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プロローグ・1話「ピンクのスターチスの花」
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プロローグ
その日は、今日のように温かい日。
栗花落しずくは、お気に入りの公園で本を読んでいた。
もう午後2時という時間で、心地いい風と木々の間から漏れる太陽の陽が、眠気を誘ってくるが、しずくはそんな気分でもなかった。
だからと言って、本に集中しているわけでもない。
昔の事を思い出しているのだ。
大きな少年が、一輪のピンクの小さな花をくれた日の事を。
1話「ピンクのスターチスの花」
3月の中旬の土曜日。
この日は、幼稚園や保育園、そして学校などの卒園式や卒業式がある。華やかな服装で色とりどりの花たちを持って歩く人たちも多い。
しずくもその中の一人であったが、主役ではなかった。
しずくの勤めている保育園で卒業式があったのだ。
しずくが担任しているクラスではなかったが、1歳児クラスの時に担任をした思い入れのある子どもたちの初めての旅立ちだ。小さかった頃を思い出してしまい、式中も涙が止まらなくなってしまい、今でも目が腫れているのが自分でもわかる。
「入学していた時は歩けなかったのに。」「お友達のご飯を食べようとしてたな。」「散歩で遠いところまで行くと、バギーで寝てたな。」など1人1人が賞状を授与されている姿を見るだけで嬉しいのに泣けてくるのだ。
あの子どもたちは4月になったら小学生になるからいなくなってしまう。
10年も保育士をしているが、卒業はいつも辛い。いや、年々思い出が多くなり、より悲しくなってくるのだ。
そんな悲しい日だが、1年間で1番達成感を感じられる日でもあるのだ。子どもたちを見送った日こそ「子ども達の成長を手伝えた。卒園させた。」という充実感があるのだ。
子ども達自身が頑張ってきた事だが、保育士たちも悩み、苦しみ、涙してきた日々があったこそ、卒園できたのだと自信を持って言えるのだ。
そんな複雑な心境なのか、それとも3月なのにとても温かい日だからなのか。しずくは、すぐに家に帰る気分ではなかった。
職場から卒園式で着た服やお花やメッセージカードなどが入っている大きなカバンを肩にかけて、職場から離れた公園に足を向けていた。
(32歳のアラサー女子には重たい荷物を持って歩くのも大変なんだけど。)
そんな愚痴を心の中で囁きながら、しずくはゆっくりと歩いていた。
今日は3月とは思いえない温かい日だった。歩く人たちも上着を脱いで軽装が目立つ。
しずくは、小さな緑豊かな公園が好きだった。ブランコとすべり台、大きな飛行機の形をした乗り物、砂場。それだけの公園だった。だが、ベンチに座ると全部の遊具が見えるのだ。職業柄なのか、安心する造りだった。
日差しをさえぎってくれる大きな木の下にあるベンチに座り、しずくはバックからお気に入りのブックカバーを掛けた本を取り出した。レース編みで出来たブックカバーはしずくが大切にしているものだ。ネットで見つけて以来、愛用していた。
しおりをとり、本の文字を読み始めると、一気に記憶が戻り本の世界に入っていく。この瞬間がしずくは好きだった。
現実から異世界へ入っていくような感覚だ。
心地いい風に髪を揺らされながらも、少し肌寒さを感じてきた頃。
しずくは、きりのいいところで読書を止めようと意識を現実に戻そうとした。
すると、突然優しい声が聞こえた。
「しずく先生。」
