異世界に行けるようになったので胡椒で成り上がる

兎屋亀吉

文字の大きさ
7 / 31
改稿版

4.俺を騙した女

しおりを挟む
 セミロングの綺麗な黒髪と切れ長の瞳、目元の泣きボクロが特徴的な女性が道を歩いている。
 その女性は数ヶ月前までは俺の彼女だった女性。
 いや、俺が一方的に彼女だと思っていたに過ぎない女性だ。
 今となっては本名だったのか分からないが、名前は杉山碧。
 以前は笑顔を絶やさない素敵な女性だと思っていたが、今その顔に浮かんでいるのは凍てつきそうなほどの無表情だ。
 これが本性だったというわけか。
 たかが笑顔を浮かべただけだというのに、馬鹿な俺はたやすく騙されてしまった。

「くそっ」

 ムカムカと胸の内が焼けるような感覚に陥る。
 しかしだ。
 俺には彼女に対して憤る資格は無い。
 俺も自分勝手な理由で人を殺した殺人者だ。
 彼女よりもより凶悪かもしれない。
 だから、俺にあるのは彼女から金を返してもらう資格だけだと思うんだ。
 俺は彼女の背後に短距離転移する。
 既存魔法の中にあった魔法で、発動にかかる魔石がリーズナブルなので使いやすい。
 俺は彼女の肩に手を置き、一緒に異世界へと転移した。



「は?なにここ……。どうなって……。あんた、矢沢!!」

「久しぶりだな。碧」

「なんか用なの?ていうかここなんなのよ」

「用なんてひとつに決まってる。金を返せ」

「は?お金ってなんのことよ」

「お前が騙し取った俺の金だよ」

「なんのことだか分からないんだけど。もしかしてあんたがあの詐欺師に騙されたお金のこと言ってんの?なんであたしに言うのか分からないんだけど」

「全部だよ。実家の商売が危ういとか言って持っていった金に、結婚指輪、あの詐欺師と組んで騙し取った金」

「は?なんでよ……」

 もう面倒だな。
 ここはもう日本じゃない。
 異世界の人通りの少ない裏通りだ。
 防犯カメラも気にする必要もない。
 俺は碧の顔を掴んで口を開かせる。

「痛っ、な、なにふんほひょ」

 俺は碧の開いた口にマイ胡椒を流し込む。

「んぐっ、がらっ、ごほっ、ごほっ」

「お金返す?」

「ごほっ、ごほっ、か、返さない!」

 俺は更に新品の胡椒を取り出し、碧に見せる。
 碧の顔は青い。

「お金返す?」

「か、返さないわよ!」

 俺は胡椒の封を切り、碧の口に流し込む。

「んんうぅっ、ごほっごほっ、た、助けっ」

「お金返す?」

 碧は涙を流しながら首を横に振る。
 俺は溜息を吐く。

「はぁ、俺だってこんなことは続けたくないんだ……」

 そんなことを口では言いながらも、更に新しい胡椒を取り出す。
 碧はいやいやと首を横に振り、逃げようとする。
 しかし俺は片手で碧の襟首をがっしりと掴んでいるので逃げられはしない。

「お金、返す?」

「か、返さないわ!!」

 俺は容赦なく胡椒を流し込んだ。
 今度は吐き出せないように顎を押さえて口を開けられないようにする。

「んんんんぅぅっ、んぐっ、んぐぅぅぅぅ!!」

 碧の顔が青から赤、紫に変わっていく。
 どうやら俺は首を押さえてしまっていたらしい。
 手をぱっと離す。

「げほっげほっ……ひっく、ひっく……」

「なあ、もうやめないか?」

「うるさいわね!こんなことして、犯罪よ!」

「そんなことは俺も分かっている。でも、先に詐欺にかけたのはそっちじゃないか」

「詐欺なんかじゃないわ!証拠が無いもの。あなたから私がお金を騙し取った証拠は無いでしょ?」

「そうだね。だからこうして俺も犯罪行為に手を染めているんだ」

「あんた頭がおかしいの!?」

「今頃気付いたの?もう俺は昔の俺じゃないんだよ。頭のおかしい犯罪者なんだ。これ以上粘ると、もっと酷いことをしなければいけなくなる。普通の生活が送れる身体なうちに、諦めてくれないか?」

 碧は青い顔で俺のことを化け物でも見るかのように見つめる。
 これ以上碧に酷いことをすれば、俺は本当に化け物になってしまいそうだ。

「わ、わかったわよ……。お金は返すわ」

「ああ、ありがとう。別に全額でなくても構わない。俺も短い間だったけれど、いい夢を見せてもらった。6、7割返してもらえれば文句は言わない」

「ねえ、ところでここどこなの?家に帰してくれるのよね?」

「ん?ああ、帰すよ。帰す」

 俺はタブレットを取り出し、魔石の残量を見る。
 残る魔石は中魔石が1個、中魔石90/100が1個となっている。
 たぶん中魔石90/100っていうのは中魔石のエネルギーを10パーセントだけ使ったという意味だろう。
 チンピラの懐に入っていた魔石は全部で中魔石が11個だった。
 時間遡及を使って中魔石を3個消費して残り中魔石8個。
 そこからさらに減った魔石は中魔石6個と10パーセントで、使った魔法は短距離転移2回と世界間転移2回。
 短距離転移の消費魔石は最初に試した1回で判明している。
 中魔石1個の5パーセント分だ。
 ということは世界間転移の消費魔石は中魔石3個か。
 往復で6個。
 1回も使えないな。
 我ながら危ないことをしてしまった。
 向こうの世界では魔石の補充手段が無い。
 こちらからの転移分しか持たずに向こうの世界に転移してしまったら、当然もうこちらの世界に来ることはできなくなってしまうだろう。
 他の魔法を使うにも魔石は絶対に必要だし、なんとか補充しないとな。
 
「ごめん、ちょっと待っててくれないか?」

「え、なに、帰れないの?」

「いや、帰れる。帰れるけど、今は帰れないというかなんというか……」

「今日中には帰れるのよね?」

「うーん、まあそうなるように頑張るよ」

 魔石ってどこに売ってんのかな。
 襲い掛かってきたチンピラが持っていたということは、どこかには売ってるんだろうけど。
 俺は魔石の売っている店を探して歩きだした。
 裏通りに置いていくわけにもいかないので、碧も一緒にだ。
 なんでこうなるのかな。
 後先考えないと妙なことになっちゃうんだな。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

処理中です...