死にたがりの狼は暁に目を覚ます

siduki_sorairo

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 毒を中和し、完治したらラウが彼を殺す。その奇妙な約定を結んだ日から、エリファレットはラウの家に居候することとなった。

 銀の狼族エリファレットとの生活は、奇妙なほど心地が良かった。ラウは仕事の腕は確かだが、生活能力が著しく乏しい。長期家を空けることが多いため、家事全般ほぼすることがないのだ。それを知り、エリファレットは実に甲斐甲斐しく働いた。

 エリファレットを伴って帰宅した時、ラウの自宅は酷い有様だった。圧倒的に物が少なく、家に生活感がない。使われた形跡がない綺麗なままのキッチンに、溜められた洗濯物と血と泥を洗い流したままの風呂場。怪我をして療養しているとは思えないほど食料は少なく、道具もない。

 ラウは獣であるエリファレットから、信じられないものを見るような目つきで見られた。

「信じられません。生き物が棲むところじゃありません」

 とまで言わしめた。

エリファレットがまず始めたことは、家の掃除からだった。

 彼が居候を始めてから、ラウの生活は健康的にさえなった。キッチンは毎日使われて美味しそうな匂いをさせ、天気の良い日は洗濯物が干され、家に埃が積もることがなくなった。

 エリファレットは狼ながら、実に人らしい生活に慣れ親しんでいた。

「個体によりますが、ヒト型で人社会に紛れている狼族は一定数いるはずです。僕もヒト型で生活できるように訓練されました」

 世界は圧倒的にヒト族のものだ。その中で絶対数が少ない彼ら他種族が上手く生きていくためには、人の中に混ざることが一番いい。エリファレットも幼い頃よりヒト型になる術を教えられ、人の生活に馴染めるように教えられていた。

「お前の場合、慣れすぎのようだがな……」

 家事全般を恙無くこなすエリファレットを、誰が狼だと思うだろうか。

 呟きに、エリファレットは良い笑顔を浮かべる。

「うちはヒト型の生活が多かったので!」

 住処は人知れぬ場所にひっそりとあったが、人との交流も少なからずあった。人社会の出来事やルール、貨幣価値と使用方法、学ぶことは多かった。何より食材を買って『調理』することは画期的だった。色々な食材で様々な食べ物を生み出すことが、エリファレットは好きだった。それは、平和で平穏で幸せな日々だった。

 ふと遠くなった翠の目に、寂しさが滲む。

 ラウは手を伸ばし、銀色の髪をぐしゃりとかき混ぜた。

「……そのわりにはお前、ヒト型になるのが下手だな」

「うぇっ……!?」

 ぱっと瞳を戻したエリファレットが、予想外の言葉に飛び上がる。

 心当たりがないらしいエリファレットに、ラウは小さく口元を緩めた。

 エリファレットは時折耳が頭から出ている時がある。さすがにあの毛束感ある尻尾が現れるとわかるようだが、耳だけは無意識に出ている。観察したところ、本人の真剣度が高いと出る確率が高い。注意深く耳を傾けるが如く、銀の被毛に覆われた立ち耳がよく動いている。料理中にも、機嫌良さそうに耳が動いているのを見かける。

 そして今のようの驚いた時や動揺した時、ピンっと耳が立つ。

「ほら、出てるぞ」

 銀の髪から覗いた狼の耳を指摘し、笑いながら手を伸ばす。戯れのように柔らかい耳裏の毛を撫でると、エリファレットが小さく身じろいだ。

「……んっ……」

 鼻にかかった声が吐息のように漏れて、ラウはぱっと手を離した。

 ピルルっと立ち耳が動いて、エリファレットが両手で耳を押さえる。

「み、見ないでください……」

 かぁっと頬を赤く染めたのは、中途半端な人型を指摘されたからか。

 思わず手を離してしまうほどあえかな吐息だったことを、この子狼は気付いていない。

 ラウは気まずくて不自然に視線をさまよわせ、中途半端に浮かせてしまった手をそっと下ろす。

「……家の中ではいいが、外では気を付けろよ」

 買い物に夢中になって、無意識に耳が飛び出ていては事だ。

「家の中では、いいんですか……?」

 両耳を押さえたまま、エリファレットがそっとラウを見上げる。

 両手の隙間からでも、銀の被毛に覆われた耳がへにょりと垂れているのがわかる。

 どうやら、狼の姿でいてはいけないと思っているらしい。狼の姿で街中を疾走して怒鳴られたことが効いているのだろう。

 伺うように揺れる翠玉の瞳が可愛らしくて、ラウは思わず相好を崩す。

「あぁ。家の中では楽な姿でいればいい。今はお前の家も同然だ」

 そもそも家の中を全て整えているのは、他ならぬエリファレットだ。家同然どころか、家主ですと言っても憚らないだろう。ラウも文句を言えない。

 エリファレットは途端にぱっと顔を輝かせた。ピンと立った耳が礼を言うより先に雄弁に嬉しさを伝えていて、ラウはとうとう噴き出してしまった。
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