異世界に行けるようになったので胡椒で成り上がる

兎屋亀吉

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改稿版

3.時間遡及

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「はぁはぁ、死ぬ……」

 俺の脇腹には深々と突き刺さったナイフ。
 右手の拳はグチャグチャに潰れている。
 顔面は腫れあがり前歯は全て折れた。
 胡椒のおかげで怯んだ男たちだったが、それなりに抵抗はされた。
 死ぬ気とはいえ俺は現代日本で育ったひょろがりで、向こうは異世界の裏通りでアウトローな生き方をするチンピラだ。

「でも、勝てた」

 俺の前には2つの死体。
 片目が抉られて腹に剣が刺さって死んでいるのがマッチョ。
 顔面が潰れるほどボコボコなのがネズミ顔だ。
 俺もすぐにそちらへ行くことになるだろう。
 他はそうでもないが腹の傷だけは致命傷だ。
 肉の少ない俺の腹に刺さったナイフは、きっと臓器まで届いていることだろう。
 はぁ、ついこの間までは悪くない人生だったな。
 最後の最後で、最悪なことばかりが起こった。
 いつからだっけな。
 そうだ、最初はバイト先で変なことばかり起こるようになったんだった。
 思い返せばあそこから悪いことばかり起こるようになった。
 確か俺のバイト先だった食品卸会社に、誤注文が相次ぐようになったのが最初だったな。
 それから俺しか使っていなかった社用車に傷は付けられるしタイヤはパンクさせられるし。
 そんなことが半年くらい続いたので解雇になったのだ。
 それから詐欺に遭った。
 2年ほど前に俺の両親が相次いで死んで、保険金と遺産でそこそこ纏まった額が当時俺の口座には入っていた。
 貯金をすべて投資すれば、不労所得で働かなくても悠々自適な生活が送れるという話に俺は飛びついてしまったのだ。
 今思えめちゃくちゃ怪しい話だ。
 その後すぐに彼女にも振られた。
 結婚の約束までした彼女だったのにな。
 何が悪かったのか。

「……………………」

 あれ、なんか、彼女の行動がおかしかったように思えてきた。
 待て待て、そんなはずは。
 優しかった彼女がそんなことをするようには思えない。
 でも冷静になってよく考えてみれば、彼女はやけに俺に投資のことを勧めてきた。
 当時の俺は結婚のことを見据えて、2人の今後の生活を考えてくれているのかと思っていたのだがな。
 あと、なぜか投資の話を持ちかけてきた男は俺の貯金額を正確に把握していたように思える。
 そういえば俺は彼女の職業を知らない。
 家は知ってるけど実家には行ったこと無い。
 親に挨拶に行きたいって言ったらなぜかすごい剣幕で怒っていたな。
 そもそも結婚するまでに俺は彼女にかなりの額の金を払っていたような気もする。
 実家の事業が上手くいっていないと言えば200万円くらい援助してあげたし、結婚指輪も高いものを彼女が欲しがったので買ってあげた。
 思い出せば出すほど彼女の行動すべてが金に直結している。
 だめだ、泣きそうだ。
 もう死にそうなのに、今になって後悔ばかりが浮かんでくる。
 なぜ彼女の本心に気がつけなかったのか。
 結婚詐欺なんて騙されるほうが馬鹿だとばかり思っていた。
 自分は多少賢くて、絶対に騙されはしないと思っていた。
 馬鹿は俺じゃないか。
 もう身体が冷たくなってきた。
 今更後悔したところで、すべてが遅い。
 腹の傷からどんどん命が失われていく。
 生きたいな。
 もう少しだけ。
 せめて、彼女に文句のひとつも言ってやりたい。
 そして両親に謝りたい。
 俺の女を見る目がなかったせいで、遺してくれたもの全部取られてしまった。
 ごめんって。

