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逸文 比翼連理 四十二
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「あの、天井裏。」
互いの膳を挟んで、二人は座っていた。新三郎は笑って、陽が沈みかけると急に暗くなっていく天井を見上げた。
「はて?」
りくは澄ました顔をするが、心の中では和して笑っている。やがて、表情にも出した。
「何年前になりましょうかね。」
下女のりくが、さ栄姫の猫をこっそり隠してしまったのが、空き家だった時のこの屋敷の、この部屋の天井裏だった。それを見破っても咎めだてしなかったのが、さ栄姫の離れで中原同様に使われていた、まだ童子髪の天才丸だった。それどころか、猫と離れたくないのは、お前も寂しいのだなと言ってくれた。
(有難いお言葉で、泣けましたが、……いまでも思い出すに泣けるが、若旦那は少し思い違いをなさっておられます。とても言えぬことじゃったが……。さびしうはございました。三毛が西舘さまに返されて金木舘に回るというのは。ただ、それは三毛が可愛かったからだけではない。……猫が来たのは、りくがお離れの鼠の害のことを、西舘様の手の者にそれとなく漏らしてやったから。あのいけすかない鍛冶屋は、なんの修練もないくせに、間者を気取りよって。結句、その火遊びが命を縮めることになったが。……まあそれはよい、なにゆえ左様な真似をしたかといえば、若旦那、あなたのためと思うてじゃ。天才丸さまは鼠捕りに追われていて、猫が手に入らぬものかとお台所で呟かれましたな。あの猫は、ふたりで連れてきたも同然。わたしたちのものだと思うたのよ。……おや、これは、いまは言うてもいいことか? いや……?)
「りく?」
「失礼いたしました。懐かしうて、つい、ぼうとしてしまいました。」
「……どうじゃ、あの頃は廃屋もよいところじゃったが、少しは人の住処らしうなったであろう。最初はお前たちも手伝うてくれたのに、すぐにいなくなってしまいよったから、なかなかの武家屋敷にできたのは知るまい。」
「ご立派なお家です。」とは言ったが、内心ではりくは、そこまでも思えない。馬廻りの蠣崎新三郎とその身内の津軽蠣崎家が賜った形になる家だが、ただ広いばかりで、どうも大したことはないように思えてならないのだ。男所帯のむさくるしさ、というのとも少し違い、蠣崎家の男たちは身の回りに几帳面なほうらしいのもわかるのだが、家の建て方自体が、当世の流行りとは程遠い。
(なんというても、奥州津軽の鄙の家じゃな。)
と思い、りくは、はっとする。気づいてしまった。この屋敷がどうにも野暮ったく感心できないのは、自分の見る目がいつの間にか変わってしまったからだ、と。
(たかだか二年かそこらを上方で過ごした。堺の街の繁華を知り、京や奈良にも出入りした。それだけで、なにをおごっておるのじゃ、りく? お前は鳥小屋で寝ていたではないか。その前は、竈の横で筵を敷いておったなあ。そしてその前は、……思い出しとうもない、忍びの溜まり屋に帰るのでなければ、軒下や天井裏に潜んで何日も寝ずに過ごしたものよ。)
そう考えた時、りくの胸の中に、おそろしいような疑いが浮かんでいた。
(……わたしは、伊勢の者でいられるのか?)
「りく? どうも落ち着かぬようだが……?」
「いえ、これはおいしゅうございますね。」
「こぶえも。随分台所仕事の腕をあげたと思うが、お前ほどではないからな。大目に見てくれ。おれは、なかなかのものと思うぞ。」
「お上手をおっしゃる。」
(そもそも、わたしは心から伊勢の者でいたいのか?)
