魚伏記 ー迷路城の姫君

とりみ ししょう

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逸文 比翼連理 五十五

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 その予想も、裏切られた。ひたすらに碁ばかりで時間がすぎた。
 もっとも、小鹿島尾州ほどの上手だと、碁の勝負でひとの見極めがつくものらしい。
 挨拶もそこそこに、尾州の屋敷の庭を眺められる場所で立派な碁盤を囲んだ。
(ご婚姻の話は……?)
 まるで出ないので、新三郎は訝しい。尾州は傷のある口元を閉めて、ひたすら碁に熱中しているように見え、ほとんど言葉も漏らさないのである。
 とはいえ、遊ばれているらしい。碁の腕の差は歴然としているので、簡単に捻られているはずなのだが、尾州はわざと手を控え、新三郎に考えさせ、打たせ続けている。
「……これは申し訳ございませぬ。お教えいただいているようなものでござりますな。」
「まあ、な。蠣崎、そなたの碁を少し見物させて貰うたわ。」尾州の置いた石は、今度こそ決定的な一手になりそうであった。
「これは手厳しい。……ただ、ここにこう、……これで、まだ終わりにはなりますまい。」
「ふむ。駄目もよいところじゃが、逃げにはなる。……蠣崎、先ほどまでの手筋が、おぬし本来の碁よの。なかなかに悪くはない。稚拙じゃが、気持ちの悪い打ちようではなかった。」
「これはお褒めにあずかったと覚えて、よろしうございますか?」
 尾州は口元だけで笑ったが、
「……わしがここで、こう、打ち誤ったとしよう。ならば、おぬしは如何に打つ?」
 露骨に、教える碁にされてしまった。新三郎は素直に考え、石を打つ。
「間違いではない。だが、ならば、かく打たれような。」
 たちまち、また追い込まれる。そこで尾州はまたわざと駄目を打つのだが、それに乗じようとしてもまた他愛もなく追い込まれてしまう。それが、続いた。
「御教えくださり、ありがとうございます。……どうもお相手が勤まりませんですようで。」
「なに、わしも大事なことを教えて貰うつもりじゃからな。……うむ、聞きたいのは、おぬしの存念よ。」
 新三郎は盤面に落としていた視線をあげた。
「わたくしの、存念、とは?」
「聞こう。おぬし、いかなる考えあって、此度のご婚儀の話を浪岡御所より持ち掛けた?」 
「わたくしではなく、父、蝦夷代官がありがたくも仲立ちを承ったのでございますが。わたくしは、あくまで名代。父の命により、いささかのご用を勤めるまでで……」
「左様とは言えような。されど、檜山屋形の臣たる蠣崎代官家と浪岡御所との結び目は、出仕しておったと聞くおぬし以外にはおらぬ。おぬしが浪岡御所より命じられ、父に仲立ちを引き受けさせた。それは相違あるまい?」
「おそれいります。ただ、尊いご両家のご縁結びに微力尽くせば、蠣崎にとっては家の誉れと存じておりまする次第。これ以外に、わたくしめに余計な存念などござらぬ。」
「蠣崎。聞き方を変えよう。おぬしは、どちらの家のお為と思うて、このご婚儀のために働いておる? 浪岡北畠様か? 檜山屋形安東様か?」
(それを聞くか。)新三郎は、予期していた、しかし面倒な質問を受けたと思った。
「むろん、ご両家のお為でございます。」
「こざかしいぞ、蠣崎新三郎。……浪岡の大御所がなにをどのようにお考えかは、わしは知らぬ。知らぬが、この話を持ちかけた以上、浪岡には檜山屋形と結ぶことに利があるのじゃろう。で、我がほう、安東のお家には、なんの意味があるのじゃ? いまの荒んだ津軽に首を突っ込まされ、御屋形様に何のお得があろうか。奥州や蝦夷島がまた安東様のものになるわけでもあるまいて。北で我らが頭を押さえている大浦を敵に回すことになりかねぬ。出羽一統が急務というに、その邪魔になるばかりではないか。」
 新三郎は、これはまあ反論できると思ったが、考え直した。論を戦わせても仕方がないのである。
(このひとに、もうしばらく言いたいことを言わせよう。それを聞いてやろう。どうやら、ほんとうに言いたいことはまだありそうじゃ。)
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