。
 あっれ~、偶然にも俺がこの世界に転生したのもちょうどその頃だぞ~。
 偶然だな、世の中には不思議なことがあるもんだ。
 
「どうしたんだ?この寒い中そんな汗なんてかいて」

「い、いやっ、汗なんてかいてねーし!」

「それで、どうだろうか。俺の爪でも牙でもなんでも剥ぎ取ってくれていいから、なんとか妻と子供だけでも久しぶりの食事をさせてやることはできないだろうか」

 ディーはそういいながら、チラッと後ろを見る。
 そこにはディーより少し小さいフェンリルと、大型犬くらいの小さなフェンリルが子犬のような瞳でこちらを見つめていた。
 無理だよ、これもう断るの無理だ。
 もとから断るつもりもなかったけど。
 
「俺は別にディーを部下にしてもいいと思っている。奥さんと子供にも十分な食事をとらせてあげられる。でも、お前はいいのか?正直お前は俺の1万倍は強い。自分より弱い魔王の部下になってもいいのか?」

「ああ、いいよ。魔王なんてあっという間に強くなるし。なにより食べ物を生み出せる力っていうのは強さとは別の次元にある。俺達魔物はたしかに強さを尊ぶが、それは強ければそれだけたくさん獲物を狩れるから尊ばれるんだ。食べ物を生み出せる力というのはどんな強さにも勝るだろ、特に生き物の少ないこの土地では」

 なるほど、一理ある。
 強さというのは食っていく手段ということか。
 この食べられる物の少ない極寒の地では、食べ物を出せるやつが一番偉いと。
 よし、フェンリルゲットだぜ!君に決めた!(ゲス顔)

「ディーがいいなら問題はない。それじゃあ、今日から俺の部下ってことで。とにかくまずは何か食べないとな。ただ、あまり多いと賄えないかもしれない。フェンリルはどのくらい食べるんだ?」

 最悪パンの耳で我慢してもらわなくてはならないかもしれない。

「俺と妻は人化が使えるから、人と変わらない量でかまわない。ただ、娘はまだ人化がまだ使えないからすこしたくさん食べるかもしれない。すまないな」

 よかった、人化中は省エネだった。
 娘さんは大型犬くらいのサイズなので、たくさん食べるといっても異次元な量は食べないだろう。

「そのくらいなら大丈夫そうだ。これからよろしく」

「ああ、恩にきる。精一杯働く」

 恩にきなくてもいいんだよ。
 君達が生活できなくなったのたぶん俺のせいだから。
 いや、俺も悪気があったわけではないんですよ。
 だって普通思わないじゃないですか、俺がいるせいでここは寒いんだって。
 そんな世界の中心は俺、みたいな思考してないんで。
 まあいい。
 終わったことでとやかく言ってもしょうがない。
 俺に出来るのはこのフェンリルの家族に、いままでよりもいい生活をさせてやることだけだ。
 



 
 フェンリルのいる生活が始まって早半月。
 みんなフェンリルに慣れてきた。
 今日も俺とディーが釣りをする周りでは、子供達とディーの娘のフリーシアが遊んでいる。
 はじめは追いかけっこをしていたのだが、さすがにどう頑張ってもフェンリルには勝てないので今はいつものようにみんなで俺の浮べる水球を追いかけて遊んでいる。
 たまにフリーシアが俺やディーの元に寄ってくるので、モフモフしてやると満足して子供達との遊びに戻っていく。
 可愛い。
 俺もダンジョンの力で魔物を生み出したくなってくる。
 モフモフのやつをな。
 ダンジョンの力で生み出された魔物は、みんな最初はレベル1だ。
 なので俺は現地魔物を勧誘して部下にしたほうがお得だと考えて今まで魔物を生み出さなかった。
 ダンジョンのほうも今は必死になって守る必要もないし、バルロイ族もいるしなんとなく今まではまだいいかと思っていた。
 だが、ペットとして生み出すのも悪くないかもしれない。
 俺はレプリカコアで俺の知っている魔物を検索する。
 ダンジョンのシステムウィンドウには、検索機能しかない。
 なにかを生み出すためには、キーワードで検索する必要がある。
 そのため、生み出せるのは俺がある程度知っているものだけだ。
 案の定検索で出てくる魔物はみな可愛くない。
 可愛い魔物なんてあまり知らない。
 なにかこう、モフモフとしていて、癒される魔物はいないものか。
 俺がなにかやっているのを見て、フリーシアが俺の腕の下からボフっと頭を入れて覗き込んでくる。
 うん、このモフモフが一番だな。

しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情され、異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...