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父と母は、とても仲睦まじい夫婦だった。お互いを尊重し、慈しみを持って接していた。その愛情は、丸ごとエリファレットに注がれていた。
たゆとうように幸福な時だった。父が笑い、母が笑い、エリファレットも笑う。それだけで、何もかもが満たされていた。
その時までは。
何が起こったのか、エリファレットにはわかっていなかった。ただ突如現れたそれに身を竦ませ、恐れ慄いていた。母が何かを懸命になって叫んでいた。聞いたことがないような、悲痛な叫びだった。母の狂った慟哭に、エリファレットは知ったのだ。
『父』はもうこの世から姿を消したことを。
それからはただ母に連れられ、無我夢中で逃げるだけだった。
父さん……!! どうして……!
なんでこんなことに!!
何度、もう姿なき父に呼びかけ叫んだだろうか。
母さん!!
逃げて!
助けて!!
エリファレット!!
氷雪の魔物は、容易く母の腹を裂いた。羽虫を払うような軽やかさで、だが狡猾に獲物を狙う獣のような執拗さで母を追って捕らえた。
母の美しい銀の毛が真っ赤に染まる様を、エリファレットは震えながら見ていた。
『エリファレット……』
喘いだ母の口元が真っ赤に染まる。それでもエリファレットに向け紡ごうとする言葉を、必死になって聞いた。
『母さん……!!』
絶命した母の死体を奪うが如く、氷雪の魔物の影が覆う。
父さん……
母のこと切れる前の言葉を、必死に思い出して心に留める。体中が痛くて、張り裂けそうだった。ただ母の声だけが、エリファレットに自我を保たせた。
氷雪の魔物の鋭利な爪が、エリファレットと母の亡骸に振り下ろされる。
直前。
それがくぐもった悲鳴を上げてのけぞった。
閃光の速さで、氷雪の魔物の首が刎ね飛んだ。ドンっと質量ある音がして、地面にそれが落ちる。
断末魔さえ上げない、呆気ない最期だった。
慟哭に吠えたのは、エリファレットだった。
嫌だ。怖い。
あれは、魔物だ。恐ろしく、おぞましい。光ある中に生きていい生き物ではない。
嫌だ。誰か……
「僕を殺して……!!」
「エリファレット!!」
温かな手が頭を包んでいた。冴え冴えとした冷たい青色が、エリファレットを覗き込んでいる。
瞬きした折に、エリファレットの翠の瞳から涙の粒が零れ落ちる。銀の被毛は涙を弾いて、ハラハラとラウの手を濡らす。
そうだ。ラウだ。
氷雪の魔物から、エリファレットを助けてくれた。母の亡骸を抱き、ただ泣き震えることしか出来なかったエリファレットを、剣一つで正気に戻した。
彼のそばなら、安心出来る。氷雪の魔物を一閃したラウのそばならば、エリファレットは何も憂うことがない。エリファレットを救ってくれるのは、彼だけだ。
あのおぞましい生き物を殺したこの手は、エリファレットにとって世界で唯一安心出来るものだ。
もう、大丈夫だ。震える体は止まる。絶叫する恐怖はエリファレットを襲わない。
あとはただ。
「ラウ……お願いです……はやく、僕をころして……」
それを、願うばかりだ。
たゆとうように幸福な時だった。父が笑い、母が笑い、エリファレットも笑う。それだけで、何もかもが満たされていた。
その時までは。
何が起こったのか、エリファレットにはわかっていなかった。ただ突如現れたそれに身を竦ませ、恐れ慄いていた。母が何かを懸命になって叫んでいた。聞いたことがないような、悲痛な叫びだった。母の狂った慟哭に、エリファレットは知ったのだ。
『父』はもうこの世から姿を消したことを。
それからはただ母に連れられ、無我夢中で逃げるだけだった。
父さん……!! どうして……!
なんでこんなことに!!
何度、もう姿なき父に呼びかけ叫んだだろうか。
母さん!!
逃げて!
助けて!!
エリファレット!!
氷雪の魔物は、容易く母の腹を裂いた。羽虫を払うような軽やかさで、だが狡猾に獲物を狙う獣のような執拗さで母を追って捕らえた。
母の美しい銀の毛が真っ赤に染まる様を、エリファレットは震えながら見ていた。
『エリファレット……』
喘いだ母の口元が真っ赤に染まる。それでもエリファレットに向け紡ごうとする言葉を、必死になって聞いた。
『母さん……!!』
絶命した母の死体を奪うが如く、氷雪の魔物の影が覆う。
父さん……
母のこと切れる前の言葉を、必死に思い出して心に留める。体中が痛くて、張り裂けそうだった。ただ母の声だけが、エリファレットに自我を保たせた。
氷雪の魔物の鋭利な爪が、エリファレットと母の亡骸に振り下ろされる。
直前。
それがくぐもった悲鳴を上げてのけぞった。
閃光の速さで、氷雪の魔物の首が刎ね飛んだ。ドンっと質量ある音がして、地面にそれが落ちる。
断末魔さえ上げない、呆気ない最期だった。
慟哭に吠えたのは、エリファレットだった。
嫌だ。怖い。
あれは、魔物だ。恐ろしく、おぞましい。光ある中に生きていい生き物ではない。
嫌だ。誰か……
「僕を殺して……!!」
「エリファレット!!」
温かな手が頭を包んでいた。冴え冴えとした冷たい青色が、エリファレットを覗き込んでいる。
瞬きした折に、エリファレットの翠の瞳から涙の粒が零れ落ちる。銀の被毛は涙を弾いて、ハラハラとラウの手を濡らす。
そうだ。ラウだ。
氷雪の魔物から、エリファレットを助けてくれた。母の亡骸を抱き、ただ泣き震えることしか出来なかったエリファレットを、剣一つで正気に戻した。
彼のそばなら、安心出来る。氷雪の魔物を一閃したラウのそばならば、エリファレットは何も憂うことがない。エリファレットを救ってくれるのは、彼だけだ。
あのおぞましい生き物を殺したこの手は、エリファレットにとって世界で唯一安心出来るものだ。
もう、大丈夫だ。震える体は止まる。絶叫する恐怖はエリファレットを襲わない。
あとはただ。
「ラウ……お願いです……はやく、僕をころして……」
それを、願うばかりだ。
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