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逸文 比翼連理 五十二 檜山屋形篇
しおりを挟む堺の伊勢やの御寮人は、檜山屋形の奥に入るのを許された。御台様はじめとする女たちの前で、上方渡りの装束や飾り物の華麗な色彩を広げてみせたのである。
出羽国は海の道で都に深くつながっている土地だが、流行はやはり少し遅れてやってくる。檜山屋形の女性は、この土地で最高の貴女である。出羽の武家貴族の社会においても、上方の流行を追うことは彼女たちの一種の義務であった。
そこに、いかにも三都の空気を吸って育ったらしい美しい女商人が、珍しい上方の流行りの装束を持ち込んでくるのである。しかも、惜しみもなく、最初のご挨拶といって、代価を求めず、品を好きに選ばせてくれる。彼女たちに仕える家の女たちにまで、小さな手土産を配るのだ。
「……りく。うまくやってくれたのはいいが、松前もすぐには払えぬぞ。」
多少の工作費は、もちろん父親から渡されている。蝦夷代官は実際のところなにをどこまで思っているかは新三郎にもわからないが、この仲立ちの仕事が成功すれば、蠣崎家の損にはならないと踏んでいるのはたしかだ。交易の運上金を確保したことで季広の代ににわかに富んだ蠣崎家は、新三郎が浪岡にいるうちに、ますます蓄えてはいるらしい。だから檜山屋形の「奥」で気前よくばらまいた帯や打掛や髪飾りの代金くらいは払える。払えるのだろうが、追加の工作費を引き出すのは、新三郎とて勝手気ままにやれるわけではない。
りくは微笑んだ。
「それはいずれ、でようございますよ。お忘れあるな、伊勢やは殿のためにあるのでございますから。殿さまのお役に立てるのであれば、伊勢や程度の身代ひとつやふたつ、なにを惜しむことがありましょうや。」
「松蔵に叱られぬか、お前?」
「ご懸念くださり、おおきにありがとうございます。されど、父とてそこはわかっております。それに、……商いとは、損をして得をとるものらしうて。」
「左様のものかな。」
その夜のりくの店は、そのときは、まだがらんとしていた。この頃の店というのは蔵のようなものだから、荷があってしかるべき場所が妙に空けてあるようだ。
(さびしく見えるのは、……そうか、この店、入り口はさほどでもないくせに、奥がまことに広い。この広さは意外。)
そこで新三郎は感づいた。
(古手の商いだけではないからじゃな。松蔵とりくは、湊のあるこの町に店を構えて、いよいよ、遠い蝦夷島をにらみはじめたか。)
りくや、事情を知らされたはずの堺の松蔵も平然としているようなのは、蝦夷島との交易に乗り出そうとしているからだ、と新三郎は考えた。であれば、蠣崎家の家督候補者のために檜山屋形で気前よく商品を散じてみせるのは、そんな言葉はまだないが、先行投資として必要であり、合理的であろう。蠣崎家は蝦夷に伍して蝦夷島交易の独占を狙い続けてきた―当代は蝦夷の強力な部族との妥協に甘んじているが―のは明白だから、保護を受けないといけない。また、この秋田の湊を近江や上方の外港である敦賀湊への中継地にするのならば、檜山屋形の認可も欠かせない。新三郎が檜山屋形の家臣として頭角を現すのは、そのために一層必要であろう。
(さすがに、なかなかにしぶとい。伊勢の者というより、上方の商人が怜悧よ。)
新三郎は、目の前でうれしげににこにこ笑っているりくが、すこし小面憎く思えた。
(こんなかわいい顔をして、すまして、殊勝なことを言うて、……いろいろ考えおって、こ奴……。)
思わぬ血の騒ぎが出た。新三郎は、ものもいわずにりくを抱き寄せる。
「あっ、なにをなさる?」
りくは本当に驚いている。今宵は、そのつもりはなかった。しかし新三郎は無言で、りくの首筋を吸った。
「いかがなさった? 今宵は、……その、……いけませぬ。」
「……!」
「あっ、いけませぬて。……いけない! なりませぬよ!?」
新三郎は無言で、ことにかかっている。りくの耳朶を甘嚙みし、耳に息を吹き込んでたちまち震え上がらせた。
りくは押し倒され、怯えた声を出した。手首を握られた手を動かし、軽く抵抗するが、新三郎にはなんのこともない。
(すごい、お力……。)
やや着ぶくれ気味の衣装をはがされ、またいつものように全て露わにされようとした。胸元が開かれて剥き出しにされた突端に、男の唇が落ちた。小さく悲鳴をあげたりくは、そのまま男の口唇が離れないので、当惑する。痛みとこそばゆさが混じったいつもの甘い感覚が、またいつものように、しみいるような快感の形で頭の中を突き上げた。いけない、いけないと制止する声が途切れがちになり、自然に喘ぎ始める。新三郎の手が、肌の上を動き回った。声が漏れた。天井を見上げる視線が迷った。
りくは酩酊したに近い目の色になってしまったが、男の手が下腹に伸び、なにかに気づいて止まったときに、我に返って、はにかむような笑みを含んだ声になる。
「……ね、いけませぬよ、今宵は。」
りくの股には、いつもとは違って、ごわごわとした布が挟まれ、紐で下着に固定してあった。
それでも新三郎は、一瞬よくわからないという顔になった。そういう経験がなかったのだろう、と気づき、りくは、言い添えてやる。
「月のもの。」
「つき?」月のものとか月経といった言葉はまだ新しい。若い男は知らなかった。りくは、仕方がないなあ、と思ったが、
「……女のケガレの日なれば。」
新三郎は、汗ばんだ女の胸に頭を落としたものだ。
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