17 / 37
17
しおりを挟む
エンハ渓谷に到着するまでに、エリファレットは幾度となく恐ろしい夢を見た。状況は様々だったが、必ず最後にラウはエリファレットを置いていなくなった。必ずエリファレットを独りした。その度にエリファレットの心は痛み、目が覚めると走り回った後のように体中が痛んだ。
不安げな表情をするからか、そんな時ラウは優しくエリファレットを抱きしめてくれた。宥める手と同じくらい優しくやわく口を吸われ、落ち着きを取り戻した。最早中和とは名ばかりのようで、エリファレットはラウの唇に触れるのが好きだった。羞恥よりも先に安堵感を求めてラウに口付けを請うようになり、それが色を纏ってさらに触れたいと思うようになるまでに時間はかからなかった。
好きに口内を蹂躙して離れていく唇が、エリファレットの下唇を名残惜しげに吸って離れていく。時折やわく食まれると腰が痺れて、じんわりと体が熱くなった。
「……ぁ……」
間近で見るラウの顔は端正で、その配置の黄金率にエリファレットはうっとりとしてしまう。
うっそりと目を細めるラウが、エリファレットの色付いた頬に触れる。
「本当……いい顔をするな、お前」
普段見せる時とは別人だと笑うラウこそ、いつもの雰囲気と違ってエリファレットはドキドキする。
浮かされたままに、エリファレットは毎回思うのだ。
全部欲しい。全部に触れたい。でも触れられなくて、もどかしい。どうすれば満たされるのかわからなくて、ラウの首筋に抱き付く。
すんっとラウの匂いが鼻腔を満たすと、少しだけ満足する。でもこのまま動けなくなりそうで、少し怖くもなる。
「ラウ……僕は、ダメになりそうです……」
抱き締められて、ふにふにと耳を触られていると、何も考えられなくなる。このまま何もわからないフリをして、全てを投げ出したくなる。何も見ないフリをして、ただずっとラウに寄りかかっていたくなる。
抗議をするように尻尾を振ると、ラウが弄る手を止めて喉の奥で笑う。
抱き締められた体越しに響く声の、なんと気持ち良いことか。
「じゃぁ、全部俺に委ねてみたらどうだ?」
玲瓏な声に艶が増して、エリファレットはふるりと体を震わせる。
誘う声は甘美で抗い難いが、エリファレットはその言葉で現実に引き戻る。
埋めていた首筋から顔を上げ、意地悪く笑うラウから顔を背ける。
「……それは、ダメです」
何もかもを投げ出すことは出来ない。知らないフリも、見ないフリも、わからないフリも、エリファレットはしてはいけないのだ。
現実に引き戻されたエリファレットに、ラウが軽く息をつく。
「……なかなか手強いな、お前」
エンハ渓谷に到着したのは、そんな頃だった。ラウの腕の中で眠っている間に到着し、エリファレットは目覚めて見た景色に感嘆の声を上げた。
エンハ渓谷に興された街は、山間の平地を慣らして出来たものではない。エンハ渓谷の住人は、皆山の斜面に家を築く。それは見事な景観を見せる美しく繊細な建築物で、日の入り方によって様々な顔を見せた。心震え、魂さえ奪われる渓谷として名を馳せ、終の住処としようとする者も多い。だがエンハ渓谷は住民になる条件が厳しく、許可が下りる者は稀であると言う。
ラウは街の関所で馬を預けると、起伏の激しい山裾の道を慣れたように上がっていく。頂上付近になると、警備兵が何人か立って立ち入りを阻んだが、ラウと一言二言交わすと呆気なく通行が許可された。
頂上には庭園が広がり、その奥に宮殿が見えた。この渓谷を治める領主がいると言う。広い庭園には東屋がいくつかあり、ラウは一番遠い東屋に足を向けた。
切り立った崖にポツリと建つ東屋は、眼下にエンハ渓谷の見事な景観が臨めた。
ラウが近くで足を止めたのに倣い、エリファレットも足を止める。
ここから先は、道がない。
「ラウ? お迎えと言うのはどこから来るんですか?」
仰ぎ見ると同時に、エリファレットの嗅覚を知らない匂いが刺激した。
空気が薄く澄んだ頂上において、嗅ぐことが出来ない新緑の匂いだ。
匂いがした方に首を巡らせると、ラウが東屋を指差して笑う。
「今来た」
東屋に翁が立っていた。白金の髪と同じ色の見事な口髭を胸まで蓄え、手には自身の背丈の二倍もあろうかという杖を携えていた。
眉毛さえ髭と同化した白金の中から、水に沈めたような青色が覗く。
ギロリと一瞥されたのはエリファレットだったか。
「……遅いですぞ、ラウ殿」
嗄れた声にラウは肩を竦める。