本から目線をずらして正面を見ると、そこには中学生ぐらいの青年がちょこんと座っていた。いつの間にそこにいたのか。しずくは、自分が本に集中しすぎていた事に驚いた。そして、その青年が自分の名前を呼んでいるという事も。
「えっと・・・。」
「しずく先生だよね。ずっと声掛けようかって迷ってて。」
青年は、少し顔を赤らめながらも、キラキラとした目でしずくをしっかり見つめながら話をする。純粋無垢とはこういう子の事をいうのだろうと思うぐらいに。いまどきの中学生には珍しいのでは?と、余計な事を考えているしずくは、自分で「違うッ!」と心の中で考えを止めた。
(私の名前を知っているって事は、この子は私を知ってる。しかも、先生呼びって事は、卒園児!?中学生だから違う・・・って、10年も働いてるんだから卒園児はもうそんな年齢になってるのね。)
自分で考えて悲しくなりながら、青年を見る。黙っている私を不思議そうにしながらも、久しぶりに先生に会えて嬉しいのか、満面の笑顔だ。保育園の先生の記憶なんて、大きくなれば忘れてしまう事が多いだけに、しずくは自分へ向けてくれる微笑にくすぐったい気持ちにもなっていた。
「中学生?もしかして卒業したのかな?」
そう思ったのは、青年が1輪のピンクの花を持っていたからだ。卒業式で貰ったのだろうか。小さなリボンも付いていた。
すると青年は驚いた顔をして、首を横に振った。そして、笑顔だった彼から少しだけ悲しそうな瞳へと変わったような気がした。
(もしかして、間違えた!?んー、でも卒園した子どもじゃないとしたら、だれだろうか。)
思い出すために、しずくはこっそりと青年を観察してみる。さらさらの黒髪は少し長めだったら綺麗に整えられている、顔は子どもらしさが残るもので目は大きく、肌は白かった。服装は制服ではなく、ストライプのシャツに黒のパンツ、グレーのジャケットを羽織っていた。
(卒園児なら顔を見れば思い出せそうだけど、これだけ大きくなってると見た目も変わってたりするのかな。小さい時は太ってたけど、今はこんなに痩せて・・・。)
そんな事を考えていると、少年の真っ黒で澄んだ目と合ってしまい、「えっと。」とどうしていいのか迷っていると、青年はくすりと笑った。
「先生は覚えてないと思うけど、僕は頑張ったよ。」
そう言って、持っていたピンクの花を、私の前に差し出した。何を頑張ったのか、君は誰なのか、聞きたいことはいろいろあるはずなのに、しずくは何故かそのピンクの小さな花に惹かれて手を伸ばしていた。
小さな小花が沢山咲いている、1輪の可愛らしい花。そして、純粋な瞳で笑う青年。どちらに惹かれていたのかはわからない。
受け取って、その花をうっとりと眺めていると、「気に入った?」と嬉しそうに笑う青年が自分を見上げている事に気づいた。
無防備な姿を見られた事に恥かしくなりながらも、この青年を何一つ思い出せない事を咄嗟に思い出した。
「あの、ごめんなさい。私、あなたの事何も覚えてなくて。卒園児だよね?中学生になったの?」
保育士として覚えていない事はとても申し訳なかった。しかも、自分の事を今でも覚えてくれている子だ。きっと悲しむだろうと覚悟をしていた。が、青年は「いいよ。しょうがないよ。」と笑っていた。
ほっと安心してまた花に目を向けようとすると、また青年が何かを話し始めた。
それは、青年の瞳と同じような澄んでいて純真無垢な声で。
「僕と付き合ってくれませんか?」
その声が耳入った瞬間、周りの音が何故か聞こえなくなる。そんな錯覚をしてしまった。
静けさの中、急に胸の音だけが強く鳴り響いていた。
(・・・私、告白されたの!?)
