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足元に見慣れない文字と複雑な紋様で織られたと魔法陣が浮き上がり、エリファレットとラウを包み込んで一瞬強く光った。瞳を射るほど強い光にエリファレットは反射的に目を閉じ、ふらりと揺らいだ振動にラウの袖を握った。
「エリファ」
一瞬の浮遊感が収まり、エリファレットはラウに促されて目を開けて翠玉を見開いた。
エンハ渓谷を見下ろす山の頂にいたはずだったのに、新緑の匂い溢れる森の中に移動していた。
「……ここが……ディノクルーガーの森……」
世界が変わってしまったかのように、空気から違っていた。エリファレットが知る世界の匂いがしない。瑞々しい若葉の匂いに、いにしえから連綿と受け継がれている魔法と知識の匂いが入り混じっている。どこかカビっぽく埃臭いのに、生まれたての風や育まれる生命の躍動を感じる。
むせ返るほど濃い新緑の匂いに、目眩さえしそうだった。
ここは、森の中に王国を築いているのだ。緑で覆われながら、道があり水が引かれ家がある。生き物が文化的に生活している。
無意識に飛び出していた立ち耳がヒクヒクと前後に動き、銀の毛束が緩やかに揺れる。
「エリファ、行くぞ」
物珍しさにキョロキョロと周囲を見渡すエリファレットに呆れ、ラウが頭を小突いて先を歩き出す。
柔らかな草が敷かれた道は、素足で歩いても気持ちがいいに違いない。狼の姿になり、いにしえの濃い新緑の匂いを胸いっぱい吸い込んで走り回れたら、さぞかし気持ちいいだろう。
そんな衝動に駆られながら、老人の案内でしばらく進んだ。
「ラウ!!」
踏む草がより柔らかく、満ちる空気がより澄んで清冽になった頃、その声は降って来た。
キンとした空気に、暖かくまろいものを投げこんだように空気の質が変わった。澄み切って清浄だが張り詰めたように冷たかった空気が、優しさと温もりを持った。柔らかなものに包み込まれるように、安堵感を覚える声だった。
ピクリと耳を動かしエリファレットは首を巡らせ、走り来た彼女に息を飲んだ。
天界で燦然と輝く女神のようだった。長く伸びた金の髪の一本一本に至るまでが、森の神気を受けて神々しく輝いている。月光を映し取ったような瞳は夜の安寧を導くように穏やかに優しく、それでいて太陽のように溌剌としている。
目を見張るほどの美女は、そのまま飛び込むようにラウに抱き着いた。
ピンっとエリファレットの耳と尻尾が立ち上がる。
「ティナ」
「久しいな、ラウ! 会いたかったぞ」
ティナと呼んだ彼女を軽く抱き止めたラウが、とんっと彼女を地面に下ろす。
ふわりと微笑む彼女は完成された絵画のよう美しい。
チリっと背中が痛んだエリファレットがかすかに眉を寄せると、彼女が気付いた。
月光を吸い込んだ煌めく瞳が丸くなり、それからふわりと目を細めた。
「あぁ、稀な者を連れているな。ブロースの機嫌が悪いのはそのせいか」
くすくすと喉の奥で笑う声は小鳥のようで、耳に心地いい。不思議と心に溶け込んでくる声に、うっとりしてしまいそうだ。
「初めまして。妾はここディノクルーガーの森の女王、アルベルティーナだ」
夢見るように美しい彼女はそう名乗り、エリファレットは惚けたように見入って反応が一瞬遅れた。
「あ、っ、ぎ、銀の狼族、エリファレットですっ……お目にかかれて、光栄です!」
まさか女王直々にやってくるとは思いもしなかった。
しどろもどろで答えると、彼女が何かを言う前にラウが口を開いた。
「悪い、俺の事情で連れて来た」
全く悪いと思っていない口ぶりで、ラウはアルベルティーナに詫びる。彼女はこの森の女王らしくその事情の説明を求め、ラウは簡単に自身の状況とエリファレットに中和してもらっていることを告げた。
彼女は時折エリファレットに視線を向けながら、ラウの説明を黙って聞いていた。ラウの話が終わると、ふっくらとした形の良い唇に人差し指を這わせる。
