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9.ぐーぱん
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「おいしいね。うなぎなんて久しぶりに食べたよ」
「それはよかった」
おかげで俺のうなぎは半分になってしまった。
まあうな重(竹)に使われているうなぎの量はかなりのものだ。
半分にしてもレトルトのご飯に乗せればちゃんと2杯のうな丼として成立するほどにうなぎが大盤振る舞いされている。
俺とエミさんはキッチンカウンターに並んでうな重からうな丼になってしまったものを夢中で貪る。
レトルトのご飯に乗っていてもやはりうなぎはうなぎ。
めちゃくちゃうまい。
背開きで頭を落とし、蒸してふわトロに仕上げた関東風のうなぎだ。
表面をパリっと香ばしく焼いた関西風も好きだけど、俺が出前をとったのはたまたま関東風のお店だったようだ。
あまりのおいしさにあっという間にうなぎはなくなり、ずずっと2人してお茶を啜る。
たまには部屋の外で誰かとご飯を食べるのもいいかもな。
まあ本当にたまにでいいけど。
俺は席を立ち、出前のマナーに従って器を洗うためにシンクに向かう。
エミさんも取り分けるのに使ったどんぶりを洗うためについてきた。
いつもはおしゃべりなエミさんが無言だ。
何か気に障ることをしてしまっただろうか。
しばし水の流れる音だけが響き渡った。
「ねえ、お金貸してくれない?」
突然何かと思った。
真剣な顔をしたエミさんがじっと俺の目を見つめる。
どうやら本気で言っているらしい。
会って1か月も経っていないような人にお金なんて貸すわけがない。
以前の俺だったらそう言っていたかもしれない。
だけど今の俺にとってお金というのはいつでも補充できるトイレットペーパーのようなものだ。
さすがに尻を拭いてトイレに流すのはもったいないし詰まりの原因になるのでやらないが、それくらいどうとでもなるものだ。
俺は軽い口調で聞き返す。
「いくらくらいですか?」
「2……ううん、30万円くらい」
「わかりました」
「え、本当にいいの?だって30万円だよ?そんな大金、私みたいな社会的信用のない底辺の風俗嬢に貸して、返ってくる補償なんてないんだよ?」
「そうですね。でも、そのときはそのときですよ」
まあ30万円くらいだったら捨て金だよ。
勝率を調整するためによく数百万単位でわざと負けることもあるし、10万の位は端数みたいなものだ。
俺は愛想笑いを浮かべながらエミさんの顔を見る。
ありがとう感激、そんな表情が浮かんでいると思っていたその顔には、しかし憤怒の表情が浮かべられていた。
「馬鹿にしないでよ!!」
激しい衝撃が顔面を襲う。
バタバタと駆けていく音。
気が付くと俺はキッチンに一人倒れていた。
数秒か、数分か、気を失っていたようだ。
左頬には熱と突っ張り。
口の中が切れて血の味がする。
どうやら俺はエミさんの中の逆鱗に知らず知らず触れてしまっていたようだ。
「いててっ、ぐーでやるかね女が」
何が気に障ったのかわからないが、俺は顔面を思い切りぐーで殴られたらしい。
これじゃあバリアがあっても何も意味がないな。
まあバリアが万能の守りではないことを気が付かせてくれたと思えば悪いことではないだろう。
バリアは視認速度を上回る速度では張れない、ひとつ学んだね。
しかし、俺の心はどんよりと沈んだままだ。
生まれて初めて女性に殴られたし、生まれて初めて家族以外の女性を怒らせた。
知らず知らずイラつかせたことはあったかもしれないが、こんなに面と向かって怒りをぶつけられたのは初めてだ。
「こういうとき、どうしたらいいんだろうか」
童貞は女性との喧嘩のしかたなんて知らないんだよ。
翌日もその翌日も、エミさんと顔を合わせることはなかった。
次にエミさんを見かけたのはさらに2日後、週に一度の食事会のときだった。
一瞬誰だか分らなかった。
いつものケバケバしい化粧の守りを捨てほぼノーメイクで出てきたエミさんは、化粧をしたときとは180度印象が変わるような顔をしていた。
長い黒髪を後ろで一つにまとめ、ジャージ上下で眼鏡をかけたその姿からは夜のお仕事の気配を感じさせることはない。
まるで公務員かOLのリアルな休日の姿のようだ。
「へぇ、ナチュラルメイクにしたんだ。そっちのほうが似合ってるよ」
「ありがとう邦夫さん。でも、お金が無くて化粧品を買えないだけだから」
エミさんは俺にあてつけるように隣に座り、ちらりとこちらを見る。
その話で彼女を怒らせた手前、微妙に気まずい。
でもよく考えたら俺は悪くないと思うんだ。
エミさんが勝手に金を貸してくれと言ってきて、貸してあげると言ったら殴られた。
絶対的に彼女のほうが悪い。
俺はうなぎだって半分分けてあげたというのに。
思い出したら俺のほうがムカついてきた。
これは怒っていいと思う。
だけど面と向かって怒りを女性にぶつける手段が思いつかない。
俺は彼女とは違うので暴力は振るわない。
どんなときでも暴力ダメ絶対だよ。
こうなれば、エミさんのお店に客として行ってやろうか。
前に名刺をもらったことがある。
今度お店に来てねとも言っていた。
俺はその言葉に従ってお店にお邪魔するだけで、何も悪いことはない。
よし、今夜だ。
今夜エミさんのお店に行く、そしてエミさんを指名する。