しずくが驚く中、青年は首を傾げたまま恥かしそうに微笑んで答えを待っていた。だが、その目は真剣そのもので、ずっとしずくを見つめていた。
卒園児だと思ってが、名前も思い出せない。そして青年は自分のとの記憶を大切にしてくれたのだろうか。「頑張ったよ。」というのは、何かを約束したのだろうか。
過去10年分の記憶は、焦れば焦るほど頭には戻ってきてくれないようで、今考えられるのは、目の前の青年の顔だけだった。
しずくの返事がないのが不安になったのか、青年の顔は少しずつ曇ってきている。
しずくは、申し訳ない気持ちで咄嗟に返事をしてしまった。
「中学生だよね。私はもう30歳過ぎだし、ね。」
そう言うと、「大丈夫だよ。」と青年は笑った。
笑顔には安心したものの、30歳と中学生の恋愛は駄目だろうと更に言葉を掛けようとした。が、その声は飲み込むしかなかった。
青年がゆっくりと立ち上がったのだ。
目の前には、すらっとした長身の男性が立っていた。
青年の顔はそのままで、彼は「僕が中学生に見える?」と、ニヤリと笑っていた。
しずくはその返事に、ただ首を横に振るしか出来なかった。
その日は、今日のように温かい日。
栗花落しずくは、お気に入りの公園で本を読んでいた。
もう午後2時という時間で、心地いい風と木々の間から漏れる太陽の陽が、眠気を誘ってくるが、しずくはそんな気分でもなかった。
だからと言って、本に集中しているわけでもない。
昔の事を思い出しているのだ。
大きな少年が、一輪のピンクの小さな花をくれた日の事を。
1話「ピンクのスターチスの花」
3月の中旬の土曜日。
この日は、幼稚園や保育園、そして学校などの卒園式や卒業式がある。華やかな服装で色とりどりの花たちを持って歩く人たちも多い。
しずくもその中の一人であったが、主役ではなかった。
しずくの勤めている保育園で卒業式があったのだ。
しずくが担任しているクラスではなかったが、1歳児クラスの時に担任をした思い入れのある子どもたちの初めての旅立ちだ。小さかった頃を思い出してしまい、式中も涙が止まらなくなってしまい、今でも目が腫れているのが自分でもわかる。
「入学していた時は歩けなかったのに。」「お友達のご飯を食べようとしてたな。」「散歩で遠いところまで行くと、バギーで寝てたな。」など1人1人が賞状を授与されている姿を見るだけで嬉しいのに泣けてくるのだ。
あの子どもたちは4月になったら小学生になるからいなくなってしまう。
10年も保育士をしているが、卒業はいつも辛い。いや、年々思い出が多くなり、より悲しくなってくるのだ。
そんな悲しい日だが、1年間で1番達成感を感じられる日でもあるのだ。子どもたちを見送った日こそ「子ども達の成長を手伝えた。卒園させた。」という充実感があるのだ。
子ども達自身が頑張ってきた事だが、保育士たちも悩み、苦しみ、涙してきた日々があったこそ、卒園できたのだと自信を持って言えるのだ。
そんな複雑な心境なのか、それとも3月なのにとても温かい日だからなのか。しずくは、すぐに家に帰る気分ではなかった。
職場から卒園式で着た服やお花やメッセージカードなどが入っている大きなカバンを肩にかけて、職場から離れた公園に足を向けていた。
(32歳のアラサー女子には重たい荷物を持って歩くのも大変なんだけど。)
そんな愚痴を心の中で囁きながら、しずくはゆっくりと歩いていた。
今日は3月とは思いえない温かい日だった。歩く人たちも上着を脱いで軽装が目立つ。
しずくは、小さな緑豊かな公園が好きだった。ブランコとすべり台、大きな飛行機の形をした乗り物、砂場。それだけの公園だった。だが、ベンチに座ると全部の遊具が見えるのだ。職業柄なのか、安心する造りだった。
日差しをさえぎってくれる大きな木の下にあるベンチに座り、しずくはバックからお気に入りのブックカバーを掛けた本を取り出した。レース編みで出来たブックカバーはしずくが大切にしているものだ。ネットで見つけて以来、愛用していた。
しおりをとり、本の文字を読み始めると、一気に記憶が戻り本の世界に入っていく。この瞬間がしずくは好きだった。
現実から異世界へ入っていくような感覚だ。
心地いい風に髪を揺らされながらも、少し肌寒さを感じてきた頃。
しずくは、きりのいいところで読書を止めようと意識を現実に戻そうとした。
すると、突然優しい声が聞こえた。
「しずく先生。」
本から目線をずらして正面を見ると、そこには中学生ぐらいの青年がちょこんと座っていた。いつの間にそこにいたのか。しずくは、自分が本に集中しすぎていた事に驚いた。そして、その青年が自分の名前を呼んでいるという事も。