「……毒が埋まった、というのはこの辺りか?」
白い繊手が、傷があった場所を正確に探り当てる。ぺたりと腹に触れた手にラウが一瞬ピクリと反応し、少し嫌な顔をしてアルベルティーナの手を掴む。
「やめろ」
低く拒否を伝えるラウに、アルベルティーナは笑いながら掴まれた手をそのままラウの指に絡める。小さく麗しい顔がラウに近付き、吐息がかかる。
寄り添うような二人に、エリファレットの心臓がチリっと焼けた。
「毒の中和なら妾にも出来るぞ?」
試してみるか、と誘うようにアルベルティーナの愛らしい唇がラウに近付く。
ひゅっと喉が鳴って、エリファレットは咄嗟に二人の間に割って入った。
「ダ、ダメです!!」
ぱっと離れたアルベルティーナが綺麗な目を丸くし、エリファレットを見つめる。
「こ、れは、……ぼくの、恩返しなので、ダメ、です……!」
かぁぁっと顔に熱が集まるのを感じながらも、エリファレットはなんとか言葉を絞り出す。ラウの体に埋まる毒が完全になくなるのは喜ばしいことだ。毒の中和が必要無くなれば、それだけ早くエリファレットはラウに殺してもらえる。だがエリファレット以外の誰かが、ラウに触れるのは嫌だった。毒の中和だとしても、エリファレットはそれを誰にも許したくない。
森の精霊族、ディノクルーガーの森の女王が直々に中和すると言うのだ。エリファレットより効果があるのは間違いない。それをエリファレットの勝手な思いで阻んでしまった。
背後にラウを置きながら、エリファレットは血の気が引くのを感じた。
ラウの反応が怖くて、後ろを振り返ることが出来ない。
怯えるエリファレットの肩を、ラウの硬い手が強く抱き寄せた。
「そういうことだ。エリファ以外の治療を受ける気はない。今回は蟲退治だろう?」
言外に遊ぶな、とラウがアルベルティーナに告げる。彼女は美麗な顔に少し影を落としたが、すぐに表情を改めた。
「そうか……。悪かった、エリファレット。銀の狼族を妾は歓迎しよう」
エリファレットに詫びた彼女がそう言うと、後ろでおとなしく控えていた老ブロースの顔が途端苦々しく歪んだ。
「エリファ」
一瞬の浮遊感が収まり、エリファレットはラウに促されて目を開けて翠玉を見開いた。
エンハ渓谷を見下ろす山の頂にいたはずだったのに、新緑の匂い溢れる森の中に移動していた。
「……ここが……ディノクルーガーの森……」
世界が変わってしまったかのように、空気から違っていた。エリファレットが知る世界の匂いがしない。瑞々しい若葉の匂いに、いにしえから連綿と受け継がれている魔法と知識の匂いが入り混じっている。どこかカビっぽく埃臭いのに、生まれたての風や育まれる生命の躍動を感じる。
むせ返るほど濃い新緑の匂いに、目眩さえしそうだった。
ここは、森の中に王国を築いているのだ。緑で覆われながら、道があり水が引かれ家がある。生き物が文化的に生活している。
無意識に飛び出していた立ち耳がヒクヒクと前後に動き、銀の毛束が緩やかに揺れる。
「エリファ、行くぞ」
物珍しさにキョロキョロと周囲を見渡すエリファレットに呆れ、ラウが頭を小突いて先を歩き出す。
柔らかな草が敷かれた道は、素足で歩いても気持ちがいいに違いない。狼の姿になり、いにしえの濃い新緑の匂いを胸いっぱい吸い込んで走り回れたら、さぞかし気持ちいいだろう。
そんな衝動に駆られながら、老人の案内でしばらく進んだ。
「ラウ!!」
踏む草がより柔らかく、満ちる空気がより澄んで清冽になった頃、その声は降って来た。
キンとした空気に、暖かくまろいものを投げこんだように空気の質が変わった。澄み切って清浄だが張り詰めたように冷たかった空気が、優しさと温もりを持った。柔らかなものに包み込まれるように、安堵感を覚える声だった。
ピクリと耳を動かしエリファレットは首を巡らせ、走り来た彼女に息を飲んだ。
