魚伏記 ー迷路城の姫君

とりみ ししょう

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逸文 比翼連理 五十一 檜山屋形篇

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 すでに新三郎は、檜山屋形さまに内々にお目通りがかなっていた。安東侍従愛李である。蠣崎新三郎なる者が、蝦夷代官の名代として、浪岡北畠氏からの内意を伝えにまかり越したというので、会ってくれる気になったのだ。
(勇将のお噂が高い。城内外も、この争い続きのなか、しっかりと締めておられる。)
 新三郎は、本来の主君たる檜山屋形さまの名君ぶりを聞き知っていた。そして、若い臣下らしくもなく、それに感奮するでもなく、やや距離を置いた目でみている。そのようなものの見方をする、いかにも乱世の男にすでになっているし、ならざるをえない。
(それだけに、用心が要る。お甘くはない。)
 おれにとって難儀な相手になられる、と予感した。
 明敏なお屋形さまが、いまの蝦夷代官の家に、いくらか不審の念を向けていなければおかしいであろう。御前で平伏している新三郎は、蝦夷代官の秘めた野心を形にしたようにも思えているはずだ。安東家の敵方に回りかねない家に、わざわざ出仕させていた息子である。
 それが、その浪岡家からの申し出を取り次いできたという。
(季広の名代、というが……。)
 安東愛李は、新三郎の少年めいた顔つきに内心でいささか驚いたらしい。
「……四郎の、兄と聞いたが?」
 右衛門大夫こと蠣崎四郎定広は、年来、手元に置いている蠣崎家の四男だ。教養があり、お屋形様の膝下で温雅な若者に育ったからか、顔つきが老成している。
 新三郎はもちろんすぐにはお答えせず、横に侍る家老に目を向けたが、
「よい。直答せよ。」
「は。腹違いの同年の兄弟にございますれば、顔つきの違いが出たものかと。」
「中身の違いではないのか。」
「は。仰せの通りかと。お屋形様のご薫陶あり、四郎はなかなかの学者にございますれば。それに比べれば、新三郎は、奥州津軽の猪武者。」
「その津軽に、我が家の女を入れよ、というのじゃな。」
「これは、おそれいってござります。まず、わが父より、こちらの御取次さまへのお願いの段、お耳にお入れくださりましたを、御礼申し上げまする。」
「ふん。」愛李は薄く笑った。「そちらの四郎からまず持ち掛けられてもよかったのじゃが、あやつ、何も知らなんだようじゃったな。慌てておった。腹をたててもおったようじゃな。おぬしらも、教えてやっておけばよいものを。」
「それは、尊いご両家の間の内々のお話なれば。」新三郎は軽く受け流した。そして、
(この言われよう。近くに置いてくださっているはたしかだが、それほど四郎をお可愛がりでもない?……それがかえって厄介じゃ。情に流されるようなお人ならば、こちらも付け入るお隙があろうというものじゃが。)
 あくまで臣下を駒としてみている。君主はむしろそうでなければならないのだろうが、……と新三郎は少年時代に仕えた、浪岡のご先代のことをふと懐かしく思った。
(御所様は、子ども子どもしたおれに、温かく接してくだすったな。)
 その瞬時の感傷を振り切って、内心で、長きにわたって仕えねばらならぬのは、どうやら一筋縄ではいかぬお人、難物よな、と自分に言い聞かせた。
「いまは新三郎風情がお仕えの列の末におりまするけれど、浪岡北畠は親房公顕家公の流れをくむ建武以来の名門。浪岡城は、草深き鄙にあれども、小さな都にございます。」
「……左様に聞く。」愛李は気のない答えを返したあと、しばらく庭に目を向けている。
(あ、これは考えはじめられたな。浪岡の城などはどうあれ、この意想外の婚姻話の損得をおかぞえじゃ。)
「……津軽は、もはや遠いな。下がるがよい。」
「おそれいってござります。」
 新三郎は平伏したが、内心では、さあこれからだな、という気持ちでいる。
(お考えにはなった。無碍には断られていない。)
「お屋形様にお願いの儀がございます。」と、側の家老に話しかける。
 立ち去りかけた安東愛李は立ち止まってやった。
「お屋形様は、下がれと命じられたぞ。」
「おそれいりまする。ただ、ひとことお許しを本日これより、いただきたく。」
「本日? なにか?」
(……よし。)
 新三郎は、堺から来た商人について、話し出す。
(頼むぞ、りく。)

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