異世界転移かと思ったら群馬だった

兎屋亀吉

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8.うなぎ

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 あれだけ憂鬱だったシェアハウスでの生活も1か月もすれば慣れるものだ。
 というか俺はあまり部屋から出ないからそれほど住人と関わることがない。
 相変わらず週に1回の集団での食事は面倒だけど、邦夫さんの料理は本当に美味しいからなんとか我慢できている。
 それほど無駄口を叩かずに料理に集中していれば、周りはみんなコミュ力の化け物ばかりだからちょうどいい距離感を保ってくれる。
 その点では妙な絡み方をしてくる自称意識高い系などを見かけないこのシェアハウスはなかなかに居心地がいい。
 
「金も結構貯まってきたな」

 預金通帳には数字が9個ほど連なっている。
 これで俺も立派な億り人ってやつだ。
 しかしさすがに稼ぎすぎたようで、いくつか使っていた海外のFX業者の口座は凍結されてしまった。
 よく考えたら当然のことだ。
 なぜなら絶対に負けないトレーダーなんているわけがない。
 いるとしたら何か不正をしているか、俺のように特殊な力を使っているかだ。
 海外のFX業者はそのように不正の臭いのするトレードで大金を稼いでいるトレーダーの口座を凍結することがよくある。
 最近では俺も学習して適度に負けるようにしている。
 勝率を現実的に可能なレベルにまで落とさないとまた凍結されてしまうだろう。
 そもそもどこまで金を稼ぐ必要があるのだろうか。
 サラリーマンの生涯年収中央値は2億円くらいらしいからそのくらいだろうか。
 いや、だけど俺は老後もらえる年金がサラリーマンよりも少ないからもう少しかな。
 80歳まで生きるとして、老後は20年くらい。
 年収500万円くらいの生活はおくりたいからプラス1億円くらいかな。
 やっぱりちょっと贅沢を増やしたいから5億、いや10億くらいは欲しい。
 人間の欲望というものは限りがない。
 だけどさすがに10億円以上あっても何に使うんだと思うので、このくらいだろう。
 何かの本で読んだけれど、使い道が思いつくまでの金額が自分の身の丈に合ったお金なのだという。
 10億円という金は俺の身の丈に合っているかどうかは分からないけれど、そのくらいまでならなんとか使い道が思いつく。
 とりあえず直近の目標は税金を払った後に10億円ほどが手元に残るくらいの稼ぎだ。
 海外口座なら税率は50パーセントくらいになるから20億円かな。
 国内口座なら上限があるので税率は最高20パーセントほど。
 12億ちょっとくらいか。
 圧倒的に国内口座のほうが楽そうだけど、国内のFX口座にはレバレッジ規制というものがある。
 海外のFX口座は元金の何百倍というレバレッジをかけてトレードすることができるのに対し、国内の口座は25倍までと法律で決められているのだ。
 ひと昔前、お小遣い稼ぎにFXをやってまぐれで大儲けする主婦が有名になった。
 それに触発された世の中の主婦たちは、タンス預金やらへそくり、果ては生活費までFXにぶっ込んだ。
 儲かる人もたまにいたが、当然大損する人も多かった。
 日経平均も見ないようなド素人がギャンブル感覚でトレードしているんだから当然だ。
 ちょうどリーマンショックがあって大勢のトレーダーが大損したこともあり、見かねた政府が規制をかけたというわけだ。
 政府はさらに10倍まで引き下げるとか馬鹿なことを言っている。
 国内口座は税制で優遇されているけれど、規制で雁字搦めだしやっぱりないな。
 何より海外口座のビッグなトレードを味わってしまうと、国内口座でトレードするのがしょっぱく感じてしまう。
 その分海外口座はリスクも高いが、でっかく稼いでいっぱい税金を納めてやるさ。
 ああ、健康保険料や住民税なども来年だけは高いだろうからその分も稼いでおかないとな。
 その先には無職収入無しの安い税金が待っている。
 10億ともなると銀行預金の安い利息にも多少は期待しているけれど、そっちは税金がかかるみたいだ。
 銀行の利息に税金がかかるってなんか理不尽だな。
 まあ預金が減るわけではないのでその程度は目を瞑ろう。
 年内にはおそらく20億円くらいは余裕で稼げるだろう。
 そうなれば憧れの食って寝るだけの生活だ。
 健康的に老後を過ごしたいから運動も心がけよう。
 今はお金があるんだし、ジムとか行っちゃおうかな。
 25を過ぎてからなんだかお腹周りがぷにぷにしてきた気がする。
 そろそろ本気で健康のことを考えなければならない年齢だということだろう。

「まあ来年からでいいかな。今日はウナギにしよう」

 俺はスマホで近所のウナギ屋さんに出前を頼んだ。




「うな重(竹)4800円です」

「あ、はい」

「5000円お預かりします。200円のお返しです。またお願いします」

「どうも」

 うな重って結構高いんだね。
 5000円出して200円しか返ってこなかったよ。
 しかしまあ、立ち上るこの香りにはその価値がある。
 俺はいい匂いのする重箱を抱えて自室へ急ぐ。
 こんなに高い料理を抱えていることが他の住人にばれたらさすがに絡まれてしまうだろう。
 何かいいことでもあったのかいとか、金あるなとか、そんなどうでもいい話で2、3分は引き留められるに決まっている。
 しかしまあ、こんなときに限って誰かとばったり会ったりするんだよな。 

「いい匂いだね。なにそれ」

 案の定これだ。
 俺の前に立ちふさがったのは風俗嬢のエミさんだった。
 彼女とは歓迎会のときに話す機会があったためにこのシェアハウス内では割と話しやすい部類に入るけれど、親しい間柄というほどでもない。
 というかそんな人はいない。
 とりあえず無難に答えて早いところ部屋に引っ込むか。

「うなぎですよ。今日はちょっと稼ぎが良かったので、奮発しました」

「そうなんだ。すごいね。やっぱりユー〇ューブって儲かるの?エミのチャンネルも登録者数が増えればそのくらい稼げるようになるかな」

「アップした動画の再生回数にもよりますね。まあ今日のは、ユー〇ューブのほうじゃなくてFXなんで」

「そうなんだ。ねえ、今度FX教えてくれないかな」

 なんかやけに押しが強いな。
 俺は適当に会話を切り上げて部屋に引っ込みたいのだけど。

「FXでお金を稼ぐのは実は誰にもできるんですよ。でも誰でもできるわけじゃないんです」

「ん?どういうこと?」

「ダイエットや筋トレに似ているんですよ。食べたいものを我慢して運動すれば誰でも痩せられるし、辛い筋トレをすれば筋肉は誰にでも鍛えられます。でも誰にでもできることじゃないでしょ?FXも同じなんです。お金が欲しいという欲求を殺して機械的に取引すれば誰にでもお金は稼げる。でもお金が欲しくてFXをやっているのに、その欲求を我慢するのは誰にでもできることじゃないですよ」

 偉そうに講釈を垂れているが、俺はチートを使ってお金を稼いでいるという最高に恥ずかしい事実。
 機械的にトレードなんてできるわけないよ、だって人間だもの。
 
「そうなんだ。エミ誘惑に弱いから無理かも。はぁ、私もうなぎ食べられるほど稼いでみたいなぁ……」

 なんかしつこいと思ったら、うなぎ狙いなのだろうか。
 エミさんのお腹からはぐぅと可愛い音が鳴っている。
 お腹が空いているだけなのかな。
 ここまで露骨にうなぎ食べたいアピールをされてはさすがの引きこもりも無視はできない。
 俺のほうがため息を吐きたいよ。

「うなぎ、食べます?」


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