「かかった時間はいつもと変わらないはずだ」
「そうでしたかな?」
老人はわざとらしくとぼけて見せてから、物言いたげにラウに鋭い眼光を向けた。ラウはその視線を平然と受けながら、老人の視線に怯んだエリファレットの肩を抱き寄せる。
一瞬ピリついた空気に、エリファレットが息を飲む。
折れたのは老人の方だった。張り詰めた空気の緊張を緩め、頭を振る。
「……かの君には疾く説明されよ」
不承不承とばかりに息をつき、老人は背丈より大きな杖で、二度ほど地面を叩いた。
不安げな表情をするからか、そんな時ラウは優しくエリファレットを抱きしめてくれた。宥める手と同じくらい優しくやわく口を吸われ、落ち着きを取り戻した。最早中和とは名ばかりのようで、エリファレットはラウの唇に触れるのが好きだった。羞恥よりも先に安堵感を求めてラウに口付けを請うようになり、それが色を纏ってさらに触れたいと思うようになるまでに時間はかからなかった。
好きに口内を蹂躙して離れていく唇が、エリファレットの下唇を名残惜しげに吸って離れていく。時折やわく食まれると腰が痺れて、じんわりと体が熱くなった。
「……ぁ……」
間近で見るラウの顔は端正で、その配置の黄金率にエリファレットはうっとりとしてしまう。
うっそりと目を細めるラウが、エリファレットの色付いた頬に触れる。
「本当……いい顔をするな、お前」
普段見せる時とは別人だと笑うラウこそ、いつもの雰囲気と違ってエリファレットはドキドキする。
浮かされたままに、エリファレットは毎回思うのだ。
全部欲しい。全部に触れたい。でも触れられなくて、もどかしい。どうすれば満たされるのかわからなくて、ラウの首筋に抱き付く。
すんっとラウの匂いが鼻腔を満たすと、少しだけ満足する。でもこのまま動けなくなりそうで、少し怖くもなる。
「ラウ……僕は、ダメになりそうです……」
抱き締められて、ふにふにと耳を触られていると、何も考えられなくなる。このまま何もわからないフリをして、全てを投げ出したくなる。何も見ないフリをして、ただずっとラウに寄りかかっていたくなる。
抗議をするように尻尾を振ると、ラウが弄る手を止めて喉の奥で笑う。
抱き締められた体越しに響く声の、なんと気持ち良いことか。
「じゃぁ、全部俺に委ねてみたらどうだ?」
玲瓏な声に艶が増して、エリファレットはふるりと体を震わせる。
誘う声は甘美で抗い難いが、エリファレットはその言葉で現実に引き戻る。
埋めていた首筋から顔を上げ、意地悪く笑うラウから顔を背ける。
「……それは、ダメです」
何もかもを投げ出すことは出来ない。知らないフリも、見ないフリも、わからないフリも、エリファレットはしてはいけないのだ。
現実に引き戻されたエリファレットに、ラウが軽く息をつく。
「……なかなか手強いな、お前」
エンハ渓谷に到着したのは、そんな頃だった。ラウの腕の中で眠っている間に到着し、エリファレットは目覚めて見た景色に感嘆の声を上げた。
エンハ渓谷に興された街は、山間の平地を慣らして出来たものではない。エンハ渓谷の住人は、皆山の斜面に家を築く。それは見事な景観を見せる美しく繊細な建築物で、日の入り方によって様々な顔を見せた。心震え、魂さえ奪われる渓谷として名を馳せ、終の住処としようとする者も多い。だがエンハ渓谷は住民になる条件が厳しく、許可が下りる者は稀であると言う。
ラウは街の関所で馬を預けると、起伏の激しい山裾の道を慣れたように上がっていく。頂上付近になると、警備兵が何人か立って立ち入りを阻んだが、ラウと一言二言交わすと呆気なく通行が許可された。
頂上には庭園が広がり、その奥に宮殿が見えた。この渓谷を治める領主がいると言う。広い庭園には東屋がいくつかあり、ラウは一番遠い東屋に足を向けた。
切り立った崖にポツリと建つ東屋は、眼下にエンハ渓谷の見事な景観が臨めた。
ラウが近くで足を止めたのに倣い、エリファレットも足を止める。
ここから先は、道がない。
「ラウ? お迎えと言うのはどこから来るんですか?」
仰ぎ見ると同時に、エリファレットの嗅覚を知らない匂いが刺激した。
空気が薄く澄んだ頂上において、嗅ぐことが出来ない新緑の匂いだ。
匂いがした方に首を巡らせると、ラウが東屋を指差して笑う。
「今来た」
東屋に翁が立っていた。白金の髪と同じ色の見事な口髭を胸まで蓄え、手には自身の背丈の二倍もあろうかという杖を携えていた。
