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28話「同じ傷」
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★★★
雪は、水音とシュリを湖に飛ばしてから、人間のような姿から、白い鳥へと姿を変えた。
それと同時に、エニシが目の前に現れた。
「あなたが彼らの手助けをするとは意外だなぁー……雪。無色の君を連れ戻して、そして、ふたりを湖まで飛ばすなんて。力を使いすぎじゃないかな?」
『大丈夫ですよ。』
それを聞いて、雪が何かしてくると思ったのか、エニシは細長い綺麗な剣を抜いた。
けれども、雪はただ小さい小鳥の姿で彼を見上げるだけだった。
『私があなたに何かすると思っているのですか?』
「それはわからないな……。」
『あなたの力を全て貰うだけです。』
そういうと、エニシは目を開いて驚いた顔を見せ、まじまじと雪を見つめた。
そして、剣を構えたままだったエニシは、ふーっと息を吐いてから、晴れ晴れとした笑みを見せながら、剣から手を離した
カンカンっと音をたてて剣が床に落ちる。
『エニシ………。』
「やっと、俺も死ねるのかー。長い人生だったな。」
『ずっと、付き合わせてしまってすみません。もう、あなたは頑張らなくてもいいのです。』
「……頑張ってなんかいないよ。気楽に生きただけだ。」
『あなたは優しいですね。いつもいつも……。』
小鳥になった雪は、エニシの肩に飛び乗り顔に体を擦り寄せた。
その感触を感じたエニシは、少しだけ顔を歪めた。
「やっぱり……死ぬのは恐いな。沢山の死を見てきたから尚更こわいよ。」
『あなたは死ぬのではないですよ。また、ここに戻ってくる準備をするだけ。私はいつまでもここにいます。あなたを待っています。』
「あぁ……そうだな。雪………俺を作ってくれて、ありがとう。」
『こちらこそ。』
「雪が一人になるのが心配だよ。おまえは寂しがり屋だから。」
透かしずつ透明になっていく体を見つめながら、小さな声で、エニシが言うと、雪はやさしい声で笑いながら言った。
『あなたがいつまでもここにいるのですから。寂しくないですよ。でも、あなたがここに戻ってくるまでは寂しいかもしれませんね。』
「………早く戻ってくるよ。。。」
雪が羽ばたいたとき、小さな羽根がひとつ舞い落ちた。それを愛しそうに見つめ、エニシは消えそうな手でつかんだ瞬間。
エニシと羽根は、泡が弾けるように消えた。
『おやすみなさい、エニシ。素敵な思い出をありがとう。』
雪は、震えそうな声でそう言うと、満天の夜空へ向かって飛び立った。
☆☆☆
湖に飛ばされた二人は、キョロキョロと辺りを見渡した。
水音が湖に近づこうとすると、後ろでシュリが転ぶ音がした。慌てて駆けよると、傷はほとんど癒えていたけれど、体力は戻ってはいないようで、シュリは立つのもやっとの状態だった。
「シュリっ!大丈夫?……あと少しだけ、湖まで歩ける?」
「あぁ……。水音、俺を立たせてくれないか。あと、腰にある剣を持たせてくれ。」
「剣を?…シュリ、何をするつもりなの?」
水音がそう聞くと、シュリは湖の方をまっすぐに見つめた。その視線を追いかけると、そこに湖の浅瀬に立つ、一人の金髪の男が立っていた。
白いブラウスに黒色のパンツ。いつもの白騎士の甲冑はつけてはいなかった。
「レイト……。」
水音は、小さい震える声でその相手の名前を呼んだ。レイトの手には、大きな剣が握られている。
そして、その剣を向ける相手は、シュリだった。
シュリはやっと立てるぐらいの体力だ。
どう考えても勝てるわけがない。けれど、シュリは震える足で必死に立ち、短剣を構えた。すると、先程までガクガクと震えていた足は、がっしりと地を踏み込んで、いつものように堂々と立つシュリに戻っている。
これからの戦いのために気力で乗り越えているのだろう。
「その体で、よく僕の前に立てるね。……裏切り者。」
「これぐらい普通だろ。黒の騎士さん。」
「………っっ!そうやってしゃべれるのも今のうちだ。間違って殺されないように、うまく避けるんだよっ。」
「それはこっちの台詞だっ!」