「くそっ……」

 俺の目から涙が溢れてくる。
 生きなきゃならないという気がしてくる。
 でもどうやって。
 時空神の魔法具でどうにかするしかない。
 俺は最後の力を振り絞ってマッチョとネズミ顔の持ち物を漁る。
 ここに魔石があれば……。
 マッチョとネズミ顔のポケットからは俺にしたように他人から奪ったであろうたくさんの皮袋が入っていた。
 ひとつずつ開けていく。
 チャリンチャリンとたくさんのコインが零れ落ちる。
 こちらの世界をうろつくなら金は必要だろうが、今欲しいのはこれじゃない。
 3つ目の袋をぶちまけると、その中に光沢のある真っ黒な石が出てきた。
 まるで磨かれたオニキスのような質感のその石が俺の探しているものであろうことは、なんとなく勘で分かった。
 俺はタブレットを取り出し、それを画面に押し当てる。
 石はタブレットの画面に沈んでいった。
 ホーム画面にアイテムというアプリが追加されている。
 タップすると中魔石×1と表示される。
 どうやらこのアプリはアイテムボックスに入っているアイテムを管理するアプリのようだ。
 俺は時空神の魔法具のアプリを立ち上げ、魔法作成をタップする。
 さっきチラッとだけ見えた気がする既存魔法を探す。
 あった。
 その魔法の名前は時間遡及。
 物質に刻まれた時間記録を遡って指定した時点の状態に巻き戻す魔法だ。
 この魔法が生き物の肉体に対して使えるのかは賭けだ。
 俺の記憶も巻き戻ってしまう可能性もある。
 だが、もうこの魔法しか生き残れる道は無い。
 俺は魔法作成を完了して使用可能魔法の項目をタップ。
 模様を覚える。
 幸いにもそこまで複雑な模様ではなかったので、簡単にタトゥを変化させることができた。
 
「時間遡及、発動。ぐっ……」

 時間遡及を発動すると俺の肉体に刻まれた時間記憶が頭の中に流れ込んでひどい頭痛がする。
 15分前の状態を選択し、遡及を開始する。
 遡及は一瞬で終わった。
 
「治った、のか?」

 腹を触ってみるがつるつるとしていて傷跡も無い。
 治したのではなくなかったことにしたのだから当たり前だ。

「記憶も消えてないし、なんとかなったな」

 多分巻き戻したのが腹だけだからだろう。
 砕けた拳も折れた前歯もまだそのままだ。
 中魔石1個では、腹の傷を巻き戻すのが精一杯だったようだ。
 俺は転がっている魔石をすべてタブレットに押し当て、拳と前歯も巻き戻す。
 便利な魔法だ。
 便利すぎて破滅してしまいそうだ。
 傷を巻き戻せるが、決して不死身ではないということを自分に言い聞かせる。
 脳や心臓などを破壊されて即死すれば巻き戻すこともできないのだ。
 慢心は身を滅ぼすことになる。
 俺は立ち上がり、服についた砂やほこりをパンパンと払った。
 転がっている2つの死体が目に入る。

「人、殺しちゃったな……」

 今更になって怖くなってくる。
 俺はタトゥをアイテムボックスの魔法の形にして2つの死体を収納する。
 気持ちが悪いけどこうする他に無い。
 アイテム管理画面には2人の死体と持ち物が綺麗に分別されて表示された。
 ふと、右下にゴミ箱マークがあることに気がつく。
 俺はおもむろに2人の死体をゴミ箱にフリックしてみる。
 『このアイテムを完全に消去しますが本当によろしいですか?』との表示。
 俺はyesをタップ。
 2人の死体は消えてなくなった。
 なんて魔法だよ。
 俺はあのモス〇ーガーを奢ったおじいさんのことが軽く怖くなってくる。
 いや、あのおじいさんはこれをくれただけだ。
 そう使ったのは俺だ。
 怖いのは俺の心根だ。
 剣やナイフで脅されたとはいえ、彼らは俺を殺すつもりまではなかったかもしれない。
 だが俺は、彼らを殺した。
 怖かったからだ。
 殺されるのが。
 そして一人で死ぬのが。
 なんて勝手な理由なんだ。
 そんな理由で人を殺してしまった。
 俺は俺から金を騙し取った詐欺師や彼女のことをとやかく言う資格は無いのかもしれない。
 俺はしばらく、その場から動くことができなかった。


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