魚伏記 ー迷路城の姫君

とりみ ししょう

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逸文 比翼連理 四十一

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「お客様がこんなところにおいでじゃ、いけませぬな。」
 台所の土間で、伊勢の者の妹分であるこぶえが飯炊きとして甲斐甲斐しく働くさまを、りくは眺めていた。
「なにか、手伝えることがあればと思うてな。」
「ない。……ここはこぶえの領分じゃから、お客様はお部屋にお戻りになればよろしい。」
「まあ、さに邪険にすな。……こぶえ、お屋敷に変わりはないか。」
 そこは、蠣崎家に出入りする伊勢の者同士の会話となっている。
「それは少し先にお尋ねあって、お答えしました。なにもご心配はありませぬ。」
 りくは頷いたが、まだこの台所の土間に居ついている。感慨があった。
(ここで、運命が変わってしもうた。……こぶえの役は、いまもりくのものであったかもしれぬ。そのほうが良かったとは、もう、とても思えぬ、そのはずじゃが、……。)
 下女としてさ栄姫をなかば守り、なかば監視していたりくは、蠣崎新三郎となじむうちに、蠣崎家の拝領できたこの屋敷の台所も任される予定であった。さ栄姫の離れの、長い間打ち捨てられていた母屋にあたるのが、この家だった。
 ところが、引っ越しも済まさぬうちに、「本田」の忍び衆に襲われた。あの西舘・兵の正だった謀反人の大御所が、父祖や先代が重用した伊勢の者を嫌って、城内に引き入れた板東の忍びである。さ栄姫と自分の秘密を知るらしい下男の態の伊勢の者、すなわち松蔵を始末せよ、と命じられたのだろう。白昼の山中で、松蔵を本田の凶暴な忍び三人がかりで襲った。その行きがけの駄賃とばかり、伊勢の者とは気づいていなかった、台所女のりくまでをも探り当てた。
(危ういところだった。あれほど追い詰められたことはない。二度とは御免じゃ。)
 りくは殺されかけたが、松蔵によって救われ、ともに本田の衆二人をここで倒した。だが、相手が相手である。浪岡にはいられない。松蔵は死んだふりをとおし、りくは不良の職人に連れられて出奔ということにせざるを得なかった。そして、松蔵のいかなる考えか、遠く上方に流れ、堺で商人を始めたのだ。
 そんなことでもなければ、新三郎のそばにいられたのはたしかだ。ひょっとすると、姫さまよりも先に情を交わす中に成れたかもしれない、と思ったが、まあそれはあるまじきことじゃな、と苦笑いした。
(いまがよい。今以上の仕合せは、ない。)
「りく姉よ。……いや、おりくさまとお呼びしなければならぬか、もう?」
「なんじゃ、それは?」
「蠣崎の殿様のお手がついたのじゃからな。」
「……まあ、それには、違いはない。されど、奥方さまになるわけでもない。りくは、りくよ。気にするな。」
 こぶえは、ちょっと皮肉な笑みを向けた。
「左様にも呼ばぬと、りく姉さまがご機嫌悪いかと思うてな。」
「こぶえ、何が言いたいか。」
「……いや、やはり我らは気にする。なににせよ、我らの頭目さまが主と仰ぐと決めた方の、女じゃもの。もはや伊勢の者の有象無象ではない。組頭などより、偉かろうよ。」
「つまらぬことを言い立てるな。わたしの何が変わって、偉うなった?」
「変わりましたよ。あのりく姉が、男の前ではあれほどに可愛いのじゃな。新三郎殿様に抱かれれれば、うれし涙を流し、感に堪えて、あのように女の声で哭くのじゃな。」
 りくの顔に血が上ったが、
「こぶえ、おぬしら、……潜んで、見たのか?」
「『ら』ではないがな。こぶえは、津軽蠣崎家ひいては新三郎殿様をお守りするが役じゃからな。殿様のお床は、見守らせて貰いますよ。」
 伊勢の者としては、こぶえの理屈は理屈である。りくは今度は怒りに蒼ざめてはきたが、黙り込む。
「左様申すか。では、……二度と見るな。これは、命ずる。もし、また左様の振舞いあらば、……」
「組頭にでも言いつけますか? いや、いまのおりくさまなら、ご頭領にか。存外、このこぶえの仕事熱心、褒めてくれるやもしれんぜ。」
「……次は、殺す。あろうことか不覚をとり、おぬしらの気配とれなんだと見える。考えてみれば殿のお身まで知らず危険に晒していたことになるが、悔やまれる。じゃが、今度は、おぬしの潜む気配など、絶対にとる。その場で殺す。」
 口だけではない。たしかに殺気が走った。こぶえは我知らず震えあがる。
「……すまぬ。嘘だ、りく姉。潜んでなどおらぬ。」
「今さら、こちらの言うべきは変わらぬわ。」
「へへっ、口から出まかせが、あたっておったたようじゃな。左様か、うれし泣きに泣かれるか。」
「いま殺されたいか?」
「……りく姉。まだ、伊勢の者じゃったな。それがわかって、こぶえは、何やらうれしい。」
「……!」
「心配でもある。」
 こぶえは顔を伏せた。
「……心配? わたしのなにを懸念する?」
「如何なさるおつもりじゃ?……これからよ。新三郎殿様、いや、殿の女になられれば、いずれはこの稼業ではいられぬ。」
「とは限らぬわ。まだ、衰えてはおらぬ。修練は堺でも積んできた。ここでも、お前らと鍛錬の場を一緒にしたことが何度もあろう。恋に溺れて、……いや、お夜伽にばかりかまけておるのではないぞ。」
「お夜伽、か。」
 こぶえは、鋭い少女だ。すぐれた忍びの先達であった、りく姉の心の中に、迷いがあるのがわかった。
(迷いは、命取りになる。それは、りく姉が教えてくれたことではないか。松蔵さまに言われたそうじゃったな。りくの親たちには、所帯をもち、お前を生んだ時、迷いが生じていた。それが仕事のしくじりを呼んだのだ、と。伊勢の者は、伊勢の者以外の者であってはならぬらしいぞ、と言われたな。それが、どうじゃ……。)
「りく姉。殿様に可愛がられておれ。」
「こぶえ、ほどほどにせぬと、怒るぞ。」
「もう怒っておるくせに!」こぶえは笑った。そして、口調を改めた。「半端はいかぬ。殿の女になるなら、なり切ってしまうことじゃ。」
 りくは息を呑んだ。こぶえはまたかがんで、竈に向かう。その背中に、しかし、一分の隙もない。殺す、などと言ったが、果たして、やりあったとき、今のこぶえに今の自分は勝てるのか。
 かつての、伊勢の者としてなんの迷いもなかった頃の自分の姿を、りくは後輩の忍びの少女の背に見ていた。
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