眉毛さえ髭と同化した白金の中から、水に沈めたような青色が覗く。
ギロリと一瞥されたのはエリファレットだったか。
「……遅いですぞ、ラウ殿」
嗄れた声にラウは肩を竦める。
「かかった時間はいつもと変わらないはずだ」
「そうでしたかな?」
老人はわざとらしくとぼけて見せてから、物言いたげにラウに鋭い眼光を向けた。ラウはその視線を平然と受けながら、老人の視線に怯んだエリファレットの肩を抱き寄せる。
一瞬ピリついた空気に、エリファレットが息を飲む。
折れたのは老人の方だった。張り詰めた空気の緊張を緩め、頭を振る。
「……かの君には疾く説明されよ」
不承不承とばかりに息をつき、老人は背丈より大きな杖で、二度ほど地面を叩いた。
1
あなたにおすすめの小説
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
偽りの聖者と泥の国
篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」
自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。
しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。
壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。
二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。
裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。
これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。
-----------------------------------------
『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ
この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。
本編に救いはありません。
セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。
本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。
【完結】オーロラ魔法士と第3王子
N2O
BL
全16話
※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。
※2023.11.18 文章を整えました。
辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。
「なんで、僕?」
一人狼第3王子×黒髪美人魔法士
設定はふんわりです。
小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。
嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。
感想聞かせていただけると大変嬉しいです。
表紙絵
⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。
モラトリアムは物書きライフを満喫します。
星坂 蓮夜
BL
本来のゲームでは冒頭で死亡する予定の大賢者✕元39歳コンビニアルバイトの美少年悪役令息
就職に失敗。
アルバイトしながら文字書きしていたら、気づいたら39歳だった。
自他共に認めるデブのキモオタ男の俺が目を覚ますと、鏡には美少年が映っていた。
あ、そういやトラックに跳ねられた気がする。
30年前のドット絵ゲームの固有グラなしのモブ敵、悪役貴族の息子ヴァニタス・アッシュフィールドに転生した俺。
しかし……待てよ。
悪役令息ということは、倒されるまでのモラトリアムの間は貧困とか経済的な問題とか考えずに思う存分文字書きライフを送れるのでは!?
☆
※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。
※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる