黒の殺し屋と白蓮の騎士との甘い異世界恋愛

蝶野ともえ

文字の大きさ
28 / 30

27話「人間らしい笑み」

しおりを挟む





   27話「人間らしい笑み」





 元の世界で眠るのは久しぶりだった。マカライトの国よりも安心できる環境のはずなのに、水音は何故か不安になってしまい、途中で何度も起きてしまった。けれども、体は疲れているのか起き上がれずにそのまま寝てしまう。
 寂しく感じるのは、隣にシュリがいないからだと、すぐにわかった。
 
 切なさを感じながら、大きなベットで一人、水音は寝ていた。


 けれど、途中からとても温かい感触を感じ、水音は引き寄せられるようにそちらへと身を寄せた。
 シュリが帰ってきたのかな、と寝ぼけた頭で考えていた、温かい人へと抱きつく。
 やっぱり安心する。



 そう思っているうちに、少しずつ頭が冴えてきた………。
 ここは元の世界にいるはずだった。それなのに、自分は誰に抱きついているのだろう?

 そう思い、目を開けるとそこには白い髪の綺麗な男の人がこちらを見て、にっこりと微笑んでいる。
 横になっているだけで寝てはいないようで、ただただ水音を見ているだけだった。


 『おはよう、水音。』
 「おはようございます……雪、何やってるの?」
 『いや、可愛い寝顔だと思って眺めていたんですよ。いくら見ても飽きないですね。』
 「………恥ずかしいから、そんなに見ないでください……!」
 『大丈夫だよ。君はシュリの物になったのでしょう?手は出しませんよ。』


 にっこりと、胸元の刻印のある場所を指差しながら雪はそう言った。
 やはり神様に似た存在なのだろう。見なくてもお見通しなのかもしれない。


 「……神様は人間を好きになるの?」
 『私は神様ではないからね。そんなときもありますよ。死ぬことはないので、寂しくなります。』
 「……でも、いつか人間は死んでしまうわ。」


 そう寂しげに言うと、それが伝染したのか、雪もとても切ない顔になる。そして、慰めるように水音の頭を撫でてくれる。雪の方が寂しそうなのに……。


 『そうなのです。人間の命は儚すぎる。だから、私も寂しかった。そして、死んでしまう命をただ見ていることが出来ない、未熟な存在でした。だから、エニシがいるのです。』
 「エニシさん…?どいういう事?何故、彼の名前が…。」
 『彼は私が作った最初の一人が彼なんです。』
 「えっ……。」


 雪は懐かしむように、とても遠い昔の話をしてくれた。世界を貰い、ゆっくりと大地と生き物を育て、やっとの思いで人間が住める場所を作った。
 そして、そこに始めに作ったのはエニシだと。
 
 『これから、沢山の人間と出会い結ばれるように、私がエニシ(縁)と名付けました。その子が寿命で死にそうになったとき、私はそれを止めてしまいました。その子は、まだ自分の他の人間に出会ってもいなかったし、何より……私が一人になるのが寂しかったのです。それで、不死の力を与えてしまったのです。』
 「だから、あんなにも強かったのね……。」
 『そして、あの子はレイトと同じように白蓮に強い執着があります。黒になってしまった時に酷い扱いを受けたようです。死なない体を良いことに、とても惨い事を………。』



 雪が顔を歪ませる。
 水音がそれを想像するだけでも悲しくなり、そして、エニシの気持ちを思った。

 死ねない体でひとりだけ生き残り、そして黒になれば死ぬほどの、苦痛を永遠に与えられる。
 それはどんなに辛いことなのだろうか。水音が思う以上の痛みや辛みだろう。
 彼が水音に余計なことをしないで欲しいと願うのは、彼が白蓮以外の刻印になることを強く恐れている結果だろう。


 『エニシは私の大切な子です。私が責任をもって何とかしましょう。』
 「……はい。」


 エニシはシュリと戦って倒れたと思っていたけれども、不死となれば話は別だ。
 水音が戻っても、エニシはきっと邪魔をしてくるだろう。自分が白蓮でいるためにも。だが、雪が何とかしてくれると言うならば、それに頼るしかないのだ。

 今、シュリがマカライトの国でどうなっているのか、水音にはわからないのだから。
 見違えでなければ、水音が湖に沈む瞬間に見たのは、彼がレイトに斬られて倒れる所だった。
 それが見違えであって欲しいと、水音は思っているが、彼の安否は水音がマカライトの国に戻らない限りわからないのだ。
 水音の表情を見て、何を考えているのかわかったのだろう。雪は、優しく教えてくれた。



 『安心してください。シュリは、生きてはいるみたいです。』
 「本当ですか!?」
 『彼が死んでしまえば、きっとあなたの刻印は消えているはずです。あなたの胸元には、まだ刻印はありますね。』


 
 水音は、雪が居るのも構わずに、自分のブラウスのボタンを外して胸元を見た。
 水音の胸元の肌には、綺麗な白蓮の花が咲いていた。それを見て、水音はホッと息を吐いた。


 『大丈夫だったみたいですね。では、あと2日は、この世界を満喫していきますか?』
 「……やはりもう戻ってこれないのですか?」
 『ええ。2回目はありません。でも、約束を失敗すれば戻ってくることになりますが……。』
 「じゃあ、こっそり夜に散歩してみます。」


 きっと、自分はこの世界に戻ってくる事はないだろうと、水音は感じていた。寂しくないと言ったら嘘になる。生まれ育ったこの街を目に焼き付けておこうと、水音は強く思った。


 シュリを思うと残り2日はとても長く感じた。
 それを少しでも薄れるためにも、水音は今の世界の景色を見て回った。思い出深い場所ではうるうるしてしまうこともあったけれど、やはり水音が帰りたいと思う場所は、シュリの隣だった。それを改めて感じられたことが、水音にとっては大きな気づきなった。








 『思い残す事はないですか?』
 「ええ。」
 

 この世界に来て3日が経った夜。
 ふたりは湖に来ていた。

 優しい雪の問い掛けに、迷うことなく水音が返事をすると、雪は嬉しそうに頷いた。

  
 『では、私に掴まってください。』
 「え………湖に入らなくていいの?」
 『寒いのは身体に良くないですよ。すぐにシュリの元へと向かいましょう。目を瞑って。』

 
 半信半疑のまま雪の腕に掴まり、目を瞑る。すると、ふわりと体が宙に浮く感覚になり、思わず雪にしがみついてしまう。すると、『大丈夫ですよ。そのまま掴まっていてください。』と、雪は安心させるように声を掛けてくれる。

 すると、すぐに浮遊感がなくなりどこかの地面に足がついた。
 ゆっくりと目を開けると、そこは薄暗い洞窟のようなところだった。見たこともない場所な、戸惑ってしまうと、雪は悲しそうな顔を見せながらここがどこなのかを教えてくれた。


 『ここは、エニシの家の地下です。この先には、牢屋があります。』
 「……まさかっ!!」


 水音はその意味を理解し、そして嫌な予感を感じて地下に向かって走った。
 ところどころに火の貴石が置いてあったし、地下への道は一直線だったので、迷わずに地下の牢屋へと向かうことが出来た。

 一番下の牢屋では、水音が会いたかった人が哀れな姿でそこにいた。


 「シュリっっ!!」

 
 シュリは、天井から吊るされた鎖で両手を拘束されていた。腕で吊るされた状態であり、そして、体には、あの時にレイトに刺された傷口が治療もされないまま残ってた。
 床には沢山の血が落ちている。すべて、シュリのものだとおもうと、水音は気がおかしくなりそうだった。


 「……み、水音……。なんでここにいる?」
 「雪が、連れ戻してくれたの。詳しい話は後にしましょう。鎖をはずさないと。」


 シュリは大分弱っており、朦朧とした顔で水音を見ていた。そんな彼を見るのが辛くて、水音は気丈に振る舞った。そうでもしていないと、怒りと悲しみで、とんでもないことをしてしまいそうだった。


 『シュリ……可愛そうに。レイトやエニシも随分と酷い事をする。傷だけでも治してあげましょう。』


 水音の後ろからゆっくり歩いてきた雪は、そう言うと、シュリの傷口がゆっくりと閉じていく。
 それを驚いた表情で、シュリは見つめた後に雪を見た。


 「おまえ、誰だ?」
 「……あの人は雪だよ。」
 「あいつか、雪?」
 『そうです。ですが、詳しい話をしている余裕はないようですね。傷も完璧には治せませんでしたが、仕方がないですね。……彼が来てしまいました。』


 雪の言葉の後、ゆっくりと地下に向かって歩いてくる足音が聞こえた。


 『エニシが来ます。二人は、先に湖へと送ります。しっかりとやらなければ行けないことをやってきてください。』
 

 雪がそう終わる時、シュリと水音は宙に浮いていた。先程と同じ浮遊感を感じ水音は驚いたが、今は隣にシュリがいる。シュリの腕をしっかりと握りしめる。
 シュリはまだ全てを理解できていないようだったが、それでもやるべき事と聞いて、表情がすぐに引き締まったものになっていた。


 『あとは、任せましたよ。お二人共。』


 そう言って、消えてしまう瞬間に見た雪の表情は、神様とは思えない、とても晴れ晴れとした笑みだった。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される

アルケミスト
恋愛
崔国の皇太子・龍仁に仕える女官の朱音は、人間と花仙との間に生まれた娘。 花仙が持つ〈伴侶の玉〉を龍仁に奪われたせいで彼の命令に逆らえなくなってしまった。 日々、龍仁のいじわるに耐えていた朱音は、龍仁が皇帝位を継いだ際に、妃候補の情報を探るために後宮に乗り込んだ。 だが、後宮に渦巻く、陰の気を感知した朱音は、龍仁と共に後宮の女性達をめぐる陰謀に巻き込まれて……

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処理中です...