「えっと・・・。」
「しずく先生だよね。ずっと声掛けようかって迷ってて。」
青年は、少し顔を赤らめながらも、キラキラとした目でしずくをしっかり見つめながら話をする。純粋無垢とはこういう子の事をいうのだろうと思うぐらいに。いまどきの中学生には珍しいのでは?と、余計な事を考えているしずくは、自分で「違うッ!」と心の中で考えを止めた。
(私の名前を知っているって事は、この子は私を知ってる。しかも、先生呼びって事は、卒園児!?中学生だから違う・・・って、10年も働いてるんだから卒園児はもうそんな年齢になってるのね。)
自分で考えて悲しくなりながら、青年を見る。黙っている私を不思議そうにしながらも、久しぶりに先生に会えて嬉しいのか、満面の笑顔だ。保育園の先生の記憶なんて、大きくなれば忘れてしまう事が多いだけに、しずくは自分へ向けてくれる微笑にくすぐったい気持ちにもなっていた。
「中学生?もしかして卒業したのかな?」
そう思ったのは、青年が1輪のピンクの花を持っていたからだ。卒業式で貰ったのだろうか。小さなリボンも付いていた。
すると青年は驚いた顔をして、首を横に振った。そして、笑顔だった彼から少しだけ悲しそうな瞳へと変わったような気がした。
(もしかして、間違えた!?んー、でも卒園した子どもじゃないとしたら、だれだろうか。)
思い出すために、しずくはこっそりと青年を観察してみる。さらさらの黒髪は少し長めだったら綺麗に整えられている、顔は子どもらしさが残るもので目は大きく、肌は白かった。服装は制服ではなく、ストライプのシャツに黒のパンツ、グレーのジャケットを羽織っていた。
(卒園児なら顔を見れば思い出せそうだけど、これだけ大きくなってると見た目も変わってたりするのかな。小さい時は太ってたけど、今はこんなに痩せて・・・。)
そんな事を考えていると、少年の真っ黒で澄んだ目と合ってしまい、「えっと。」とどうしていいのか迷っていると、青年はくすりと笑った。
「先生は覚えてないと思うけど、僕は頑張ったよ。」
そう言って、持っていたピンクの花を、私の前に差し出した。何を頑張ったのか、君は誰なのか、聞きたいことはいろいろあるはずなのに、しずくは何故かそのピンクの小さな花に惹かれて手を伸ばしていた。
小さな小花が沢山咲いている、1輪の可愛らしい花。そして、純粋な瞳で笑う青年。どちらに惹かれていたのかはわからない。
受け取って、その花をうっとりと眺めていると、「気に入った?」と嬉しそうに笑う青年が自分を見上げている事に気づいた。
無防備な姿を見られた事に恥かしくなりながらも、この青年を何一つ思い出せない事を咄嗟に思い出した。
「あの、ごめんなさい。私、あなたの事何も覚えてなくて。卒園児だよね?中学生になったの?」
保育士として覚えていない事はとても申し訳なかった。しかも、自分の事を今でも覚えてくれている子だ。きっと悲しむだろうと覚悟をしていた。が、青年は「いいよ。しょうがないよ。」と笑っていた。
ほっと安心してまた花に目を向けようとすると、また青年が何かを話し始めた。
それは、青年の瞳と同じような澄んでいて純真無垢な声で。
「僕と付き合ってくれませんか?」
その声が耳入った瞬間、周りの音が何故か聞こえなくなる。そんな錯覚をしてしまった。
静けさの中、急に胸の音だけが強く鳴り響いていた。
(・・・私、告白されたの!?)
しずくが驚く中、青年は首を傾げたまま恥かしそうに微笑んで答えを待っていた。だが、その目は真剣そのもので、ずっとしずくを見つめていた。
卒園児だと思ってが、名前も思い出せない。そして青年は自分のとの記憶を大切にしてくれたのだろうか。「頑張ったよ。」というのは、何かを約束したのだろうか。
過去10年分の記憶は、焦れば焦るほど頭には戻ってきてくれないようで、今考えられるのは、目の前の青年の顔だけだった。
しずくの返事がないのが不安になったのか、青年の顔は少しずつ曇ってきている。
しずくは、申し訳ない気持ちで咄嗟に返事をしてしまった。
「中学生だよね。私はもう30歳過ぎだし、ね。」
そう言うと、「大丈夫だよ。」と青年は笑った。
笑顔には安心したものの、30歳と中学生の恋愛は駄目だろうと更に言葉を掛けようとした。が、その声は飲み込むしかなかった。
青年がゆっくりと立ち上がったのだ。
目の前には、すらっとした長身の男性が立っていた。
青年の顔はそのままで、彼は「僕が中学生に見える?」と、ニヤリと笑っていた。
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