死にたがりの狼は暁に目を覚ます

siduki_sorairo

文字の大きさ
3 / 37

3

しおりを挟む
 街は明るく、人も多い。紛れてしまえば、地理に疎い子どもにはまず見つけられないだろう。

 人混みを避け、裏路地を走り抜けたところで、ラウははっ、と息を吐いた。冷たい石壁に手をついて、切れた息を整える。

 全速力で走り抜けたが、息が上がるのがいつもよりずっと早い。これくらいの距離で、通常のラウが息を乱すことなど有り得ない。

 冷えた石壁に触る手が、それよりも冷えている。足が重く、体が何倍も重さを持ったようだ。ともすれば崩れ落ちそうになる膝を支え、思わず自嘲する。

(この程度で息が乱れるのか……)

 毒はまだ確かにラウの体内にある。わずかばかり走っただけで、この有様だ。疑いようがない。

 あの子どもの中和は、確かに今のラウには必要かもしれない。かと言って、彼を殺してやる義理もない。原因ははっきりしているのだ。中和出来る魔術師か治癒師、もしくは医者を見つければいいことだ。

 軽く息が整うのを待ち、ラウは夜の喧騒の中に戻る。酔いはすっかり醒めてしまったが、今日はこのまま帰って寝るのが一番だ。

 ザワッと、夜の喧騒が異質に騒いだのはその時だった。

 悲鳴、怒号、歓喜、人の声が作った不協和音に、ラウは胡乱げに首を巡らせ小さく息を飲んだ。

 明るい夜の街を、銀色の狼が疾走してくる。鋭い爪を鳴らし、銀の毛並みをなびかせ走る姿は美しくも矢のように早い。

「っ……! 馬鹿がっ……!」

 ラウは舌打ちして踵を返し、大きな体で突撃してくる狼を掬い上げるように抱え込んだ。

「ギャウ!」

 大勢の怒号と慨嘆、恨み言が野次となって襲ってきたが、ラウは構わず子狼を抱えたまま走り出した。

 喧騒が異質に騒いだのは、街中に獣が現れたからではない。美しい銀の毛並みをなびかせる狼が、貴重で珍しい生き物だからだ。

 銀狼族といえば、狼族の中でも特に珍しい種族だ。美しい銀の毛並みと翠玉の瞳を持ち、その遠吠えは大地を割り天を裂くと言われる。ふらりと人里に現れる狼族とは違い、まずお目にかかることがない最強種の一種だ。

 捕らえて皮を剥げば、美しい毛並みの防具が出来上がる。火にも水にも魔法にも強く、羽根のように軽い。例え数本の毛でも呪物としては一級品であり、その血肉は食せば不老を叶えると噂される。

 幻の銀狼族が街中にぽっと現れたのだ。その価値を知る輩が目の色を変えないはずがない。

 ラウは息を乱し顔色を悪くさせ、街の外まで出た。街道から外れた暗がりの雑木林に、倒れ込むよう入り込んだ。

「あんな所で姿を現すヤツがあるか!!」

 貴重な銀狼族だ。生け捕りにし、死なない程度に肉や血、皮を剥いで売り捌くに違いない。死ぬよりひどい目に遭わされるだろう。

 息を乱して怒鳴ると、地面に放り出された狼の耳と尻尾がしゅんと下がった。

「ごめんなさい。でも、他の人に僕は殺せません」

 息を乱し幹に背中を預けるラウに近付き、子狼はその唇を労わるように舐めた。

 サリっと独特な感触が唇に伝わり、抜けるように怠く重かった手足に力が戻る。思わずほっと安堵の息が漏れると、子狼がヒト型に変わってラウの両手を握った。

 下から覗き込む翠の目が、澄んでひどく美しい。

 はっ、と肩で息をして、ラウは子どもの手を握り返す。

「中和する変わりに……、お前を、殺せって、ことか……」

 体内に残った毒の中和が急務であることは、身をもって体感した。時間をかけている暇はない。治療出来る者を探すのも手間だろう。なにより、これほど効果的に毒を中和出来る人間はいまい。

 交換条件としては、悪くない。

 呟きに、少年は美しい毛並みを思い起こさせる髪を左右に振る。

「言ったはずです。毒を中和するのは、恩返しです。僕を殺してほしいのは、お願いです」

「……何が違う?」

 毒が中和されれば、ラウは少年の要望を聞かざるを得ない。どれだけ言葉を選んで繕ったとしてもそれに変わりはない。

 冷たく問えば、少年は微笑んで首を振る。

「貴方に義務がない」

 少年は、中和した見返りに殺せと詰め寄っているわけではない。彼がラウを治した時点で、受けた恩を返すという貸し借りがなくなる。それ以降の彼の要望を、ラウは必ずしも叶えなければならない義理も道理もない。彼はそれを盾に、ラウを脅すつもりも恨むつもりもないのだ。ただ殺してほしいという願いを聞き入れられるよう、必死になって頭を下げるだけだ。

「治るまで、僕を好きに使ってくれてかまいません。ただ、貴方に僕を殺してほしい」

 凪いだ瞳は虚偽を浮かべることを知らず、ただ純真にラウを見据えていた。

 ラウは深々と溜め息をついた。

「……ラウ・ファン・アスだ。お前、名前は?」

「銀の狼族、エリファレットです」

 ラウの両足の隙間にちょこんと行儀良く座った彼は、ラウに問われて自身の正体と名を簡単に明かした。

「わかった、エリファレット。俺の傷が完治したら、お前を殺してやる」

 子狼の首を刎ねるなど容易い。まして無抵抗だとわかっている獣ならなおのことだ。

 揺るがない頑固な意志に根負けし、ラウは体の自由と引き換えに白旗を上げた。

「ありがとうございます!!」
 途端少年は花が綻ぶように笑い、ラウの唇にキスをした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

偽りの聖者と泥の国

篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」 自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。 しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。 壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。 二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。 裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。 これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。 ----------------------------------------- 『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。 本編に救いはありません。 セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。 本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜
BL
本来のゲームでは冒頭で死亡する予定の大賢者✕元39歳コンビニアルバイトの美少年悪役令息 就職に失敗。 アルバイトしながら文字書きしていたら、気づいたら39歳だった。 自他共に認めるデブのキモオタ男の俺が目を覚ますと、鏡には美少年が映っていた。 あ、そういやトラックに跳ねられた気がする。 30年前のドット絵ゲームの固有グラなしのモブ敵、悪役貴族の息子ヴァニタス・アッシュフィールドに転生した俺。 しかし……待てよ。 悪役令息ということは、倒されるまでのモラトリアムの間は貧困とか経済的な問題とか考えずに思う存分文字書きライフを送れるのでは!? ☆ ※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。 ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。

処理中です...