天界で燦然と輝く女神のようだった。長く伸びた金の髪の一本一本に至るまでが、森の神気を受けて神々しく輝いている。月光を映し取ったような瞳は夜の安寧を導くように穏やかに優しく、それでいて太陽のように溌剌としている。
目を見張るほどの美女は、そのまま飛び込むようにラウに抱き着いた。
ピンっとエリファレットの耳と尻尾が立ち上がる。
「ティナ」
「久しいな、ラウ! 会いたかったぞ」
ティナと呼んだ彼女を軽く抱き止めたラウが、とんっと彼女を地面に下ろす。
ふわりと微笑む彼女は完成された絵画のよう美しい。
チリっと背中が痛んだエリファレットがかすかに眉を寄せると、彼女が気付いた。
月光を吸い込んだ煌めく瞳が丸くなり、それからふわりと目を細めた。
「あぁ、稀な者を連れているな。ブロースの機嫌が悪いのはそのせいか」
くすくすと喉の奥で笑う声は小鳥のようで、耳に心地いい。不思議と心に溶け込んでくる声に、うっとりしてしまいそうだ。
「初めまして。妾はここディノクルーガーの森の女王、アルベルティーナだ」
夢見るように美しい彼女はそう名乗り、エリファレットは惚けたように見入って反応が一瞬遅れた。
「あ、っ、ぎ、銀の狼族、エリファレットですっ……お目にかかれて、光栄です!」
まさか女王直々にやってくるとは思いもしなかった。
しどろもどろで答えると、彼女が何かを言う前にラウが口を開いた。
「悪い、俺の事情で連れて来た」
全く悪いと思っていない口ぶりで、ラウはアルベルティーナに詫びる。彼女はこの森の女王らしくその事情の説明を求め、ラウは簡単に自身の状況とエリファレットに中和してもらっていることを告げた。
彼女は時折エリファレットに視線を向けながら、ラウの説明を黙って聞いていた。ラウの話が終わると、ふっくらとした形の良い唇に人差し指を這わせる。
「……毒が埋まった、というのはこの辺りか?」
白い繊手が、傷があった場所を正確に探り当てる。ぺたりと腹に触れた手にラウが一瞬ピクリと反応し、少し嫌な顔をしてアルベルティーナの手を掴む。
「やめろ」
低く拒否を伝えるラウに、アルベルティーナは笑いながら掴まれた手をそのままラウの指に絡める。小さく麗しい顔がラウに近付き、吐息がかかる。
寄り添うような二人に、エリファレットの心臓がチリっと焼けた。
「毒の中和なら妾にも出来るぞ?」
試してみるか、と誘うようにアルベルティーナの愛らしい唇がラウに近付く。
ひゅっと喉が鳴って、エリファレットは咄嗟に二人の間に割って入った。
「ダ、ダメです!!」
ぱっと離れたアルベルティーナが綺麗な目を丸くし、エリファレットを見つめる。
「こ、れは、……ぼくの、恩返しなので、ダメ、です……!」
かぁぁっと顔に熱が集まるのを感じながらも、エリファレットはなんとか言葉を絞り出す。ラウの体に埋まる毒が完全になくなるのは喜ばしいことだ。毒の中和が必要無くなれば、それだけ早くエリファレットはラウに殺してもらえる。だがエリファレット以外の誰かが、ラウに触れるのは嫌だった。毒の中和だとしても、エリファレットはそれを誰にも許したくない。
森の精霊族、ディノクルーガーの森の女王が直々に中和すると言うのだ。エリファレットより効果があるのは間違いない。それをエリファレットの勝手な思いで阻んでしまった。
背後にラウを置きながら、エリファレットは血の気が引くのを感じた。
ラウの反応が怖くて、後ろを振り返ることが出来ない。
怯えるエリファレットの肩を、ラウの硬い手が強く抱き寄せた。
「そういうことだ。エリファ以外の治療を受ける気はない。今回は蟲退治だろう?」
言外に遊ぶな、とラウがアルベルティーナに告げる。彼女は美麗な顔に少し影を落としたが、すぐに表情を改めた。
「そうか……。悪かった、エリファレット。銀の狼族を妾は歓迎しよう」
エリファレットに詫びた彼女がそう言うと、後ろでおとなしく控えていた老ブロースの顔が途端苦々しく歪んだ。
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