レイトが先に地を蹴り、そしてシュリはその動きに合わせて駆け出した。
水音がみても、彼の走りはいつもよりも断言に遅く、そして繊細さがなかった。目は細く開いており、強く鋭い瞳はどこにもなかった。
それを見て、水音は勝手に体が動いていた。
お母さんもきっと同じ気持ちだったんだろうな、と水音はとても短い時間でそう感じていた。
その次に感じたのは左肩に激しく燃えるような痛み。目はチカチカして、頭は割れるように痛かった。そして、シュリの怒鳴るように呼ぶ自分の名前と、レイトの驚き、そして泣きそうな顔。
それを感じながら、水音は草むらに倒れた。
すぐに、シュリが駆け寄り自分の服を破って、激しく出血している場所を止血する。
朦朧とした意識の中で、水音は「レイト……レイトは?話をしないと。」とレイトを呼んだ。
水音を傷つけてしまった自分の手を見つめて動揺するレイトだったが、水音に名前を呼ばれてハッとして、フラフラと水音の近くに寄り座り込んだ。
「どうして、君はあんなことをしたんだ。あれじゃあ、まるで………。」
「雪香お母さんみたいだった?」
「っっ……!」
過去を思い出し、自分があの時の白騎士と同じようになってしまったと激しく後悔するレイトの手を、水音は血塗れの手で包み込んだ。
「ねぇ、レイト。もし、あなたが白蓮になったらね、私たち二人は黒になってしまうの。そしたら、あなたは、本当にひとりになってしまうわ。………あなたは、それでいいの?」
「僕が一人に、なる……。」
「そうよ………今は、シュリが黒のスラムに行けるけれど、逆は無理よ。……あなたは、一人きりになりたいの。白蓮ので一人で暮らしていて、楽しかった………?」
優しく問い掛けるようにレイトを見つめると、ハッとした表情になり、そして、レイトは体を震わせた。
「楽しいわけないじゃないか。嘘をついて、怯えてくらす。誰も信じられない暮らしだ。」
レイトは、綺麗な青色の瞳から次々に涙を溢して、悲しくそうことばを紡いだ。
「黒なのに自由なシュリが羨ましかった。そんな彼には、水音も惹かれるのがよくわかったけど、けど、水音がいなくなると、今まで以上にさみしかったんだ………。」
「だから、一緒に青草になって暮らしましょう。きっと、今より大変な暮らしだけど、3人だと楽しいと思わない?」
「…………おまえたちは、それでいいのか?僕はふたりを傷つけたのに。」
レイトが二人を恐る恐る見つめると、シュリと水音は顔を合わせたあと、ゆっくりと頷いて笑った。
「レイトはシュリの親友なんでしょ?………私も仲間に入れて欲しいわ。」
「俺だってお前を裏切ったんだ。お互い様だろ。」
二人の予想もしない言葉を聞いて、レイトは吹き出すように笑った。涙をボロボロと流しながら。
「君たちは変わっているね。本当にお似合いだよ。」
涙を手で吹きながら笑うレイトには、もう怖い部分など1つもなかった。
「………レイトも認めてくれたし。シュリ、私を湖に運んでちょうだい。」
「おまえ、その傷でここに入るつもりか!?」
「刻印を変えるには、そうしなきゃいけないんでしょ?早く終わらせるから。シュリのも……お願い。」
痛みと戦いながら、必死にシュリにお願いをすると、シュリはため息をついて、「わかった。」と、苦笑した。
シュリは、水音を抱き抱えながら湖の中へと入っていく。
レイトは水辺でじっとその様子を見守っていた。
二人が湖に入ると、そこから淡い光が輝き始めた。
シュリと水音は、手をとって目を瞑った。
そして、心の中で同じ願いを想った。
『この世界の人々に青草の刻印を。』
その願いが重なったとき、優しい光が湖から飛び出していき、この世界に住む一人一人体を温かく包み込んだ。
そして、その光が消えると、人々の体には青草の刻印がキラキラと光輝いていた。
「あ…………俺の黒の刻印がなくなって、白蓮の代わりに青草に変わってる。水音の刻印も………って、おい、水音っ!」
レイトの抱き抱えながら、水音は意識を失っていた。
血を流しすぎたのか、血からを使いすぎたのかはわからない。
けれども、大好きな人の腕の中で、水音は微笑みながら目を閉じていたのだった。
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