堺で商家の娘として振舞っている時ですら、伊勢の者である自分を疑ったことはなかった。
ところが、生まれ故郷であり、本拠地であるこの浪岡城内に戻ってきてから、りくは少しずつ、自分が何ものなのかが、わからなくなっているのに気づいた。
(こぶえのいうた、”迷い“とはこれか。)
互いの膳を挟んで、二人は座っていた。新三郎は笑って、陽が沈みかけると急に暗くなっていく天井を見上げた。
「はて?」
りくは澄ました顔をするが、心の中では和して笑っている。やがて、表情にも出した。
「何年前になりましょうかね。」
下女のりくが、さ栄姫の猫をこっそり隠してしまったのが、空き家だった時のこの屋敷の、この部屋の天井裏だった。それを見破っても咎めだてしなかったのが、さ栄姫の離れで中原同様に使われていた、まだ童子髪の天才丸だった。それどころか、猫と離れたくないのは、お前も寂しいのだなと言ってくれた。
(有難いお言葉で、泣けましたが、……いまでも思い出すに泣けるが、若旦那は少し思い違いをなさっておられます。とても言えぬことじゃったが……。さびしうはございました。三毛が西舘さまに返されて金木舘に回るというのは。ただ、それは三毛が可愛かったからだけではない。……猫が来たのは、りくがお離れの鼠の害のことを、西舘様の手の者にそれとなく漏らしてやったから。あのいけすかない鍛冶屋は、なんの修練もないくせに、間者を気取りよって。結句、その火遊びが命を縮めることになったが。……まあそれはよい、なにゆえ左様な真似をしたかといえば、若旦那、あなたのためと思うてじゃ。天才丸さまは鼠捕りに追われていて、猫が手に入らぬものかとお台所で呟かれましたな。あの猫は、ふたりで連れてきたも同然。わたしたちのものだと思うたのよ。……おや、これは、いまは言うてもいいことか? いや……?)
「りく?」
「失礼いたしました。懐かしうて、つい、ぼうとしてしまいました。」
「……どうじゃ、あの頃は廃屋もよいところじゃったが、少しは人の住処らしうなったであろう。最初はお前たちも手伝うてくれたのに、すぐにいなくなってしまいよったから、なかなかの武家屋敷にできたのは知るまい。」
「ご立派なお家です。」とは言ったが、内心ではりくは、そこまでも思えない。馬廻りの蠣崎新三郎とその身内の津軽蠣崎家が賜った形になる家だが、ただ広いばかりで、どうも大したことはないように思えてならないのだ。男所帯のむさくるしさ、というのとも少し違い、蠣崎家の男たちは身の回りに几帳面なほうらしいのもわかるのだが、家の建て方自体が、当世の流行りとは程遠い。
(なんというても、奥州津軽の鄙の家じゃな。)
と思い、りくは、はっとする。気づいてしまった。この屋敷がどうにも野暮ったく感心できないのは、自分の見る目がいつの間にか変わってしまったからだ、と。
(たかだか二年かそこらを上方で過ごした。堺の街の繁華を知り、京や奈良にも出入りした。それだけで、なにをおごっておるのじゃ、りく? お前は鳥小屋で寝ていたではないか。その前は、竈の横で筵を敷いておったなあ。そしてその前は、……思い出しとうもない、忍びの溜まり屋に帰るのでなければ、軒下や天井裏に潜んで何日も寝ずに過ごしたものよ。)
そう考えた時、りくの胸の中に、おそろしいような疑いが浮かんでいた。
(……わたしは、伊勢の者でいられるのか?)
「りく? どうも落ち着かぬようだが……?」
「いえ、これはおいしゅうございますね。」
「こぶえも。随分台所仕事の腕をあげたと思うが、お前ほどではないからな。大目に見てくれ。おれは、なかなかのものと思うぞ。」
「お上手をおっしゃる。」
(そもそも、わたしは心から伊勢の者でいたいのか?)
堺で商家の娘として振舞っている時ですら、伊勢の者である自分を疑ったことはなかった。
ところが、生まれ故郷であり、本拠地であるこの浪岡城内に戻ってきてから、りくは少しずつ、自分が何ものなのかが、わからなくなっているのに気づいた。
(こぶえのいうた、”迷い“とはこれか。)
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