死にたがりの狼は暁に目を覚ます

siduki_sorairo

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外伝 花精の甘露2

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『それで、今どこにいるんです?』

 帰る途中ではあろうが、どの辺りまで帰ってきているのか。随分と悠長に帰っているようだが。

 問いかけに、ラウは正直に居場所を口にした。

「もうすぐアルセイーの都だ」

 ラウの言葉に、ミレイアが少女のように愛らしい顔に再び深い微笑を浮かべた。

『逆方向じゃないですか。戻る気すらなかったということですか……?』

 口元は優美な弧を描き、おっとりと微笑む彼女は美しい。だがその菫色の瞳は一切笑っていなかった。

 謝罪を受け入れた以上、ミレイアがこれ以上ラウを追求するのはルール違反だ。だが、頭から戻る気もなかったと知らされれば、怒りも再燃する。この男は仲介屋たるミレイアに報告をいつするつもりだったのか。

 花のように可憐でも、怒りをたたえる微笑は相手をすくみ上がらせるには十分なもので、狼狽えたように間に入ったのはやはりエリファレットだった。

「ご、ごめんなさい! ぼ、僕が、行きたいって、言いましたっ! 僕が悪いんです……! ごめんなさい……」

 悪びれないラウと、怒りに微笑むミレイアに恐れをなしたエリファレットの介入は、少なからず二人の毒気を抜いた。

 ラウは再び前に出てきたエリファレットの肩を引き寄せ、画面から遠ざける。

 誰が悪いのか、と問われれば、もちろん悪いのはラウだ。ラウはこの罪をエリファレットに被せる気は毛頭ない。

「お前が謝る必要はない」

『そうですね。謝るべき人はエリファレットではありませんよ。ですが、まぁ、いいでしょう。ラウ、ついでに一つ仕事をしてください』

 エリファレットの謝罪でこの件は水に流そう。
 そう微笑んで、ミレイアは気軽にラウに仕事を振った。
 だがラウは彼女の斡旋を秒で断った。

「断る」

 ラウは今、エリファレットとゆっくりと世界を見てまわりたい。始まりの種が辿った痕跡を探して、世界中にあると言う聖樹を辿りたい。

 世界は果てしなく広い。エリファレットが見たいと思うものを見せてやりたい。エリファレットが望むものを与えてやりたい。

 そのためには、当面仕事はしていられない。幸い、ラウは金に困ることがない。仲介屋ミレイア・トイフェルが斡旋する仕事は、どれも破格の報酬が約束されている。特に何かに心血を注ぐことがないラウは、しばらく世界を放浪したところで金が尽きることはない。

 何より彼女の持ってくる仕事とは、報酬も危険度も折り紙付きの高さだ。エリファレットを伴っている以上、受ける気はさらさらない。

 はっきりとした拒絶に、ミレイアは菫色の瞳をぱちりと瞬いた。

『危険な仕事ではありませんよ。ラウがアルセイーの都に行くのなら、ちょうどいいな、と思いまして。私に誠意を見せるなら受けていただけません? 甘露を貰ってくるだけの簡単なお仕事ですよ』

 美しい佳人は言葉も声も美しいが、内容は些か美しくなかった。

 ラウはアルセイーの都と甘露の二つの単語に、ピクリと反応する。その反応を見逃さなかったミレイアが、笑みをよりいっそう深くした。

『花精の甘露が採れる時期なのですよ』

 アルセイーの都は、別名花の都と呼ばれる都市だ。花の精霊が祝福を授けた都市と言われ、街中には花が咲き乱れ、花が咲かないような冬の時期にさえ美しい花を咲かせる。産業はその花たちが支えており、生花はもちろん、加工品の種類は多岐にわたる。

「それは……俺には、無理だろう」

 彼女が言うそれがどんなものであるのか知るラウは、困惑したように返した。ラウがそれを取って来れないことを、ミレイアは知っているはずだ。

 だがミレイアはその返しを待っていましたとばかりに微笑んだ。

『えぇ。でも、エリファレットなら大丈夫でしょう?』

 可憐な声音に、名指しされたエリファレットの耳がピクリと動く。

 だがラウはエリファレットが何か口を挟む前に、ミレイアに冷たい視線を向けた。

 水を湛えたような瞳から、すっと温度が下がる。

 彼女が言う花精の甘露とは、アルセイーの都で百年に一度、密やかに行われてきた祭りで手に入るものだ。
 
 アルセイーの都は年に一度、花の精霊を祀って花祭りが行われるが、それとはまた別の祭りだ。まだそこが人の都市として機能していなかった時から続く、古き祭りである。

 故に、ヒト族はその祭りに参加できない。その名を連ねていない種族は、入ることすら不可能な場所で行われる祭りなのだ。

 だが、銀の狼族であるエリファレットならば、その祭りに参加することができる。

「俺がそれを許すと思うのか? 俺とお前の仕事のことだろう」

 仲介屋ミレイア・トイフェルの仕事は、危険度と報酬の高さが比例する。エリファレットを伴っての仕事ですら受ける気がないのに、ラウが行けない場所へエリファレットを単身行かせることに、何故首肯すると思っているのか。

 絶対零度の冷たさを纏ったラウに、ミレイアは花のかんばせを曇らせた。

『やはりダメですか……? 花精の甘露と言えば、万能薬としても名高い霊薬……手に入れば ば色々な方の役に立つのですが……』

 ほぅっとため息をつく姿が悲しげに映る。

 ラウはその珍しく殊勝な態度に、何故だか嫌な予感を覚えた。

 ミレイアは白桃にも似た頬に手を当てて、悲しげに瞳を伏せた。

『姫殿下にもお裾分けしようと思っていたのですが、残念ですね』

 ぎょっと目を見張ったのはどっちだったのか。ラウがはっとして隣を見るより早く、ピルルっと動いた耳がピンっと立って、エリファレットが前に躍り出た。

「はい! 僕が行きます!! 姫さまが元気になるんですよね!?」

「エリファ!!」

 元気に手を上げて名乗りを上げたエリファレットを、ラウが後ろから抱え込む。

 ラウが断っても、エリファレットが自ら行くとなれば断りきれない。説得しようにも、ディノクルーガーの森の女王・アルベルティーナの為とあっては、エリファレットは譲らないだろう。一度決めたことに関しての頑固さを、ラウはよく知っている。

 ギッとミレイアを睨むも、かの佳人は穏やかに微笑むばかりだ。彼女の手にかかれば、ラウはもとより、エリファレットを丸め込むことなど雑作もない。

『まぁ、エリファレット。取りに行ってくれますか? ラウは一緒には行けませんけれど』

「はい! 大丈夫です! 姫さまに届けてくれるんですよね?」

『ええ、それはもちろん。花精の甘露があれば、姫殿下がマリスリオスから戻られる日も早くなると思いますよ』

「本当ですか!?」

 もう会えないだろうと言われるほど長く療養が必要なアルベルティーナが、少しでも早く戻ってこれるようになるかもしれない。その霊薬をエリファレットが取ってくる。

 ぱっと輝いた顔はとても嬉しそうに輝いていて、ラウは怒鳴りたい気持ちをぐっと噛み殺した。

 どう理屈をこねくり回しても、エリファレットを諦めさせることは不可能だった。
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