そして……。
その先が強く出られないのが童貞なんだよな。
終始上の空でその先の展開を考えていたらいつの間にか料理を食べ終わっていた。
「それはよかった」
おかげで俺のうなぎは半分になってしまった。
まあうな重(竹)に使われているうなぎの量はかなりのものだ。
半分にしてもレトルトのご飯に乗せればちゃんと2杯のうな丼として成立するほどにうなぎが大盤振る舞いされている。
俺とエミさんはキッチンカウンターに並んでうな重からうな丼になってしまったものを夢中で貪る。
レトルトのご飯に乗っていてもやはりうなぎはうなぎ。
めちゃくちゃうまい。
背開きで頭を落とし、蒸してふわトロに仕上げた関東風のうなぎだ。
表面をパリっと香ばしく焼いた関西風も好きだけど、俺が出前をとったのはたまたま関東風のお店だったようだ。
あまりのおいしさにあっという間にうなぎはなくなり、ずずっと2人してお茶を啜る。
たまには部屋の外で誰かとご飯を食べるのもいいかもな。
まあ本当にたまにでいいけど。
俺は席を立ち、出前のマナーに従って器を洗うためにシンクに向かう。
エミさんも取り分けるのに使ったどんぶりを洗うためについてきた。
いつもはおしゃべりなエミさんが無言だ。
何か気に障ることをしてしまっただろうか。
しばし水の流れる音だけが響き渡った。
「ねえ、お金貸してくれない?」
突然何かと思った。
真剣な顔をしたエミさんがじっと俺の目を見つめる。
どうやら本気で言っているらしい。
会って1か月も経っていないような人にお金なんて貸すわけがない。
以前の俺だったらそう言っていたかもしれない。
だけど今の俺にとってお金というのはいつでも補充できるトイレットペーパーのようなものだ。
さすがに尻を拭いてトイレに流すのはもったいないし詰まりの原因になるのでやらないが、それくらいどうとでもなるものだ。
俺は軽い口調で聞き返す。
「いくらくらいですか?」
「2……ううん、30万円くらい」
「わかりました」
「え、本当にいいの?だって30万円だよ?そんな大金、私みたいな社会的信用のない底辺の風俗嬢に貸して、返ってくる補償なんてないんだよ?」
「そうですね。でも、そのときはそのときですよ」
まあ30万円くらいだったら捨て金だよ。
勝率を調整するためによく数百万単位でわざと負けることもあるし、10万の位は端数みたいなものだ。
俺は愛想笑いを浮かべながらエミさんの顔を見る。
ありがとう感激、そんな表情が浮かんでいると思っていたその顔には、しかし憤怒の表情が浮かべられていた。
「馬鹿にしないでよ!!」
激しい衝撃が顔面を襲う。
バタバタと駆けていく音。
気が付くと俺はキッチンに一人倒れていた。
数秒か、数分か、気を失っていたようだ。
左頬には熱と突っ張り。
口の中が切れて血の味がする。
どうやら俺はエミさんの中の逆鱗に知らず知らず触れてしまっていたようだ。
「いててっ、ぐーでやるかね女が」
何が気に障ったのかわからないが、俺は顔面を思い切りぐーで殴られたらしい。
これじゃあバリアがあっても何も意味がないな。
まあバリアが万能の守りではないことを気が付かせてくれたと思えば悪いことではないだろう。
バリアは視認速度を上回る速度では張れない、ひとつ学んだね。
しかし、俺の心はどんよりと沈んだままだ。
生まれて初めて女性に殴られたし、生まれて初めて家族以外の女性を怒らせた。
知らず知らずイラつかせたことはあったかもしれないが、こんなに面と向かって怒りをぶつけられたのは初めてだ。
「こういうとき、どうしたらいいんだろうか」
童貞は女性との喧嘩のしかたなんて知らないんだよ。
翌日もその翌日も、エミさんと顔を合わせることはなかった。
次にエミさんを見かけたのはさらに2日後、週に一度の食事会のときだった。
一瞬誰だか分らなかった。
いつものケバケバしい化粧の守りを捨てほぼノーメイクで出てきたエミさんは、化粧をしたときとは180度印象が変わるような顔をしていた。
長い黒髪を後ろで一つにまとめ、ジャージ上下で眼鏡をかけたその姿からは夜のお仕事の気配を感じさせることはない。
まるで公務員かOLのリアルな休日の姿のようだ。
「へぇ、ナチュラルメイクにしたんだ。そっちのほうが似合ってるよ」
「ありがとう邦夫さん。でも、お金が無くて化粧品を買えないだけだから」
エミさんは俺にあてつけるように隣に座り、ちらりとこちらを見る。
その話で彼女を怒らせた手前、微妙に気まずい。
でもよく考えたら俺は悪くないと思うんだ。
エミさんが勝手に金を貸してくれと言ってきて、貸してあげると言ったら殴られた。
絶対的に彼女のほうが悪い。
俺はうなぎだって半分分けてあげたというのに。
思い出したら俺のほうがムカついてきた。
これは怒っていいと思う。
だけど面と向かって怒りを女性にぶつける手段が思いつかない。
俺は彼女とは違うので暴力は振るわない。
どんなときでも暴力ダメ絶対だよ。
こうなれば、エミさんのお店に客として行ってやろうか。
前に名刺をもらったことがある。
今度お店に来てねとも言っていた。
俺はその言葉に従ってお店にお邪魔するだけで、何も悪いことはない。
よし、今夜だ。
今夜エミさんのお店に行く、そしてエミさんを指名する。
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